第62話 パッとやって、ギュッてして、ズギャーン
皆が支度している間に私達3人は外に出てビョークギルマスを探す。丁度冒険者ギルド職員のピピお姉さんが通りかかったので呼んで来てもらった。
「トイレテントを設置する。良かったら使ってくれ、とお嬢が言っている」
「いいのか?それはありがたい。貸出料金は森よりも安くなるが…」
「お金、いなない。食事、トイレ、ひちゅよう」
「いや、しかし」
「あの結界の横に設置するので自由に使ってください。その代わり使い方の説明していただきたい」
ミスティルの言葉に頷くビョークギルマス。
「ああ、では遠慮なく借りる。使用方法の説明は任せてくれ」
「うん。女の子オレンジ、男の子グリーン、ちた」
「うん?」
「酔うと間違えやすいからトイレテントに色を付けたらしいんだ」
「そうだったのか。何から何まで悪いな。ありがとう」
トイレテントを女性、男性2つずつ出しているとモッカ団長とピリカお姉さんがやって来た。
「お昼美味しかったです。ありがとう」
「ええ。とても美味しかったです」
「良かた。今夜、カリェーよ」
「はい、楽しみです」
すると、森の調査隊で会った冒険者の人達が来てペグを打ってくれる。
「弁当美味かったです。夜はカレーと聞きました。楽しみです」
ここにもカレーファンがいたよ!
「森ではあまり話が出来ませんでしたが、俺はフロー。冒険者クラスS【青き焔】のリーダーです。あちらは同じパーティーのミシャとマイロです」
「おてちゅだい、あにあと、ごじゃいましゅ」
4つのトイレテントを設置し終わると5人はテントを眺めている。
「色付けしたのですね?」
「あい。酔って、間違えゆ、ダメ」
「なるほど。これならば間違えませんね」
ピリカお姉さんが納得していた。
「こちらを使っても?」
「あい、どうじょ。あと、ちゅかい方、他のひと、おちえて」
「ええ、もちろんです。またこの清潔で匂わないトイレを使わせていただけて嬉しいです」
「かいはちゅ、頑張ゆ」
「ぜひぜひ、よろしくお願いいたします」
モッカ団長は真剣な表情で頷いた。
「このトイレを作ってくれるのですか?」
「あい。冒険ちゃ、しょとのトイエ、ちゅくゆ。待ってて」
「はい、待っています」
フローさんにもいずれたくさんの人が使えるようにしたいと考えていると言うと、とても嬉しそうだった。
皆さんの支度が終わって全員集合してカレーの試食会。
今日出すメニューは以前出したものと全く同じ、お店カレーの普通、中辛、辛口、焼き野菜を添えて。
選べるのはご飯とチーズナン。
どうしてもカレーがダメな人にはお肉たっぷりビーフシチューと白パンとミニサラダ。
飲み物はお弁当の時と同じ。
以前カレー用トレーセットを作ったのでそれを複写。
その他にビーフシチュー用の深皿と白パン、ミニサラダ、カトラリーのトレーセットを作って複写。
今夜のセットはこれで良し。
ちなみに、カレーもシチューも2千エンにした。
エレオノールさんからもっと値を上げるべきと主張されたけれど、これは桜吹雪価格だからと却下。
一番の理由?面倒くさいからです。
まず、鳳蝶丸がカレーの選び方や売り方の説明を行う。
人数が増えたので今回の窓口は5つ。各窓口にサポート2人。
注文が入ったら私達3人が無限収納&マジックバッグからご飯かナンか白パンセットのトレーを出す。
サポート2人がカレーを深皿に入れ、飲み物をセットして窓口に渡すという流れ。
レーネお姉さんとマッカダンさんは列の整理係。他の人は全体的なサポートに入ってもらう。
いくつか質問の後、コンロを4つ出してカレーとシチューをセット。
調査隊の皆さんは経験済みなので良い匂い。美味しそうと口々に言っているけれど、ハイジさんやクララさん、ピーターさんはちょっと躊躇っていた。
「み、見た目が…」
って呟いている。
うん、わからなくもない。ダメだったらシチューもあるよ。
………あ、こっちも見た目に大差無かった。
ちなみに、マッカダンさんとレーネお姉さんはちょっと離れた席にいる。
獣人の皆さんは食べると最高に美味しいんだけれど、匂いが刺激的だって言ってたもんね。
「食べないならそれで良いけどさ。これ、王族でもそうそう食べられない程価値があるよ」
「え?」
リンダお姉さんの言葉にクララさんが驚いた。
「うん。香りだけでわかる。物凄い種類の香辛料使ってる」
「そう。食欲を刺激する複雑な香り。これをタダで食べられるなんてあたしは幸せ者だよ」
そう言って、ご飯を選んび深皿にたっぷり中辛カレーを入れた。
