第79話 逞しくて積極的な一部のお嬢さんへ。自重大事!

 明日6時に会う約束をしてお暇し、鳳蝶丸抱っこで宿屋に戻る。

 部屋に入ると、扉近くの床に小さく折りたたんだ紙切れが何枚かあった。恐らく扉の下の隙間から挿し込んだのだろう。


「はあ、興味ありません」


 ミスティルが拾って紙を確かめると、顔を顰めてため息をついた。


「どちた?」

「宿の女性からのお誘いです」

「えっ!」

「宿泊客相手に何考えてんだ」


 見せてもらうと、今夜会いたいので20時に裏口で待っていますとか、貴方の笑顔が素敵だとか、貴方の恋人になりたいとか、子供も好きなので大丈夫とか書いてある。

 この世界の宿屋さんって積極的なんだねと言ったら、確かに金持ちや権力者に声をかけてもらうのを待つ者はいるけれど、素性も分からぬ相手に自分から書き置きするのはあまり無いと言われた。


「もしお嬢が貴族の場合不敬になる。不敬となれば罪人として何らかの罰が課せらる」

「こんな行動を起こすのはそれすら知らぬお馬鹿さんか、誰かに何か言われたか」


 鳳蝶丸が短く口を噤み、直ぐに私に顔を向けた。


「この裏口でと書いてあるのは俺宛てだから行ってくる。どうしてこうなったか情報を集めないとな」

「主にはわたしが側にいるので大丈夫ですよ」


 私が不安そうにしたからかミスティルが頭を撫でてくれる。


「おんにゃのこ、ここよ、きじゅちゅけない」


 ウチの従者達は私以外に結構クールだから、断るなら女の子の恋心を傷つけないようにね。


「こういう女性は打算で声をかけているのでしょうから、大丈夫ですよ」

「安心してくれ。絶対に手は出さん。相手が本気だったらキッパリ断る」


 うーん、心配だ。

 でも分からないままじゃどうにもならないし、鳳蝶丸にお願いしよう。


「わかた。あちたあしゃ早い。ちをちゅけて」

「了解」



 テントに戻って過ごし、夕食は素麺と鮭やタラコ、昆布、おかか、梅、ツナマヨのおにぎりにした。

 以前私が作ったものを再構築したのでコンビニより大きめのおにぎりだけど、2人共全種類制覇。鳳蝶丸に至っては、素麺を何杯もおかわりしてた。

 これから女の子と会うけどいいのかな?…まあ、いっか。


 2人が普段着ているのは戦闘服なので、こちらの世界のお出かけ着を作ろうか?と提案したけれど、鳳蝶丸はこのままで良いと言い、約束の時間頃転移の門戸から出かけてしまった。


「さあ、お風呂に入りましょうね」

「あい」


 ミスティルと2人でお風呂に入り、就寝の支度をする。

 転移の門戸を仕舞うと鳳蝶丸が戻れないので宿の部屋に戻り、私は人ダメソファで眠りについた。


 おやすみなさい。




 夜明け前に目覚めると鳳蝶丸がいた。夜遅く帰っていたらしい。

 鳳蝶丸リクエストで清浄をする。

 女性の話は緊急性が無いらしく報告は後にして、まずはミスティルに私の着替えをお願いした。


 2人のマジックバッグには私の着替えが沢山入っていて、今日は鳳蝶丸コーデの日らしい。

 白いパフスリーブブラウス、紺色のバックリボンジャンパースカート、白い靴下、紺色のフォーマルシューズで割りとシンプル。

 ちなみにミスティルコーデだと甘ロリ系っぽくなるよ。



 約束の時間前に受付あたりに行くと、宿のお嬢さん達が働いていた。

 私達を見つけると、ササッと寄ってきて朝の挨拶をし、それぞれのお気に入り(鳳蝶丸派、ミスティル派)を見つめている。

 そしてお嬢さん達同士で睨み合ってバチバチ火花を散らしていた。


 お、お仕事しなくて良いの?


