第155話 慈愛に満ちた微笑み、ケプッ

「皆、たしゅてたい」

「へっ?」


 今まで出来るだけ話さずにいたんだけれど、私が皆さんを助けたいと言うと村長さん達が驚いていた。


「まじゅ、ご飯」

「わかりました」

「姫が君達にご馳走するって」

「姫様?!」



 レーヴァの姫呼び、毎回相手に誤解をさせちゃうよ。

 慣れたけれど………。



 姫は愛称で、我々は貴族でもなく行商人である、と説明する鳳蝶丸。


 皆さんそんな綺麗な格好で貴族様では無いとは…と驚いてました。

 そこのところは商人だからと誤魔化しておこう。



 鳳蝶丸とレーヴァの共有に、昨夜出した野菜スープと食パン(ミミ無し)を沢山入れる。


「食べ物を提供する」

「大変ありがたいです。料金はいかほどでしょうか?」

「金を取るつもりは無い。村人に配れるか?」

「深皿と平皿、自分で用意して」


 鳳蝶丸とミルニルの言葉に固まる村の人達。


「いるんですか?いりませんか?」

「はいっ!いただきたく!村人を広場に集めておくれ。警備の者達は交代で食事をするよう声がけを」

「わかったわっ!」


 村長さんの奥さんが家を飛び出す。

 トロトロ草だらけの広場に案内されたので、簡易テーブルとコンロを出しスープを温める。


 辺りにコンソメスープの香りが漂うと、子供達が飛び出して来た。


「わあ!いい匂い!」

「美味しそうな匂い!」

「お母さんを呼んでおいで?お嬢ちゃん達」



 バチコーン!



 レーヴァに頬を赤らめつつ、子供達が母親を呼びに家に戻って行った。


 しばらくして、結構な人数の人が集まってきた。この村は思ったより人がいるみたい。

 一応おうどんと卵入りのお粥も用意する。もし食べる人がいれば出すつもり。


「こちらの皆様が食事を提供してくださることになった」

「俺達は行商人で、屋号は『桜吹雪』だよ。俺達の姫、じゃなくて、主が君達に食事の提供をするからね」

「まずは腹に優しい食事にするそうだ。ゆっくり食べるように」

「粥、うどんという食べ物もあります。食べたい人は声をかけてください」

「親は、子供がかき込んで食べないよう、面倒見て」

「どうじょ」


 食パン(ミミ無し)を出すと、わあっ!と人が群がった。



「そこの旦那。メシは沢山あるから慌てんな。子供と年寄からだ」


 鳳蝶丸が拡声器で人を捌きだす。



「お嬢さん達、俺の手伝いをお願いしても良い?」


 レーヴァは比較的動けそうな奥様方に声をかけ、配膳の手伝いをお願いする。



「君達、ここに並んで。ゆっくり噛んで食べるといいよ」


 ミルニルが子供達に声をかけてまわっている。



 ここは皆に任せて、私とミスティルは村長の奥さんと一緒に動けず家を出られない人々の家を巡り、食事を提供したり怪我の具合を見てハイポーションで治していった。


 その中の1軒に、比較的若い女性達がいるお家があった。

 聞くと、ここには赤ん坊を生んだばかりの女性達がいるんだって。

 食事をしていないからか乳の出が悪いお母さん達が、豊富に乳の出があるお母さん達に飲ませてもらいに集まっているらしい。

 お母さん達も赤ちゃん達も皆やはり痩せていて、鑑定すると赤ちゃん達は少し風邪気味の様だった。



「おたーしゃん、ご飯、食べゆ」

「まあ、可愛い。ありがとうね」


 ミスティルと村長の奥さんがスープの用意を始め、

 私はヨチヨチながらパンを配る手伝いをする。


「はあ、とうとうアタシも出が悪くなったよ」


 お乳が出なくなったためか抱っこされている赤ちゃんが泣き出し、つられたように他の赤ちゃんも泣き出した。



 よし、力になろう。

 生まれ出た尊い命だもん。このまま放っておくなんて寝ざめが悪い。



 無限収納に友人の子が飲んでいた、赤ちゃん用のミルクを哺乳瓶に入った状態で再構築、念の為に清浄。

 1本複写して、赤ちゃん達が健康になりますようにと願いをこめ、ミルクに少しだけ治癒魔力を練り込んだ。

 それを人数分+1本複写、ミスティル抱っこしてもらい、まず1本だけ出す。


「こえ、あたたん、ミユユ」


 自分で哺乳瓶を口に加えてみせる。

 だって、毒味して見せたほうがお母さん達も安心でしょう?