ミムミムさんも続いてご飯と辛口を選んでいた。
「このお野菜はどちらの国のでしょう?野菜を素焼きに?このようにして食べるのは初めてです。それにこの香り…贅沢なほど香辛料が使われています。このお玉一杯で数万エン請求されてもおかしくありません」
エレオノールさんも嬉しそうにご飯と普通を選んで着席した。他の職員さん達も様々な好みの物を選んでいる。
「うーん……美味しい!」
「やっぱりカレー美味いな!」
レーネお姉さんとマッカダンさんはリンダお姉さんに用意してもらったカレーを食べている。
「森で全部食べたけどさ。アタシはやっぱり普通かな」
「どれも美味いけど、俺も普通かな」
他の人も口々に美味しい!贅沢!と言いながら口にしていた。そして、何度もおかわりして一番食べていたのはハイジさんだった。
見た目が…って言っていたけれど、食べたら美味しかったってことでいいのかな?
「ねえ、こっちも食べてみていい?」
「ここにあゆ、全部食べて、いいよ」
ローザお姉さんがビーフシチューを食べ始めた。
「んー!美味い!肉が口に入れただけでホロホロ溶けていくし煮崩れていない野菜の食感が良いよ。それに、どう表現したら良いかわからないけれど香りも味も何とも言えない美味しさだ」
「本当に美味しい。とても上品な香りですわ。これは………赤ワインではなくて?」
「しぇいかい!」
「えっ!料理に赤ワインを使っているのか?何て贅沢なんだ」
結局全員全種類食べていた。
毎回思うけれどこの世界の人って沢山食べるね。気持ちよくどんどん食べてくれるから嬉しくなっちゃう。
「どっち、しゅき?」
「どちらも!」「選べません」「全部好きです」「全部とても美味しかったです」
皆口々に美味しかったと言っていた。
良かった。
少し日が傾いてきた。
そして気づく。夜は真っ暗になりそうな事に。
真っ暗の中カレー販売は難しいよね。どうしようか…。
ふとランタン祭りの光景を思い出した。髪の長い女の子が主人公の某アニメにも出て来たよね。
私は映像でしか見たことないんだけれど、綺麗なのでこの目で見てみたいなって思っていたんだ。
だからあれを再現しようと思う。
今張ってある結界にランタンを通さないにして、以前つくったランタンを多めに複写し、点灯用リモコンとリンクさせる。
そしてランタンに<浮遊>をかけ、ついでに物凄くゆっくりと上下左右ランダムに動く設定にした。
ランタンがゆっくり空へと浮かんでゆく。でも、結界の外には出ないのである程度の高さまで行くと下降したり左右に散らばって行ったりと、かなりゆっくりそして自由にまるで意思を持っているみたいに動いていた。
「ゆ、ゆきちゃん、あれ、何?」
私の後ろに【虹の翼】のメンバーが立っていた。
試食会の後、少しの間休憩にしていてその間にランタンを作ったんだけれど、私の魔力に気づいたミムミムお姉さんがメンバーに声掛けしたんだって。
「あえ、灯い。ご飯、真っ暗、食べやえない」
「ああ、うん。そ、そうだね」
まだ灯っていないからちょっと…………虫っぽいかも。昼間は回収しておこう、そうしよう。
「だいじょぶ。灯いちゅけゆ、きえい」
「ああ、うん。楽しみだよ」
ローザお姉さんが何故か苦笑いを浮かべていた。
「あれは魔法?」
「うん。浮遊、魔じゅちゅ」
「詠唱していなかった。魔法陣組んでいなかった。教えて、師匠!」
ミムミムお姉さんは個人でクラスAの実力を持つ魔術師。リンダお姉さんが言うには魔法オタクといっても過言ではないらしい。
ちょっとピリカお姉さんに似ている、かも。
でも、教えられないし…ここは必殺!幼児のわかんないを発動するか。
「教えゆ、わたなない」
「うっ!」
人差し指を口に入れて小首をかしげてみた。
あざとかったかな?ちょっと恥ずかしいかも。
「し、師匠」
「ゆち、わたなない」
追加でわからないを発動。
「でも、師匠!」
意外と食い下がるな、ミムミムお姉さん。
「うーんとね、パッとやって、ギュッてして、ズギャーンって、しゅゆ」
「パッとやって、ギュッてして、ズギャーン。…………ただの天才か……天才がここにおる…」
ミムミムお姉さんがガックリと凹んでいる。
ごめんね。教え方本当にわからないの。ごめんなさい。
そして18時。だんだん暗くなってまいりました。
まだ周辺が見えるし調査隊テントの焚火やランプの灯りもあるけれど、食事を提供するにはちょっと暗いかな。
鳳蝶丸抱っこで並んでいる列の先頭近くに行く。手にはランタンのリモコン。
「皆しゃん、今日はカリェー、でしゅ。たくしゃん食べてね」
スイッチオン!
