第73話 人の記憶を鈍らせる…飲んで、飲んで飲んで、飲まれて、ハイ!

 試飲コーナーに戻ると私達を心配していたスタッフの皆さんから声をかけられる。

 私達は大丈夫だと言うと安心したようだった。


 ビョークギルマスからどんな説明があったか確認したら「罪のない者を痛めつけ酒を強奪しようとした者達に天罰が下った。先ほどのかみなりは神の怒りによるいかずち。皆も神の怒りを買わぬよう悪さをしないように」と言っていたらしい。

 いや、そのまんまだね。ついでに釘を刺しているところは流石です。


 ただやはり状況が気になるみたいで、皆さんお酒や食べ物に手を付けず情報を集めまくっている模様。

 災害級のスタンピードに立ち向かったメンバー達なのであっと言う間に情報収集し、結局わかったのは王国騎士団の3人がビョークギルマスの言う天罰を受け毛が伸び続けていることと、他の騎士達が怯えていること、ビョークギルマスや他国の団長、桜吹雪のメンバーが様子を見に行ったようだ、と言う事だけだった。




 さて、周りが落ち着いてきたので食事会を再開しよう。

 そして、今回の騒ぎは早めに忘れるように!わかったかね?諸君!



「飲みなおし、しゅゆ?」

「おっ、いいね」


 リンダお姉さんがサムズアップ。

 即座に鳳蝶丸がビールサーバーに炭酸カートリッジやビール樽をセット、私がコンロやキャンピングロースターを清浄で綺麗にし、ミスティルがトウモロコシを焼きだした。



 もう盛大に大盤振る舞いしちゃうよ!あの人達にイラッとしたからパーーーッと!



 ワイングラス、ウイスキーグラス、冷酒グラスを再構築、再構成でショットグラスと同じ桜模様の硝子エッチングを施した。あ、ビールジョッキもワンポイントで桜模様のエッチング。

 2、3千エン代の赤白ワインやウイスキー、日本酒。炭酸水やミネラルウォーターを、冷凍庫には丸い氷も用意。


 食べ物は牛肉のカルビやロース、ハラミ、豚バラ、カット済みのアスパラ、しいたけ、ピーマン、ナスを追加。用意したタレはもちろん我が家秘伝のタレ!


「皆しゃん、どんどん、焼いて、くだしゃい」

「ああ、わかった」


 【虹の翼】のお姉さん達が手分けして肉や野菜を焼きだす。ハイジさん達はミスティルと交代してトウモロコシやソーセージを、商業ギルド職員の皆さんがお酒の用意を始める。


 丁度ビョークギルマスが戻って来たので大盤振る舞い内容を説明、拡声器で話をしてもらう。


「続きでエールがまだ飲めるそうだ。ワイン、日本酒、ウィスキーも追加してくれた。肉や野菜も追加したので楽しんで欲しいという事だ」


 ザワザワとしながらも、会場の皆さんが動き出す。


「本当に良いのか?」

「うん、いいよ」

「あー、飲んだあとのグラスは持って帰って良いそうだ。必要以上貰わないようにな」



 うをををを!

 マジか!

 こんな美しくて歪みのないグラスをいただけるのですか?!

 え?これ高価なんじゃ……


 皆喜んでくれた。

 食器返却口に入れると消えるだけだしね。

 お酒と違って魔法契約していないから高く売ってしまう人がいるかもしれないけれど、桜模様というだけで【桜吹雪】のロゴが入っているわけではないし、まあいいかな。


「え?あのグラスを配布するのですか?本当に?」


 フィガロギルマスとエレオノールさんが飛んでやって来た。


「あい」

「そんな!勿体ない!歪みなく上質な硝子。美しい花模様。王室だってあれ程の硝子製品を所有しておりませんよ?それほど価値のあるグラスです!」

「もしよろしければわたくし共にお任せください。売り出せば必ずやゆき殿の財産となりましょう」

「ううん、いいの」



 これで天罰の記憶が薄まれば!



 いや、教訓として悪いことをすれば神様に怒られるかもしれない、と言う話が残るのは良いことだけれど、目の当たりにした者達の噂話に尾ひれがついて、話が大事になるのはちょっと避けたい。



「ヒナヨギユマシュ、飲んで、持って帰ゆ」

「………ええ、ええ、もちろんです。そして私のコレクションとして大切に大切にいたします!」

「わ、わたくしも、その、」

「あ、てちゅだう、してくえた皆しゃん、欲ちい人、じぇんぶ、あげゆ。今日、酔う、ダメよ?」

「そ、そうでした」

「てちゅだう皆しゃん、ちゅたえて?後日、あげゆって」

「わかりました。声をかけてまいります」

「私は飲んでまいります。ガッツリ飲んでまいります!」


 エレオノールさんとフィガロギルマスが足早に去っていた。

 入れ替わりでガグルルさんがやって来る。


「嬢ちゃん、それから鳳蝶丸殿、ミスティル殿!」

「ガウユユしゃん!」

「いやあ、ありがとう。仲間も喜んでいたよ。美味い酒、美味い食べ物、最高じゃ!」

「わかるぜ、ガグルルの旦那」

「おうよ」

「美味しいものをいただくと、幸せを感じます」

「そうだよな!ワッハッハ!」


 何気に2人とガグルルさんは気が合っているよね。人に対して素っ気ないミスティルでさえも楽しそうにしながらお酒を口に運んでいる。

 これが飲み仲間っていう……なのかな?



「俺達【紅蓮の牙】は数日休んだ後、また冒険者として通常の活動を始めるが、特殊任務の死の森調査に参加して本当に良かったと思っている。なんたって、こんなに可愛くて賢い嬢ちゃんに会えたしのう」

「貴方、良いことをいいますね」

「ああ、お嬢は可愛くて賢くて優しくて素晴らしいからな」


 止めて、鳳蝶丸さん。


「優しい、本当に優しいのう。俺の、酒が買いたいと言う願い、そして冷たいエールを飲みたいという願いを叶えてくれてありがとう」

「どう、いたちまちて」

「これ、少ないが俺の気持ちだ」


 四角い箱を渡された。


「いいの?」

「おうよ。礼と言うか、貰いっぱなしは性に合わないからな」

「見て、いい?」

「開けてみてくれ」


 鳳蝶丸に開けてもらうと、とても豪華で綺麗なネックレスとイヤリングのセットだった。

 ガーランドスタイルのアンティークジュエリーのようなネックレスはダイヤモンドが散りばめられ、いくつかの真珠も使われている。

 イヤリングもアンティークジュエリーのようなデザインで、やはりダイヤモンドと真珠が使われていた。


「高価!もやえにゃい!」


 声が裏返ってしまった。

 だって、これ、物凄い価値があるお宝だよ!貰えないよ!


「いいって、いいって。嬢ちゃんにはちと早いが大人になったら使ってくれ。いや、まあ、金にしてもらってもかまわんよ。そりゃもう嬢ちゃんのモノだ」

「でも、」

「前に宝石がわりと落ちるダンジョンに行った時宝箱から出てきたものじゃ。売れば多少の金にはなるが、俺には必要のないもんなんでな。嬢ちゃんに貰って欲しい」


 鳳蝶丸にポンポンと軽く背を叩かれる。

 ミスティルも笑顔で頷いていた。


「あにあと、ガウユユしゃん。たいせちゅ、しゅゆ」

「おう!気にせず受け取ってくれ。と、言うか俺にはこっちの方がよっぽども価値があるからのう」


 桜模様のビールジョッキとウイスキーグラスをマジックバッグから出して、バチコーーーン!とウインクを投げるガグルルさん。


「では、これで。嬢ちゃんにウルトラウス神のご加護があらんことを。ありがとうな!」

「ガウユユしゃん、あにあと!」


 すでにウル様からご加護はいただいているけれど、それを願ってくれる気持ちが嬉しい。

 いつかまた会えるといいね!ガグルルさん!




 お酒を買う人もいないので桜吹雪はひっそりと閉店しました。

 打ち上げ会場では、まだまだたくさんの人が楽しんでいる。

 一度スタッフの皆さんに集まってもらって、今日までお疲れ様でしたと挨拶をする。

 明日は桜吹雪の打ち上げ会だけれど、もし良ければこのまま調査隊打ち上げ会に加わって楽しんで欲しいと言うと皆喜んでいた。


「皆しゃん、おちゅかえ、しゃまでちた!」

「お疲れ様でした!」

「では、ほんじちゅで、かいしゃんっ!あにあと、ごじゃいました」

「ありがとうございました!」


 それぞれが解散する中、マッカダンさんが近づいて来る。


「俺、明日早朝に出発するから。残念だけど打ち上げ会に参加出来ないことになったよ」

「え!あ、しょっか。王都、帰ゆ」

「ああ、そうなんだ。折角誘ってくれたのに、ごめんな」

「ううん。お仕事、大事。マッタダンしゃん、たくしゃん、あにあと」

「こちらこそ、ありがとうな」

「あ、お金」


 お給金を渡さなきゃ!

 明日にしようと思って、袋とかまだ用意してない。


「いや、給金は受け取れないんだ。近衛兵団の一員として手伝ったから、ライアン団長から特別手当をいただけることになっているし、心配しないで」

「でも…」

「それに、俺、こんな良い物貰ったし、これで充分」


 マッカダンさんが桜吹雪のショルダーバッグをポポンと叩く。

 それならばと思い、急いでワイン、ウィスキー、冷酒グラスセットとビールジョッキ、桜吹雪トートバッグを出す。


「こえ、あげゆ」

「え?いいの?」

「あい」

「ありがと…。俺、凄く貴重な時間を過ごしたよ。短い時間だったけれど桜吹雪の一員になれて良かった!ありがとう!ゆきちゃん」

「うん、あにあと、ごじゃい、まちた」


 手を振りながら仲間の元へと戻って行くマッカダンさんを見送る。


「バイバーイ!」

「またなー!」

「バイバーイ!元気、ちてーー!」

「ありがとうー!」

「またねー!」


 大きく手を振りながら去っていくマッカダンさん。

 いつか遊びに行くよ!また会おうね!




 しばらくするとウトウトと眠くなる。


「そろそろテントに戻りましょう?」

「うん…」


 ミスティル抱っこでテントに戻り、手を洗って、うがいして、歯を磨いて、顔を洗って、スキンケアをして、三毛猫ロンパースでベッドに入る。


「ミシュチユ、あにあと」

「はい。私はこのあと外に行きますが、1人で大丈夫ですか?」

「うん、だいじょぶよ。おやすみなしゃい」

「おやすみなさい」


 ミスティルがしばらくお腹辺りをポンポンしてくれた。

 どんどん瞼が重くなる。幼児はもうおねむの時間なのです。



 おやすみなさい。

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