第44話 フェリア、トイレ事情

 私はまた外に出て、お散歩を決め込むのだ!

 この森は魔獣さえ出なければ景色の良い場所だしね。


 あ、あそこにいるのはローザお姉さん!早速朝の挨拶をしよう。


「おはよう、ごじゃいましゅ」

「ん?ああ、おはよう、ゆきちゃん。今朝も可愛いね」


 朝から可愛いと言われ【幼児の気持ち】発動。思わず小躍りしてしまった。

 ピョンピョン飛んで喜んでいたら、更に可愛い可愛いと言って手拍子してくれる。


「まあ、とても可愛らしいわ!」


 はしゃいでいたら後ろから声がかかる。振り向くとエクレールお姉さんだった。


「おはようございます」

「おはよう、ごじゃいましゅ」

「昨夜は御馳走様でした」

「あい!」


 朝の光の中で見るエクレールお姉さんは輝いていた。昨夜エクレールお姉さんがエルフ族だって聞いたけれど、綺麗だなあ…。


 思わずまじまじと眺めてしまった。


 ん?あれ?


「エユフしゃん、耳、チュンって、ちてう?」


 本や映画のエルフはトンガリ耳だったけれど、エクレールお姉さんの耳は人間より少し尖っているだけだった。

 そういえば、モッカ団長さんとピリカお姉さんもあんまり尖っていなかったな。


わたくし達エルフ族は少し尖っているくらいですわ。尖っていて長めの耳を持っているのはハイエルフ族です」

「しょうなのねぇ」


 ひとつ勉強になったと感心していたら、ふと風向きが変わって公園のトイレ臭みたいなかほりが鼻にアタックかまして来た。


「ふにゃっ」


 思わず鼻を詰まんで臭い方を見ると四角い衝立がある。


「あえ、なあに?」

「あれは、女性用トイレ。男性用は反対側にあるよ」


 女性用から離れた対面に同じような衝立があった。


 おおう、やはり。

 しかし、あんな簡素でいいの?いや、仕事中はあれでいいのか。


「臭かった?でも、トイレなんて皆あんなもんだしね」

「えっ、お家も?」

「処理方法はどこも似たようなものですわ」


 どうやって捨てるのか聞いたら、汚物を吸収するスライムを便座下の空間で飼っていて処理してもらっているんだって。

 ただ、吸収スピードがとても遅いためやはり臭ってしまうらしい。

 貴族の場合、専門の人が建物の外にある小屋でスライムに処理させているけれど、その周辺はやっぱり臭いんだって。

 地球の昔のヨーロッパみたいに窓の外に捨てるより良い……かな?


「中見て、いい?」

「ん?見るのは良いけど、ゆきちゃんもトイレ使っているだろう?」

「そういえば、テントの外に簡易トイレを設置してありませんわね」

「まさか地面に直接出してる?ダンジョンではルール違反になるよ」


 そうなんだ。

 ダンジョンって、いろんな人が入るもんね?それに、そんな事したら分体激怒しそう。


「トイレ、テントぉなかよ。外、ちない」

「それだと臭わない?」

「臭いちない。せいけちゅ」

「処理の早いスライムなのかしら?」

「シュライムない。清…クイーンしゅる」

「……クイーン?」

「クリーンの事ではないかしら?」


 ウンウンと頷くと、ローザお姉さんがちょっと小声になったので小さな円陣を組む。


「あー、ちょっと、アレな話になるけど、固形物……まで消えないんじゃないか?」

「ロ、ローザリア!」

「クリーンで消せるのって少量の液体とか汚れが落ちる程度だろう?」


 え!そうなの?分解されて消えてるよ?

 うーん……もしかして物体を分解するイメージがこの世界には無いから?どう説明すればわかってもらえるかな。

 いや、それ以前に幼児の口では長い説明が難しいんだよね。

 それにしても、箱にスライムか。

 ………清浄付与した方が清潔だよね。



 そういえばウル様に私の知識とか出来る範囲で広めてほしいって言われたっけ。

 でも私しか作れないんじゃ意味無いよね。

 魔方陣で組めるか鳳蝶丸に聞いて……あれ、ちょっと待って?私何の疑問もなく水洗のトイレ作ったけれど、清浄で消せるならそもそも水いらないんじゃ?

 便座に清浄付与した結界を……いやいや、見た目の清潔さも大事だよね。



「…………ちゃ………………ゆ……ちゃん、ゆきちゃん?」



 ハッ!