 でも、すぐにその空気は一掃される。


「おっはよー」「おはようございます」「おはようさーん」「おはよ」

「おはよう、朝早くから君達に会えて嬉しいよ」


 レーネ、エクレール、リンダ、ミムミム、ローザお姉さん達がやって来た。


「おはよ、ごじゃいましゅ」

「おはよう」

「今日はよろしくお願いします」


 私達と【虹の翼】の皆さんを交互に見てポカンとする宿屋のお嬢さん達。

 丁度そこへこの宿のマダムがやって来た。


「皆様おはようございます。そちらは【虹の翼】の皆様ではありませんか。お久しぶりにございます」

「おはよう、ヒソラ殿」


 顔見知りなのかな?


「今朝は3人を迎えに来たんだ。邪魔したね」

「そうでございますか。行ってらっしゃいませ」


 私達が扉から出る寸前、さあ、皆さん仕事中ですよ、と言う声が聞こえた。






「わあ!」


 まず連れてこられたのは朝市。道の両端や広場に沢山の屋台が並んでいた。

 見たことがない野菜や果物、調理済みの肉、加工済の魚、パン。

 朝市ってワクワクするよね。


「おしゃかな………」

「ああ。この町は比較的海に近いから、干物なら手に入るんだ」


 そうなんだ。

 何やらカラフルな魚が干物になっているけれど、どんな味だろう。

 カナカナ鳥の件があるので安易には手を出さないけれど、気になる!

 気になると言えば野菜も。見たことない形が沢山あるんだよね。


 幼児の気持ち発動。

 食い気味に「あえ、何?」「あえ、何?」と聞きまくってしまう。

 【虹の翼】の皆さんは嫌な顔ひとつせず答えてくれる。優しくしてくれてありがとう。



「あそこに座るところがある。朝食にしよう」


 広場の一角にテーブルと椅子がたくさんあって、朝市で買ったものをそこで食べるんだって。

 レーネお姉さんが席を確保してくれると言うことで、他のメンバーは朝食を何にするか屋台を覗く。


「うちのマーフは美味いよ!肉たっぷりだよ!」

「うちのモロコスは香ばしくて美味いよ!牛肉入りだよ!」

「肉と野菜のスープはいかが!具だくさんだよ!」


 どれにしようかなぁ。迷うぅ。

 マーフは羊種の魔物の薄切り肉がピタパンのようなものに挟まっている。ちょっと癖がある肉らしいので止めておこう。

 モロコスは牛肉と野菜の炒めものが、香ばしく焼かれたトルティーヤみたいな生地に巻かれているんだって。

 美味しそうだからそれを1つと、肉と野菜のスープをお願いした。

 屋台ではお皿やボウル、カップは貸出で、お皿持ち込みだと百エン引きだと言うので、無限収納からお皿を出した。

 鳳蝶丸とミスティルも自分のお皿を出してそれぞれ違う肉の串焼きやスープ、パンを購入。

 【虹の翼】の皆さんもそれぞれ買って席についた。あ、レーネお姉さん分はリンダお姉さんが買ったよ。


「いただちましゅ」

「いただきます」☓全員


 桜吹雪の手伝いをしてから、素材である命に、材料を集めた者に、作ってくれた者に感謝って気持ちが良いよねと、虹の翼の皆さんも「いただきます」を言うようになったんだって。


 鳳蝶丸が私を膝抱っこして、モロコスを伝説の武器でサササッと切る。そしてフォークで少しずつ口に入れてくれた。


 モグモグモグモグ……。

 香辛料も入っていて美味しい!


 次に肉と野菜のスープの具を取り出して小さく切り、スープと一緒に食べせてくれた。


 うん、美味しい。でも塩味。


「………………」


 気付くと虹の翼の皆さんが目を大きく開けて固まっている。


「ん?」

「で、」

「で?」

「で、」

「で?」

「伝説の武器?」

「ああ、そうと言えばそうか」

「え?え?」

「伝説の武器で何切ってんの!」

「汚れていないから問題ない」

「そういう問題、違う」

「神より授かりし伝説の剣で食べ物を切るなんて、驚きですわ」

「そっちか。俺が良いと思うものは何でも切る。お嬢のためならなおさらだ」

「ゆきちゃんのためなら何でもアリなんだね」

「当然です。我らは主の従者なのですから」


 虹の翼の皆さんは最初混乱していたけれど、最後には納得していた。

 わかるよ。私も最初ギョッとしたもん。


 その間も鳳蝶丸は自分のパンを薄く一枚スライスし、私が食べられるよう更に小さく切っていた。


「あにあと」

「硬いから気をつけてな」

「うん」


 何回か食べたけれど、こちらの世界のパンは固くてボソボソしている。

 2センチ角に切ったパンをモグモグしていると、ミスティルがオレンジジュースを出して飲ませてくれた。


「おねしゃん、飲み物、飲む?」

「い、いいの?」

「うん、いいよ」


 と言うことで、急遽果実水を出して皆にも飲んでもらった。



「屋台、たのちちょう」

「屋台?やってみたいか?」

「うん」


 ガヤガヤとにぎやかな広場で、屋台やってみたいなと思って言ってみた。


「でももうすぐ出発するのでしょう?」

「あ、しょうだった」

「また来た時にやったらどうだ?」

「しょうね」


 ミスティル、鳳蝶丸と話していると、皆さんも参加してくる。


「ならさ、祭に参加すればいいんじゃない?」

「おまちゅい?」

「ああ。毎年11の月に立冬祭っていうのを行うんだ。冬支度の前の祭りで3日間盛大にね。屋台もたくさん出るし、その時参加したら?」


 あと2ヶ月くらいか。ぜひ参加したい!リンダお姉さんのアドバイスにウキウキしてくる。


「まちゅり!屋台!」

「手配はどうしたら?」

「商業ギルドで聞けば良いと思う」

「わかりました」

「商業ギルドか…出発前に聞いてみるか」

「うん!」


 ミスティルがリンダお姉さんに手続きの仕方を教えてもらう。

 どうせ最終日に商業ギルドへ行くし、その時聞こうか、と話がついた。



 朝市の時間が終わり撤退が始まる。

 今日はひと月に一度の露天市場の日で、これから朝市とは違うお店に入れ替わるんだって。


 露天市の時間までまだあるので、ダンジョンの門付近に連れて行ってもらう。

 私が来た時は全てのお店が閉まって閑散としていたけれど、今は活気を取り戻しつつあった。

 途中、冒険者ギルドに寄って、掲示板に張り出された最新情報を確認する。

 ダンジョンは2層まで開放。3層より奥はクラスの高い冒険者が少しずつ進み、以前の危険度とどう変わったのかを調査しているらしい。


「おねしゃん、行かない、いいの?」

「ん?ああ、調査は辞退した。しばらくは他のダンジョンへ潜ろうと思って」

「もちろん死の森も潜りますわ。次はどの辺りまで行くことが出来るのか、楽しみにしておりますの」

「しょっかあ、気をちゅけて、たのちんでね」

「はい」


 ローザお姉さんもエクレールお姉さんも、色々なダンジョンに行く予定なんだね。



 その後、貴族街と貧困層住居区以外の街を案内してもらう。

 特に鍛冶屋さんとポーションのお店が楽しかった。鍛冶屋さんは本当にドワーフなのか確かめられたし、ポーションを鑑定して普通はどのくらいの効能なのかを確認出来たし、満足満足!


 途中で眠たくなって【虹の翼】の拠点に寄り、肉巻きおにぎりを食べてお昼寝させてもらう。

 ミスティルにずっと抱っこされていたみたいで、目覚めたら目の前に綺麗な顔があってビックリした。

 うん、未だにビックリする時があるんだよね。美形の2人に。




 午後は露天市場に行った。

 小物や陶器、装飾品、家具、武具、ポーション、魔道具のようなもの、もちろん食べ物もある。


 ゆっくりじっくり見て回る。

 鳳蝶丸は魔道具を眺め、ミスティルは私に装飾品をあてて楽しんでいる。

 私は家具なんかを観察して楽しんだ。


「ミスティル様!」

「鳳蝶丸様!」

「……………」


 小腹が空いたので何か食べようか?と歩いていると、後ろから突然声がかかる。

 2人は無視しようとしたけれど、私はうっかり振り向いてしまった。

 先程から黄色点が複数人、私達の後をつけているなと思い結界3を張ったけれど、そこにいたのはある意味やっかいな宿のお嬢さん達だった。


「私達今日非番なんです」

「もし良かったら一緒に廻りませんか?町を案内します」


 いや【虹の翼】の皆さんが一緒にいるでしょう?


「何?アンタ達。見ての通りアタシらが案内しているんだけど?」

「貴女達冒険者でしょう?野蛮な人は引っ込んでいてくれない?」

「いや。悪いが私達は町案内を頼まれているんだ。今日は諦めてくれないかな」

「だったら私達に譲っても良いでしょう?」


 この人達、ローザお姉さんが伯爵位と同じ身分なんて知らないんだろうな。


「あんた達に町案内は頼まん。帰ってくれ。そして2度と俺達の前に現れるな」

「貴女達など興味ありません。邪魔なので消えてください」

「え?」


 2人が無表情で冷たく言い放つ。

 け、結構辛辣………。


「トランデとか言う女に俺達が豪商だとでも聞いたか?言い寄れば簡単に落ちる、結婚できれば大金持ちになれる。ついでに俺ならまだ若いからアンタ達の魅力とやらで思うように動かせるとか?」

「何だ、それ?」


 リンダお姉さんが眉をひそめる。ついでに私も情けない顔をしてしまった。

 宿のお嬢さん達は固まっていて動こうとしないので、そのまま放置して歩き出す。


「後日にしようと思ったが、これから商業ギルドに行きたい。お嬢、良いか?」

「うん、良いよ」


 そして【虹の翼】の皆さんに顔を向ける。


「悪いが解散で良いか?」

「いや、私達も行くよ。あの態度を抗議するつもり。私的にはどうでも良いんだけれど、何もしないと他のクラスSに迷惑をかけるのでね」


 やはりローザお姉さんにあの態度はちょっとね。

 誰がクラスSかを知らなくても、クラスSが伯爵位と同等だと知らなくても、冒険者は色々な身分の人がいるから頭ごなしにただの野蛮な人と見下すのは間違っている。

 ローザお姉さんに直接断罪されても文句を言えないのに抗議ですませてくれるなんて、ローザお姉さんは優しいな。

 お金持ちを振り向かせようと必死だった?

 私達お金持ちではないんだけれど。



「トランデは商業ギルドの職員で、桜吹雪で活動する間も俺に言い寄って来ていた。断ったが」


 えっ!いつの間に!

 って言うか、宿屋のお嬢さん達より前にそんな事が?!


「ちなみに、わたしにはまず男性であるか確認して、嫁にして欲しいと言ってきましたよ。失礼な話です」


 ミスティルにも?

 それは節操無…………いや、人の恋愛観は色々だね。


「平民の重婚禁止」

「どっちか引っ掛かれば良しって事なんじゃないか」

「でも何で宿屋の女性に話したんだろう?」

「嫌がらせではないかと推測しますわ」

「女の子達に言い寄られて困るだろうとか、商人としての体裁が悪くなるだろうとか、そんなトコじゃない?」


 ミムミム、ローザ、リンダ、エクレール、レーネお姉さんが推測する。

 大方そうかな?それくらいじゃ痛くも痒くも無いよ。


「昨日、俺を誘った女に事情を聞いた。一応、俺とミスティルは豪商でもなく金持ちでもないと言って交際も結婚も断ったんだがな」

「まだ他の人に伝わっていないのかもしれませんわね」


 エクレールお姉さんが鳳蝶丸にお疲れ様でしたと言いつつ困惑していた。


「くだらない……くだらな過ぎる。商業ギルド職員ってもっと頭が良いかと思っていたよ」

「そうでない者も混ざっているのさ、たぶん」


 リンダお姉さんにローザお姉さんが答えていた。


 フェリアの女子たちは積極的で逞しいのは理解した。もちろん全員とは思わないけれど。

 日本にいた頃の私はどちらかと言えば大人しく恋愛に疎い方だったので、そういう部分見習わなくちゃ、とは思う。

 でも、相手が迷惑そうにしたり、断られたら引くのも大事じゃないかと。

 あと、周りが見えなくなって誰彼かまわず攻撃するのは止めた方が良いよ!相手が偉い人かもしれないもん。


 今回みたいにね!

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