第141話 治癒という奇跡

 そして当日。

 指定された時間に転移の門戸と治癒部屋控室を繋げると、すでにビョークギルマスが待っていた。

 予め、到着後直ぐこの部屋に結界を張り話し声が外に聞こえないようにしたいとお願いしてあったので、速攻結界を張る。


「こえで、だいじょぶ」

「今更だが、ゆき殿達は本当に何でも出来るな」


 ビョークギルマスの言葉に皆嬉しそうに笑った。



「さて、そろそろ本題に入るが、皆集まっているか?」

「ああ。この間言った人数から1名減ったが、残った者達は魔法契約も承知している」

「そうか」

「レーヴァ。契約書を出してください」

「ああ」


 レーヴァがビョークギルマスに契約書を差し出した。


「ギユマシュ、ひとい、しょえ、嫌って?」

「…………1人止めたのは魔法契約を交わしたくなかったから?と、姫が言ってるよ」

「ああ………いや、」


 契約書を受け取りながら、何故か困った表情で言葉を濁すビョークギルマス。


「減った1名は亡くなりましたか?」

「実は……何とかここまで来たものの、ゆき殿達が到着する数分前に息を引き取った子供がいるんだ。今、別室に…」

「ちゅえ、ももちて!」


 私の言葉に固まるギルマス。


「保証、でちない、でも、いてゆ、たも」

「数十分前なら会場に連れ戻すといい。保証は出来んが、息を吹き返す可能性はある」

「わ、分かった!直ぐに!」


 ビョークギルマスが慌てて部屋を飛び出した。



「鳳蝶まゆ、ていやく、あと、しゅゆ」

「わかった。魔法契約はあと、と言うことだな?」

「うん。しゃち、治癒」


 契約は後、先に治癒するよ。

 ビョークギルマスが戻ったら、すぐに開始するからね。




 やがてバタバタと走る足音が聞こえ、しばらくしてビョークギルマスが戻ってきた。


「隣の部屋に運んだ」

「あい」

「魔法契約は後だ。先に治癒を行う」

「わ、わかった!」



 私は隣の部屋に結界を作り、私の魔力が外に漏れないようにした。様子を知るために声はこちらに届くようにする。



 では、いきまーす!



 まずは清浄!

 バイ菌、ウイルス、とにかく身体に影響ある悪いものぜーんぶ無くなって綺麗になあれ!



 次!

 欠損部の再生、怪我、疾病の完治、そして死者も息を吹き返すメガトン級の治癒発動!



 ビカーーーーーッ!



「まぶちぃ!」


 隣の部屋がめちゃめちゃ光り輝き、やがてゆっくりと収まっていった。



 シーン、とする隣部屋。

 え?駄目だった?間に合わなかった?




 うおおおお!


 やった!治った!嘘でしょう?!


 苦しくない、痛くない!


 俺の腕が!腕がーーー!


 足が生えている!



 生き返った!おお、神よ!

 あああ!良かった、良かったわ!




 皆さんの叫び声が響き渡る。

 良かったねえ。



「先に魔法契約を発動させておく。付き添いの親達もな」

「承知した」

「渡した契約書は多めに作ってあるから、全員分の署名をもらって」

「ああ。今すぐ隣に行って書いてもらってくる」


 鳳蝶丸とレーヴァの言葉を受け、ビョークギルマスが隣の部屋に向かった。



 隣部屋からは、付き添いの家族と合流したのであろう、再び喜びの声が聞こえてきた。

 その後に、何か説明しているようなビョークギルマスの声が聞こえる。



「お嬢。隣部屋の様子を見せてくれるか?」

「あい」


 私が地図を表示すると、そこを覗きながら鳳蝶丸が空中で何かを施す。すると、細かく複雑そうな魔法陣が浮んで消えた。


「全員分、契約が完了した」

「おちゅかえ、しゃま、でちた。あにあと、ごじゃい、まちた」

「お嬢もお疲れ」


 鳳蝶丸ナデナデは久しぶりな気がする。



 えへへ



 思わずニコニコすると、鳳蝶丸も笑顔になった。


 もちろん皆にもお礼を言ったよ。色々と協力してくれてありがとう!って。

 そしたら今度はミスティルに無言スリスリされました。



 とにもかくにも、治癒が成功して良かった!




 私達はソファに座ってお茶を飲みながらビョークギルマスを待つことにした。

 ついでにクッキーを食べて、地鎮祭について考える。


 地鎮祭ってどうやるんだっけ?経験していないから目にした情報しかないけれど、祭壇や野菜、お米、塩を用意すればいいんだっけ?

 あ!お清めのお酒とかいるよね?あと木製の鍬みたいなやつ?


 神様達は何人くらいご降臨されるのかな。タープテントは3台くらいで間に合う?




