第39話 驚きの正体 -ミールナイトサイド-
しばらくの沈黙の後、主殿がキョロキョロ周りを見回した。
他のメンバーはそれぞれコンロを囲み、酒を飲み、リラックスしているようだ。もちろんこちらに気を配っている者もいると思うが、聞き耳を立てているようには見えない。
主殿は、皆が酒や食べ物に集中するのを待っていたのだろう。
「ここ、声聞こえない、結界張ゆ、いい?」
「構いません」
途端にスッと何かが俺達を囲んだ気配がした。
声が漏れない結界を張ったのだ。
いよいよ、核心に迫る話が始まるようだ。
「ミシュチユ、声、どう?」
「聞こえませんでした」
ミスティル殿に結界の外で声を聴いてもらい確かめた主殿がコクリ、と頷く。
「まじゅ、最ちょ話ちた。わたちのこと、ないちょ、ちあう。でも、広めゆ、困ゆ」
「承知しております」
ゴクリ。
俺達の喉が鳴る。
「わたち、神しゃまの神子」
は?
「お嬢は神の使いだ」
………。
驚きのあまり声が出なかった。
食べたことのないような食材を用意し、見たことのない道具を使用し、ほとんど手に入らないレインボーアコヤを複数個持ち、平然と焼いて食べ、舌足らずだが、大人のような会話が出来る幼児。
普通の子供じゃないのはわかっていたが、神の御使い様だったとは。
通常ならば簡単に信じる事は出来ないが、SSS級の魔獣を難なく倒す従者達が彼女に仕える姿勢でわかる。彼らは嘘をついていないだろう。
「どちても、ひちゅようがあゆ、しょの時だけ、わたち、神しゃまに頼まえゆ」
「本来、神はこの地上に不干渉。しかしずっと見守っていらっしゃいます」
「今回、多くの種族が滅亡しかねない事態だと判断され、お嬢をこの地へ導いてくださったんだ」
………。
多くの、
種族が、
滅亡………。
ゾッとして背筋に冷たい汗が流れた。
そこまで緊急の事態だったのか。
いや、SSS級の魔獣が、厄災級のスケルトン多頭竜がもし森を出て溢れたら…。
際限なく生まれ、世に放たれたならば…。
この大陸の種族全ての滅びは免れなかっただろう。それを神が憂いてくださった。そして、主殿を派遣してくださったのだ。
俺を含む6人はその恐ろしさと同時に、事前に回避できた幸運と喜びに身を震わせる。
御使い様。
このお方は、尊き神の御使い様だったのだ。
俺達はほぼ同時に膝をつき、頭を深く下げる。
「御使い様とは知らず、数々の無礼、謝罪いたします」
「ひじゃやめ、目立ちゅ、ちないで。わたち、普ちゅうが良い。えやい、ちあう」
「御使い様、しかし…」
「名前、呼んで?」
「そ、それは、出来かね…」
「イヤ、名前が良い…やめ?」
うっ!
ウルウルの瞳で見上げる御使い様。
ただでさえ可愛らしいのに、その仕草は破壊級だ!