 ただ赤ちゃんのミルクを飲んだ記憶が無いので、どうやって吸ったらいいのかよくわからない。どうしよう?

 こんな時発動をしてくださいっ。【幼児の気持ち】殿。お願いします!



 んくっ………



 体が赤ちゃんだからか、【幼児の気持ち】が発動したからか、哺乳瓶からミルクを飲むことが出来た。



 んくっんくっんくっ



 半分くらいまで飲んで、母親達を見ると、皆さん私を凝視している。



「あたたん、ミユユ、どうじょ」

「これは赤子用のミルクです。どうぞ?と言っておりますが飲ませますか?」

「あの、料金は?」

「必要ありません」

「大人、ご飯。あたたん、ミユユ」

「大人には食事を提供しているので、赤子にはミルクを提供するそうです」

「試飲しても?」

「あい」


 私が藤の籠に沢山哺乳瓶を入れて出すと、村長の奥さんがひとつ掴み、手のひらにミルクを少し出して舐める。

 そして数分してから、奥さん達に笑顔で頷いた。


「大丈夫。ミルクよ」


 そして、私に試すようなことしてごめんなさいね、と言った。

 お母さん達は赤ちゃんを守ろうと必死だろうし、用心することに越したことはない。

 なんの問題もないよ!


「これは、どのように飲ませたら良いのですか?寝かせて飲ませるのですか?」


 若いお母さんから質問を受ける。

 え?普通に飲ませればいいと思うんだけれど………。


 哺乳瓶なんてこの世界には無いからわからないのかな?



 ちょっと恥ずかしいんだけれど、実演するしかないか。

 かなり恥ずかしいんだけれ、あれ?ちっとも恥ずかしくない?

 【幼児の気持ち】さんが良い具合に発動してくださいました。



「ミシュチユ、しゅわって?」

「わかりました」


 ミスティルに座ってもらい、左腕に体を預け本格的(?)な赤ちゃんの体制になる。


「ここ、持ちゅ。傾けゆ」


 右手で哺乳瓶を持ってもらい、空気が入らないよう傾けてとお願いした。

 そして私が残りを飲み始めると、村長の奥さんは藤の籠を持って配りだす。

 お母さん達は私の飲んでいる姿を見ながら自分の赤ちゃんにミルクを飲ませ始めた。



 良かった。

 お腹いっぱい飲んでね?



 そのタイミングでミスティルを見上げると、物凄く慈愛に満ちた微笑みを浮かべている。

 口を離しても哺乳瓶を引く気配が無く、平らになった乳首部分がジュワ〜っと元の形に戻っても、優しい瞳で私を見つめていた。


 実のところ普通の食事をする私にとって、赤ちゃん用ミルクはあまり美味しくない。ただお母さん達に安心してもらうためと、飲ませかたのレクチャーにやっただけなのです。

 多分、拒否すればミスティルは止めてくれると思うけれど、嬉しそうな笑顔を見るとね。



 これは最後まで飲まなくちゃっ!



 って思っちゃうわけですよ。

 頑張っちゃうわけですよ。



 んくっんくっんくっ



 最後まで飲み干しこれにて終了ってホッとしていたら、今度は抱き方が変わり体が縦になる。



 トントントン



 背中が優しく叩かれた。

 どうやら他のお母さん達がしているやり方をミスティルが真似ているらしい。


 ゲップですか?出ませんよ?



 ケプ………。



 あ、出ちゃいました。


 自分からもあの赤ちゃん特有のミルクの匂いがして不思議な気分。

 お腹がいっぱいでミスティル抱っこに揺られ、背中トントンでだんだん眠くなる。


 ちょっとだけ寝、ま……スー…………。




 気が付くと簡易テント内で寝ていた。

 頭がハッキリしてきたので起き上がり、テントの出入り口から顔を出す。


「姫、目が覚めたかい?」


 側にいたのはレーヴァだった。


「皆は村長の家にいるよ」

「あい」


 レーヴァ抱っこで歩き出す。

 ふとテントの辺りを見ると、テントの下だけトロトロ草が無くなっているみたいだった。


「あえ、無い?」

「ん?ああ、トロトロ草かい?あの辺りにテントを張る許可をもらったんだけど、シートを敷いても下がモコモコしていたんだ。だから村人に気付かれないように高速でミスティルがトロトロ草を駆除、ミルニルが整地、俺達がテントを設置したんだよ」


 だから簡易テントの下がモコモコしなかったんだね?っていうか、村人に気付かれないように駆除&整地って楽しそう!

 私も見たかったなぁ。起きていれば良かった。

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