フワッと灯りがついた。
「おお……」
周りが思わず声を上げる。
見上げるとランタンが空に浮かびゆっくりと動いていてなかなか幻想的な光景だった。
うんうん、こんな感じ。
映像で見たランタン祭りより明るいけれど綺麗だな。
今度いろんな色の提灯(LED)を作って、それを浮かべても綺麗かも。いつかやってみよう。
「ではでは、シャクヤフブチ、開店でしゅ!」
すると、周りから拍手が起こった。皆嬉しそうにランタンを見上げている。目を悪くしないでね?
そしてスタッフの誘導に従い列が進んで行く。
売り方は昼のお弁当とほぼ一緒。窓口が増えたのでわりとスムーズに列が進んだ。
タープテント前の座席はすでに埋まり、トレーを持ってウロウロしている人がいる。中には帆布シートに座り込んで食べている人も出てきた。
自分のテントに戻って食べるのかと思っていたのになぜだろう?
「大盛況だな」
「ビョークギユマシュ」
そこへビョークギルマスがひょっこり顔を出した。
「ギユマシュ、食べゆ?」
「いや、後でちゃんと並んでいただく。ありがとう」
そしてタープテントから帆布シート内の食事スペースをぐるりと見まわしていた。
「あー、人が溢れているな」
「うん、何で、自分のテント、かえなない?」
「ああ、それか。実は、この結界内が快適だと皆気付いちまったんだ」
「快適?」
ビョークギルマスが言うには、今はまだ夜になっても気温が高い時季だけれど、私が張った結界内は昼も夜も適温で心地良いんだって。
そういえば結界内は温度26℃湿度50%酸素濃度約21%にしていたんだった。ギラギラの太陽の熱は遮るし、夜の蒸し暑さも感じないもんね。
近くにいたハイジさんからテント周りが快適過ぎて、商業ギルドの皆さんが外に戻りたくないって言っていましたって報告してくれた。
だから皆結界内で食事をしようとしていたわけね。
「じゃあ、ひよば、快適だけ、結界張ゆ」
「ん?」
「お嬢は適温だけの結界を広場に張ってくれるそうだがどうする?」
「清浄などは無しって事か」
「うん」
「それはありがたいが、快適さに慣れてしまうのは冒険者の為にならんからな」
そっか。そうだよね。
冒険者の人達は過酷な状況にも耐えられないといけないもんね。
「飯の時間帯だけってのはどうだ?」
「飯の時間だけ?」
「座り込んで食ってる奴らがいて、足元が危険だからな」
「そうだな。悪いが頼めるか?」
「うん、良いよ」
私はタープテント周りの結界の外に二重結界を張った。
結界内を快適にするだけで他はつけていない。
「こえ、どう?」
「あー、いつ見ても凄いな。無詠唱だから何をしたのかが言われなければわからん。ランタンと言い、結界と言い、ゆき殿はやはり尊い存在なんだな」
「ああ、そうだ。俺達のお嬢は素晴らしい存在なんだ」
恥ずかしいからやめてー!
思わず頬を赤らめたらビョークギルマスが頭をナデナデしてくれた。
「さて、また後でくる」
「あい」
そういうとビョークギルマスが並んでいる列に向かって「飯の間だけこの辺り一帯が快適になっているから自分のテントで食ってくれ!」と言いながら去って行った。
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