「あと、口調、普ちゅう良い。ビョークギユマシュ、いちゅものはなち方、ちて」
御使い様は、今話を聞いている俺達が頭を下げ畏まると、周りが変に思うし詮索されかねないから普通に接して欲しいと言う。
神の御子であることは秘密ではないが、注目されたり、祀り上げられたりされるのは困る。
個人的でも、国単位であっても、期待に応えることはない。
私は神のための神子であり、地上にいる者の願いを叶える存在ではない。
祈りは神々に捧げて欲しい。神々はいつも皆を見守っている。
御使い様はそう言った。
確かに、御使い様の言う通り。
人は願うものであり、神の使いが目の前にいれば過剰に期待するだろう。
でも期待に応えてもらえなければ恨みに変わる場合もある。
俺達は御使い様の言う通り、普通に接した方が良いだろう。
そして、心の中で敬えば良いのだ。
「あー、じゃあ、遠慮なく、普通に話していいか?」
「ビョークギルド長!」
オルフェス団長達が動揺して俺を止めようとする。
「御使い様…、いや、ゆき殿の言う事は理解できる。周りに悟られないためには普通に接するのが一番だろう」
俺の顔を見て、うんうんと頷くゆき殿。
「本当にいいのか?俺も普通に話すぞ?」
「私もそうさせていただきますが、宜しいですか?」
「あい」
ライアン団長とモッカ団長の言葉にも頷きながらニッコリ笑顔を浮かべた。
「ただ…俺達はここでの出来事を上に報告しなければならない。その時にゆき殿の事を報告するが、承知してもらえるだろうか?」
「うん、いいよぉ」
ゆき殿には承知してもらえたが、
「お嬢と俺達を利用することは不可能、と一言添えてくれ」
「主とわたし達は人の子らの思い通りにはなりません」
従者二人からはクギを刺された。
「わたち達、自由よ。神しゃま、たのちんで良い、言われた」
要するに王族だろうが皇族だろうが教皇位だろうがお前たちに命令する権利はない、と言う事なのだろう。
我らの味方とは言わず、またどんな人種や国の[都合]にも合わせる事はないと言っていた。
御使い様に、悪、または敵と認定されれば、我らは神々に見放される可能性もある、と言う事だ。友好的に考えていると言われているのだから、上層部にしっかりクギを刺さなければいかん。
御使い様相手にバカなことをするヤツはいないと思いたいが、時折いるからな、バカな貴族が。
「わかった。上にはちゃんと伝えておく。ただ、時折わかっていない阿呆がいるのが気がかりでな」
「大丈夫です。その時はお仕置きをしますので」
ドキリと胸が高鳴るような美しい笑顔で言い放つミスティル殿。その仕置きって何するんだ?聞きたいような聞きたくないような。
「そういうヤツがいることは承知している。返り討ちにするだけだから心配すんな」
「ちなない程度、お願いちてあゆ。安ちんちて」
従者だけじゃねえ。ゆき殿も容赦なさそうだ。
まあ、束になって戦いに挑んだとしてもこの三人に勝てそうにないからそこんトコロは心配してねえ。
ただ、どの程度で敵とみなされるのか。どんな単位が敵と思われるのか。
例えば、ある貴族がゆき殿に悪さをしたとして、敵は個人なのか、関わった者も含むのか。一族までか。
国単位までに及ぶのか。
「俺達に危害を加えよう、利用しようとするヤツ以外には何もしない」
俺に向かってニッと笑う鳳蝶丸殿。
ひ、表情に出てたか?
長いこと冒険者とギルド長をしているのでポーカーフェイスには自信があったんだが。
「ハハハ…。とにかく、ちゃんとクギは刺しとくよ」
「そうしておいてくれ」
俺は気の抜けたビールをグビリと飲み干した。
「そえかや、ピイカおねたん」
「は、はい!私っ」
突然声をかけられて、ピリカ殿が背筋を伸ばす。
「しゃっち言った、わたち、しぇいじょ、賢者、ちあう。わたち、神しゃまの神子」
「はい」
ピリカ殿が投げかけた質問に答え始める。
浄化は出来る。エリアヒールはした事がないけれど、やろうと思えば出来ると思う。魔法は詠唱せず発動できるけれど、原理がわからないから教えられない。
三人共空を飛べるが、やはり原理がわからないから教えられない。
「あとは、……鳳蝶まゆ、ミシュチユは、はなちてもだいじょぶ?」
「構いませんよ」
「問題ない」
従者二人の話か。
ピリカ殿は伝説の武器の所有者ではないか、と言っていたな。
ゆき殿の従者ともなれば持っていてもおかしくない。もう、何も驚かないぞ。
「二人は、」
「はい、お二人は」
ピリカ殿がゴクリと喉を鳴らした。
「でんしぇちゅの~、ぶち!」
「え、は、はい。あの、所有者、と言うことで宜しいでしょうか?」
「ちあう」
困った顔をして従者達を見上げるゆき殿。すると、鳳蝶丸殿がピリカ殿に視線を動かした。
「伝説の武器についてどこまで知っている?」
「はい。私達エルフに伝わっている伝説や文献によると、創造神ウルトラウス様がこの地のどこかに伝説の武器と呼ばれる6つの武器を降臨させた、と書かれております。その武器は魔鉄をも切り、または貫通させる程強く、また、何者も折ることは出来ぬと」
「うん、他には?」
「伝説の武器は世界各地のどこかに眠っているそうです。ただ、その眠る場所はとても危険で、試練を乗り越え見つけられた者だけが所有する事を許されるのだ、と言われています」
ピリカ殿は両手を胸の位置で組み、祈るような恰好をしていた。
「鳳蝶丸殿は剣でオリハルコンバイパーを切り、ミスティル殿は弓矢でスケルトンの多頭竜を砕いていました。私は、お二人が伝説の武器の所有者では?と考えております」
「なるほど」
ミスティル殿と鳳蝶丸殿が視線を合わせ、軽く肩をすくめる。
「わたし達の正体は先程主が述べた通りです」
「お嬢は言ったろう?[二人は伝説の武器]だと」
「え?」
「は?」
はあぁーーー?!