 しばらくして、大小4つの麻袋を手にビョークギルマスが戻ってきた。


「待たせてすまん。付き添いや家族を含む魔法契約書だ」


 1つの麻袋から羊皮紙の束を取り出した。


「名前など確認しましたか?」

「ああ。間違いなく全員分だ」


 地図で人数を確認し、枚数と照らし合わせてから無限収納に仕舞う。

 一段落すると、皆がギルマスに体を向けた。


「念のために言うけど、今後は安易に依頼を受けないように。姫の負担になるからね」

「主さんに直接懇願するの禁止」

「主の優しさにつけ込まないでください」


 心苦しいけれど、やっぱりこの世界の全員は治せない。皆が言うように今後しばらくはお断りしよう。

 絶対にやらない、と言うわけではないけれどね。


「お嬢。それでいいか?」

「うん。ビョーク、ギユマシュ。わたち、もう、ややない」

「ああ、承知している。今回だけでも奇跡みたいなもんだ。本当にありがたいと感謝している」



 突然、ビョークギルマスが膝を付き、右手を胸に添えて深々と頭を下げる。


「この度は、わたくしの願いをお受けくださりありがとう存じます。また、治癒していただいた者達に代わり、深く御礼を申し上げます」


 荒々しい冒険者達を束ねるリーダーとしての彼しか知らなかったので、その仕草に品があって驚いた。


「それと、お渡しが遅くなり大変失礼いたしました。どうぞお納めください」


 もう1つの麻袋をローテーブルに置いた。

 鳳蝶丸が確認してから私に差し出す。中には金貨が沢山入っていた。

 治癒料金、有り難くいただきます。


「本来は治療前にお支払いするべきところ、後になりましたこと、深くお詫びに申し上げます」

「だいじょぶ」


 だって、亡くなった子を助けられるかの瀬戸際だったもんね?



 それより、そろそろビョークギルマスに普通に戻って欲しいな。


「ビョーク、ギユマシュ、いちゅも、いいよ」

「いつもの貴方で良いそうです」


 ビョークギルマスはもう一度頭を深く下げると、顔をあげた。


「ああ、そうさせてもらう」


 そう言うと、3つ目の麻袋をテーブルに載せた。


「それから、これはこの間の査定分だ。ここに内訳が書いてある」


 羊皮紙を見ると、素材の内訳が書いてあった。

 うわあ!クラーケンの甲って1個6百万もするの?えっ!魔石は8百万!?


「ここまで大きく完全で傷のないクラーケンの素材は皆無に等しいからな」


 そうなんだ。


「すでに買い手は決まっている。おかげで冒険者ギルドの大きな売上となった。ありがとな」


 素材はフェリローラル公国が全て買い取ってくれたんだって。


「おたいあえ、あにあと、ごじゃい、まちた」


 お買い上げありがとうございました!



「それから、これがダンジョンの許可証だ。今後仲間が増えたら冒険者ギルド・ミールナイト支部に顔を出してくれ。それまでにはその場で発行できるようにしておく」


 ダンジョン許可証は、ランクが書かれていない冒険者ギルドカードという感じ。

 [ダンジョン許可証][冒険者ギルド・ミールナイト支部][エンブレム][それぞれの名前]がエンボス加工で表示されていた。


「わあ、あにあと!」


 これで何処にでも入れるし、どのギルドでも素材が売れるね。

 皆それぞれ自分のマジックバッグにカードを仕舞ったので、そろそろテントに帰ろう。


「いよいよ、あにあと。わたちたち、たえゆ。じゃまた」


 色々と手配してくれてありがとう。

 そろそろ帰るね。じゃあ、また!


 転移の門戸を寛ぎの間に繋ぎ、ビョークギルマス邸の部屋の結界を解く。



「バイバイ」


 ちっちゃな声でお別れを言って手を振ると、ビョークギルマスがもう一度深々と頭を下げてから手を振ってくれた。



 ふう。

 これで溜まっていた案件は大凡こなせたかな?






 翌朝起きるとミルニルが側にいた。

 ミルニル抱っこでうがいをして顔を洗って、ベビーローションを塗ってもらう。


 ミルニルが私を抱っこすると、小さなお兄ちゃんが赤ちゃんを一生懸命抱っこしている感が漂うけれど、実は抜群の安定感なのだ。

 最初あまり上手じゃなかったけれど、クッション相手に練習してくれたんだって。

 それにミスティルと変わらない力持ちなので、フラフラしないししっかり支えてくれるので安心できるんだ。


 もちろん、鳳蝶丸、ミスティル、レーヴァ抱っこも全て安心しているよ!



「ねえ、主さん」

「あい」

「ピヨコ達が今度主さんの部屋に来たいって」

「うん、いいよ!」


 ちっちゃいおじいちゃん達が部屋に遊びに来るの?

 ファンタジーみたいで楽しそう。


「ありがと。言っとく」



 いつ頃くるのかなぁ。楽しみ!

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