「どうしたの?具合悪いのかしら?」

「ごめん、汚い話したからか……?」

「んーん。わたち、かんなえてたの」

「かんな?」


 人差し指でこめかみあたりをツンツン。腕を組んで頭を左右に傾けてみる。


「かんなえてゆのよ」

「ああ!考えてるんだね!何を考えているの?」

「トイエ」

「トイレ?」

「うん」


 ローザお姉さんとエクレールお姉さんが顔を見合わす。


「わたち、テント、いちゅもきえい。みんなのトイレ、どちたらきえい、出来ゆ、かんなえゆ」


 私が二人を見上げて伝わったかな確認すると、お姉さん達は「ウンウン、可愛いね!」「可愛いが氾濫していますわ!」と呟やいていた。


「ねえ、その綺麗なトイレ、見せてもらえないかな?」

わたくしも興味ありますわ。もちろん無理にではありませんよ」

「うーん。鳳蝶まゆ、ミシュチユ、ちいてみゆ」


 一応テントはゲスト部屋作っているくらいだし、隠しているわけじゃない。

 ちょっと人を受け入れるの早すぎるかなって思うけれど、まあ、何とでもなるかな。


 日本人だった頃はわりと慎重で怖がりだったのに、この世界に来てから結構大胆な私。

 ウル様の加護のおかげだね。ありがとう!


 ってことで、私的には受け入れOK、でも念のため二人にお伺いをたてよう。


「ちょっと、ちいてくゆ」

「了解」


 私は足を一生懸命動かしてテントに戻ったのだった。




 私部屋のリビングに飛行ひぎょうで向かう。


「やはり美味しいですね、このワイン」

「俺はやっぱりウイスキーってやつが好きだな」


 二人は酒盛り中だった。


「どうした?」

「二人、確認、ちたい」

「ええ」

「テント、おねしゃん達、ちょうたい、ちたい」

「ん?」


 ウル様からできる範囲で良いから地球での知識を広めて欲しいと言われていること、この世界の衛生事情があまりよろしくないので説明したいこと、自分の作ったトイレを見てもらいたいことなどを二人に話した。


「この部屋、結界張ってゆ。入なない」

「俺は構わないぜ。ここはお嬢のテントだしな」

「ええ。あなたの思う通りにして構いませんよ」

「あにあと」

「んじゃ、一緒に行くか」

「え、でも、おやしゅみ……」

「また後でのんびりするから大丈夫だ」


 鳳蝶丸が私を抱き上げ、ミスティルも立ち上がる。


「あにあとぉ!」


 嬉しくてお礼を言うと二人はにこやかに微笑んだ。




 外に出るとローザお姉さん、エクレールお姉さんと一緒にビョークギルマスが待っていた。


「今度はトイレの話だって?」

「うん。おねしゃん、トイレ、案内しゅゆ」

「俺も中に入って良いか?」

「いいよぉ。しゃんにん、招待しゅゆ」


 仲間外れもナンだからビョークギルマスも入れてあげよう。

 すると、鳳蝶丸が私の話を引き継いだ。


「少しばかり説明したい。俺達が良いと言った物や案内する場所以外は触ったり覗いたりしないで欲しい」

「もちろん触らないようにする。が、案内する場所?テントの中だろう?」


 ビョークギルマスが怪訝な顔をした。鳳蝶丸はそれに応えず話をすすめる。


「テントに入ったらまず靴を脱いでもらう」

「えっ!靴を?」


 ローザリアさんが困った表情を浮かべた。


「それは…汚れとか…………」

「ええ、その、匂いの……」

「入ると同時にクリーンだ。問題ない」

「あー、でもよ。俺はその他にも、アレだ。足が蒸れて痒くなる、あの、」

「それも大丈夫だ。問題ない」


 ビョークギルマスが言いにくそうに片足を指すと、鳳蝶丸が即答した。

 そして、スイと義足を見る。


「アンタの義足……」

「あ、ああ。狭い所でも問題なく歩けるから心配すんな」

「いや、そう言う事じゃない。外してから入る方が良いな」

「何故だ?」

「入ればわかる」


 二人がしばらく睨みあっていたけれど、やがてビョークギルマスが観念してため息をついた。


「わかった。言う通りにする。手伝ってくれるか?」

「ああ」

「では、わたくしが……」


 そう言うと、ローザお姉さんがギルマスに肩を貸し、エクレールお姉さんが包帯を外し始めた。


「ビョークギユマシュ、あち、何で、はじゅしゅ?」


 鳳蝶丸の言葉にちょっと驚いて小さな声で聞くと、鳳蝶丸とミスティルがクスリと笑う。


「わかっていませんねぇ」

「そこがお嬢だな」



 義足を外し終えエクレールお姉さんが立ち上がったので、私達は先に入り、前室の布を開けて三人を迎える。


「テント、ようこしょ」


 ゆっくりと三人が入って来た、と、同時に強い光が三人を包む。



「うを!」「何!」「きゃあ!」



 やがて光が収まると、呆然とした三人が立っていた。




「…………………………………………………………」



「ナンじゃこりゃあー!」「何これ!」「どういうことですのー!」



 インナーテントのフロントパネルは開けたままにしていたので、前室から中が見えるようになっている。

そこからは玄関と寛ぎの間が見えていた。


 三人は、その広い空間を驚愕の表情で凝視していた。

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