思わず大声で叫んじまった。
何だ?何を言っている?自身が伝説の武器だと言うのか?
この場にいた全員が驚きで声を上げていた。
「………あ…あー!思い出しました!」
モッカ団長が立ち上がり、大きな声で話し始める。
「我がエルフ族の王家のみ閲覧できる文献があり、そこには伝説の武器6つの名が記されています。その中に短剣・鳳蝶丸、大弓・ミスティルとあったはずです!」
皆驚愕のまま二人を見つめる。
「で、でも、短剣でも大弓でも無いだろう?ここに立っているのはどう見ても人では?」
ライアン団長がモッカ団長に言った。
「そうですが………」
皆でじっと従者2人を見る。
「人型については、神が俺達をそうお造りになったとしか言えんし理由はわからん」
「ただ、わたし達が伝説の武器と呼ばれるもの、としか言いようがありません」
よくわからん。
よくわからんが、ピピからは鳳蝶丸殿が剣らしきもの、ミスティル殿が弓らしきもので戦っていたと報告を受けている。それにゆき殿の従者と言うならば普通の人間では務まらんだろう。
つまり、本人達の言う通り伝説の武器である、と言う事で間違いは無さそうだ。
今ならばわかる。
初めて3人を見た時、まるで作り物のような、人ではないような印象を受けた。
それはそうだ。本当に人では無いのだから。
「ゆき殿がご降臨された時に伝説の武器である皆さまを賜った、と言う事何だろうか?」
オルフェス団長がふと呟いた。
それに鳳蝶丸殿が首を横に振る。
「言っておくが、俺達は神からお嬢に下賜されたわけじゃない」
「え?」
先程ピリカ殿が言った通り、伝説の武器はとても危険な場所に眠っていて、ゆき殿はその小さな体で試練を乗り越え伝説の武器を手にしたそうだ。
「お嬢は自分の力で俺達を見出してくれた。簡単に手に入れたのではないので勘違いしないように」
「は、はい」
こんな小さな幼児が危険な場所に行き、試練を乗り越えたとはにわかに信じがたいが……。
御使い様だからこそ成しえたのか。
「こえで、しちゅもん、終わいちて、良い?」
「はい。色々聞かせてもらってありがとうございました」
ピリカ殿が頭を下げ、俺達も続けて礼を述べた。
「じゃあ、あしょび、行く」
ゆき殿がもじもじ動くと、すかさず鳳蝶丸殿が手を差し伸べ椅子から降ろした。
そして二人に何かを言ってからヨチヨチとした足取りで歩きだす。
「あ!しょうだ」
主殿がフィガロ殿の所へ引き返した。
何だろう?という表情をしている彼の手にレインボーアコヤを一つ載せ、
「こえ、あげゆ」
と言って、他の連中の方へ走って…イヤ、よちよち歩いて行った。
「え?」
呆然とするフィガロ殿。
「アンタがショックを受けていたからあげるってさ」
「え?良いのでしょうか?」
「良いんじゃないか」
「………。わー!見てください、レインボーアコヤ!レインボーアコヤをいただきました!」
鳳蝶丸殿の言葉に歓喜するフィガロ殿。
「まあ、中味は食った方が良いと思うが」
「え?」
「時間停止のマジックバックか魔法で凍結し続けない限り、町まで運ぶのは難しいだろう?」
「あ…」
結局、中身は食べることにして貝殻と真珠を持ち帰ることにしたそうだ。
ちなみに、フィガロ殿はすでに貝を食べているため、二つ目は効果が強すぎて体に負担がかかる。
結局、レインボーアコヤというのは伏せて、本日活躍した斥候のレーネに食べさせたのだった。
まさか自分が食べた貝がレインボーアコヤだと思いもよらないだろう。
知らぬは本人ばかりなり、だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます