第71話 せっかくの祭りなのに暗雲が垂れ込めるの止めて欲しい
途中、痛々しい描写があります。
苦手な人はご注意ください。
********************************************
「それで、どなたが挨拶するんですか?」
「俺だ」
「わかりました」
ミスティルが確認する。挨拶は調査隊隊長であるビョークギルマスがするらしい。
私は会議テーブルを出して、近くにいたスタッフにどんどんビールやソフトドリンクをテーブルに出してもらった。
他のスタッフには各自取りに来るよう、まだ飲まないよう呼びかけてもらう。
その間に朝礼台を設置する。そしてビョークギルマスに拡声器の使い方を教えた。
「こりゃ、すごいな。これで声が大きくなるだって?」
「材質は何でしょうか?見たことがありません」
「しょえも、ひみちゅよ」
「使ってみて良いですか?」
「ここ、人多い。耳痛くなゆ、ダメ」
ビョークギルマスはぶっつけ本番で使って下さい。
ウフフ…。
「ビョーク、ギユマシュ、台、乗ゆ」
飲み物がほぼ全員に行き渡ったところで、朝礼台に乗ってもらった。
「こうして、ここを口に近づけて、話せば良いんだな?」
「うん。ちょと、みじナナメ上、しゅゆ。顔、見えゆ」
「わかった」
ちょっと緊張しつつ、ビョークギルマスのスピーチが始まった。
「あー、ええ!」
思っていたより音が大きかったらしく驚いたビョークギルマス。それに驚いて皆一斉に声の主を見る。
「あー、後ろまで聞こえるか?」
すると、一番遠くにいた人達が手を振った。
「すごいな、これ……ん、んん。あー、ミールナイト冒険者ギルド長、そして死の森調査隊隊長のビョークだ」
お話はスタンピードの終息を喜び、戦った人達を称え、調査隊や警備隊、その他働いた者達を労う内容だった。
「今夜は酒類や食事を販売してくれたサクラフブキから、飲み物と食べ物のご提供をいただいた」
うをををを!
「皆に楽しんで欲しいそうだ」
うををををを!
「準備は良いか!」
うををををををを!
ビョークギルマスがビールの入ったジョッキを掲げる。
「スタンピード終息を祝して、乾杯!」
カンパーーーーーイ!
んぐんぐんぐ、はあぁぁっ。
うまいっ
んんまっ!
ザワザワザワ…。
乾杯の音頭の間に、以前出したものを複製し、その他の食べ物を再構築する。
枝豆、ピーナッツ、柿ピー、チータラ、ガーリックシュリンプ。そして、みんな大好きフライドチキン・レモンソルト味。
それを会議テーブルにどんどん出す。スタッフにお願いして、ビールもある程度載せていった。
セルフサービスなので、それを各自に持って行ってもらう。
スタッフ達も酔わない程度に飲み食いして、時折店番している人達と交代してねと言ったら、一旦皆で集まって順番決めをしていた。
私は今、会議テーブルのところで椅子に座り、飛ぶように無くなっていく食べ物の補充係と化していた。
ビールサーバーのカートリッジ交換は鳳蝶丸が行っている。
そして気付くと鳳蝶丸もミスティルもビール片手におつまみを食べていた。
「おいちい?」
「ああ、美味い」
「美味しいです」
「ただ、ちと物足りない。腹に溜まるものを出してもらう事は出来るか?」
「いいよ」
コンロ2台にキャンピングロースターを載せて、棒付きソーセージやトウモロコシ、煮豚入りおにぎりを焼き出す。それをミスティルに任せた。
もう2台コンロを出して鉄板を載せる。袋入りの焼きそば(ソース付き)とカット済の野菜、豚肉、青のり、紅ショウガは再構築で用意、鳳蝶丸は裏面の作り方を読みながら豚肉を炒め始めた。
ミスティルが良い焼き具合だ言うので、ソーセージはお皿に移し、トウモロコシとおにぎりは仕上げに刷毛で醤油を塗りながら再度焼いてもらう。
あたり一面香ばしい良い匂いが漂って、皆がコンロに寄ってきた。
「持ってって、いいよ」
すると、皆嬉しそうにソーセージや焼きトウモロコシ、焼きおにぎりを持って行く。肉巻きおにぎりの効果か、焼きおにぎりの抵抗が無く皆手に取ってハフハフと頬張っていた。
あちこちから、うんまっ!美味い!止まらん!肉入ってる!と声が聞こえ、ビール消費が加速する。
焼きそばが出来上がりお皿に分けていると、商業ギルド職員さん達が作ってみたいと言うので、鳳蝶丸が作り方を教え交代した。
ソーセージとトウモロコシとおにぎりはハイジさんとピーターさんが交代する。
鳳蝶丸もミスティルも手が空いたので嬉しそうに焼きそばを食べ始めた。
ソースや焼きトウモロコシの香りが漂い、何となく夏祭りを思い出す。いつか何処かのお祭りで屋台なんかもやってみたいなあ、と思う私だった。
しばらく和やかかつ賑やかに過ごしていると、帆布シートの端方面から大きな声が聞こえてきた。
ビョークギルマスが顔を引き締めて騒ぎの方に向かう。私も気になって鳳蝶丸抱っこでミスティルと一緒に移動した。
結界の境目に3人の青年達が蹲っていた。
3人共大怪我をしていて頭から血が流れている。真ん中に担がれてきた人は足と手が変な方向に曲がり、呻き声をあげていた。
「どうした!」
「うう…」
ビョークギルマスが駆け寄ると、1人が顔を上げる。でも問いには答えずに顔を歪める。
「リインにポーションと回復魔法が使える者を連れて来るよう伝えてくれ」
「わかった」
近くにいた冒険者が駆け出す。
「何があったか言ってくれ。責任は冒険者ギルドで取る」
最初は躊躇していた青年が重い口を開く。
酒を買い自分のテントに戻ろうとした時、王国騎士団の3人に囲まれ酒を取り上げられた。
相手が貴族のため逆らえず渡したが、理由なく暴力を振るわれた。
抵抗できずにいたが、剣で斬りかかられたので1人が避けたら激昂し、更に酷い暴力を振るわれた。
そして、命は助けてやるが他言したら家族諸共不敬罪として始末をすると脅されたと。
ショックだった。
地球上にも、日本にだって理不尽な暴力や殺傷事件が確かにある。そう、大人の私は理解しているのだ。
でも、幼児の私には受け入れられない。
自分がお酒を売ったことで、目の前の3人が傷付いた事が酷くショックで悲しかった。
う、う、う、
涙で視界が歪む。
「ご、ご、めなしゃ、痛いちて、ご、」
うわあぁん!
うえぇぇん!
鳳蝶丸が抱きしめてくれたが涙が止まらない。
「わたち、おしゃけ、えっえっ、売っゆ、怪我、ちた、痛い、痛い、ごめ、ね」
慌ててビョークギルマスが立ち上がる。
「ゆき殿は何も悪くねえ。大丈夫だ。もうすぐ治癒魔法とポーションで治るからな」
すると、従者2人の表情がスッと無機質になる。
そしてビョークギルマスに私を預けると、一瞬でいなくなった。
「なっ!消えた!」
周りがザワついている間に冒険者や職員らしき数人が到着。テキパキと治療を始める。
「うっ!」
「やめよっ!うわああぁ!」
少し離れたところからは鈍い音と男性の悲鳴が聞こえてきたけれど、ビョークギルマスはちらりと音の方を見ただけで動かず私の背中をトントンしていた。
青年達が多少の痛みが引いて落ち着いた頃、私の【幼児の気持ち】が収まってくる。そこへ涼しい顔をした2人が戻ってきた。手に桜吹雪のトートバッグを3つ持っていた。
「あんた達のだろう?」
鳳蝶丸が3人に袋を差し出すと彼らは青い顔になった。
「受け取れない」
「報復される」
青年達は震えているけれど、鳳蝶丸がお構いなしに3人の近くに置いた。
「大丈夫ですよ。お仕置きしましたから」
ミスティルがビョークギルマスから私を受け取り抱きなおす。
「ヤッてませんよ?」
「うっん」
まだシャクリをあげている私をそっと抱きしめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます