第38話 肉魚野菜肉野菜肉肉肉貝? -ミールナイトサイド-

 次にピリカ殿が手を挙げる。


「主様は聖女様、または賢者様ですか?」


 ピリカ殿は主殿がダンジョンコアの細工を秘術と言ったからか、あの光はやはり浄化だと確信しているようだ。


「ちあうよ」


 首を横に振る。

 そして、隠しているわけではないが大勢に知られたくない。場が落ち着いたら今いるそれぞれの国の代表とピリカ殿だけに伝えると言う返事をもらった。



 次にライアン団長が手を挙げる。


「貴殿らの身の上は後程として、念のためこれだけは先に伺いたい。貴殿らは我らの味方と考えてよろしいか?」

「うん?そうだな…。今は友好的に考えている、と言っておくか」

「友好的、か。味方とは答えんのだな」

「そうですね。我々はどんな人種や国の[都合]にも合わせる事はありません。主が貴方達と交流してみたいと希望していたので話をしているだけです」


 美人は冷たい表情で答えた。

 いや、冷たいというより無機質と言った方が良いか。何となく人と話している気がしねえ。



 すると、オルフェス団長が手を挙げる。


「ああ、と…、ミシュチユ殿で合っていますか?」

「ミスティルです」

「失礼した。ではミスティル殿。何故スケルトンのドラゴンと戦ってくれたのですか?」

「主の願いだったからです」


 結果的に主殿の正体がわからなければ話が先に進まないと言う事になる。場に沈黙が流れる。すると、空気を換えるためかモッカ殿が手を挙げて発言した。


「お二方は空中を自在に移動していたそうですね?私が知る限り空を飛べるのは有翼族のみです。そのような魔術があるのですか?」


 ピリカ殿がハッとした顔をする。


「ええ、そうです!そうでした!空中移動は私達の憧れ。もしそのような魔術があるのであればぜひお伺いしたいのですが」


 鳳蝶丸殿とミスティル殿が顔を見合わせた。


「俺達を見ていたのはアンタだったのか」

「え、あ、はい。覗いていてすみません。厄災級のアンテッド系ドラゴンだったので動向を…」

「ああ、別にかまわん。空中移動の話だったな。残念だがあれはスキルなので教えられることは無い」

「ス、スキル…。魔術ではないのですね?」

「ああ」


 ピリカ殿がガックリと肩を落とした。


「あ、あの、では、そう!伝説の武器!お二人は伝説の武器をお持ちではないでしょうか?」

「何故そう思うんだ?」

「貴方がオリハルコンバイパーを一人で難なく倒したからです。文献にオリハルコンバイパーの鱗は普通の武器では傷すらつけられないと書かれています。でも貴方は、まるで果物でも切っているかのように簡単に討伐していました。だから私は…」


 ピリカ殿が更に質問を続けようとしたが、主殿が「お肉…」と言って中断させた。

 少し飽きたのかミスティル殿にも食べ物をねだっている。じっと座っていられないのが赤ん坊だから仕方がないか。

 鳳蝶丸殿が俺達に背を向けて肉をコンロの網にのせた。


「すまないが話が終わっていない。肉は後にしていただけないだろうか」


 オルフェス団長の言葉に鳳蝶丸殿がスッと無表情になる。


「主はバーベキューを楽しみにしていたと先程も言ったはずだ。アンタ達にお嬢の楽しみを止める権利はない。そもそも俺達がアンタ達の質問に答えてやる事は義務ではない。お嬢が受け入れたから対応しているだけだ」


 ミスティル殿は最初からこちらに興味が無いようだし、鳳蝶丸殿もやはり主殿以外に気を配るつもりは無いのだろう。

 ここで三人を怒らせて話を中断したくない。


「未知の出来事ばかりだったため話に夢中になってしまった。申し訳ない」

「すまない」


 俺とオルフェスが主殿に向かって謝罪をするとニコリと笑顔を浮かべ、鳳蝶丸殿、次にミスティル殿の耳にコショコショと耳打ちする。

 コクリと頷いた二人は俺達の前に焼きたての美味そうな肉や野菜、海の幸が山盛りにのった皿をドカッと置いた。


「とにかく落ち着け。そして飲んで食って楽しめ、との事だ」

「不本意ですが主の望みなので」


 ミスティル殿は両手に酒を持ってきて俺達のテーブルにどんどん置いていく。


「主殿とお二人の寛大なるご配慮、感謝します」


 俺はもう一度頭を下げた。



 酔うわけにはいかんと思って酒にも食事も手を付けなかったが、ここは楽しみながら打ち解けた方が良いかもしれない。

 そう思ったのか、フィガロ殿以外の仲間も食事前の祈りの後にそれぞれが料理に手をつけ始める。

 いや、フィガロ殿はとっくに色々飲み食いしてたからな。


「この白ワインというのは美味しいですね。この魚料理にとても合います」


 モッカ団長がテントに吊るされたランタンにワイングラスをかざした。


「美しいです」


 うっとりと黄金色のワインを見つめている。


「この魚料理、とても美味しいですね。何ていう料理ですか?」

「こえは、アクア、パッタ」

「パッタ?」

「アクアパッツァ、と言うらしい」


 鳳蝶丸殿が魚をスープで煮たものだという。


「この新鮮な魚介類をどちらで手に入れたんですか?」


 フィガロ殿の問いには、「秘密だ」と言って受け流した。



 更に主殿がテーブルの上に無造作に二枚貝を置く。鳳蝶丸殿はそれを躊躇なく網の上に載せていく。

って、そ、それは、それはぁ!



「あああああああぁぁぁぁ!」


 フィガロ殿が真っ蒼な顔で絶叫した!

 声こそ出さなかったがこの俺も驚愕だ!


「◎×△■@※!」


 コンロの網に突進するフィガロ殿をライアン団長が羽交い絞めで止めた。

 いや、気持ちはわかる、気持ちはわかるぞ!フィガロ殿!


 ありゃ、レインボーアコヤじゃねえか!


 極まれにしか手に入らない幻の二枚貝!神級ポーションの素材!真珠は幸運上昇!あの、レインボーアコヤ!複数持っているだけでも驚愕なのに、コンロに載せるとは、焼いてしまおうとは!



 嘘だろ!嘘だと言ってくれ!



「わ、わ、わ、わたくしの見間違い、ですよね?まさか、そんな、焼くなんて、そ、そ、そ、それは、レインボー、アコヤ…では、ありませんよ…ね?」


 ピリカ殿の声が震えている。

 フィガロ殿にビックリしていた主殿が、ピリカ殿の問いに小首を傾げる。


「しょうよ、エインボアコヤ」

「………」

「おいちいよ。ちょーう、じぇっぴんよ」


 そう言っている間にレインボーアコヤがパカッと開く。主殿はミスティルに抱き上げてもらい、貝に黒い液体を垂らした。



 じゅわぁぁぁ



 食欲のそそる何とも良い匂いが漂い、テントの中は良い匂いだと唾をのむ面々と、膝をついて泣いているフィガロ殿、驚愕のまま固まるピリカ殿と言うカオスな状態と化していた。



「おいち~い」


 鳳蝶丸殿は貝柱を器用に取って主殿の皿に置いていた。

 ふーふーと冷まして貝柱を頬張る主殿の姿はとても愛らしい。


 だが、だが…。食っているのはレインボーアコヤ。あのレインボーアコヤ!



「どうじょ」

「おう、遠慮なく」


 ライアン団長が大きな口で齧り付く。咀嚼しながニコリと笑顔を浮かべ、


「美味い!ん?何かしらんが疲れがいっぺんに吹き飛んだみたいにスッキリしているな」

「おいちい、元気いなる」

「そうだな。美味いもん食うと元気になるな」


 主殿の言葉にうんうんと頷くライアン団長。

 続いてモッカ団長、オルフェス団長も口にした。


「ああ、こんな美味なる貝を口に出来るなんてこの調査に加わって本当に良かった。白ワインとの相性が最高です」

「本当に、体力が全回復したというか…」

「ん?コレ何だ?」


 ライアン団長が口から出したものは濁った白い玉。親指と人差し指でグリグリとしながら見ている小さな玉を指さして、フィガロ殿がシクシクと泣いていた。


「それ、焼けちゃった真珠ですよう。レインボーアコヤの、しかも最高級品の、真珠ですよう」

「なあ、さっきから何で悶絶しているんだ?」


 ライアン団長が不思議そうに二口目を頬張る。

 そうか。騎士はポーションの知識はあっても、その素材までは詳細に把握していない。素材に関しては冒険者や商人の方が上だろう。

 俺はため息をつきながら食べている三人に説明した。


「今食べているレインボーアコヤは年に数個見つかるか見つからないかの大変な貴重品なんだ。それに神級ポーションの素材となる」

「は?」

「真珠はアクセサリーなどになるが、一粒持つだけで大きな幸運に恵まれると言われる代物だ」

「………」



 カシャン…。



 フォークがテーブルに落ちる。そして、三人はカッチリと固まった。


 そりゃそうだ。

 レインボーアコヤ1個で最低でも200万エンの価格となる。

 滅多に市場に出ない、さらにフィガロ殿の言う最高級品ならば価値はそれ以上となるだろう。


「ね、食べゆ、いなない?おいちいよ?」


 あどけない表情で恐ろしい発言をする主殿。


「いらんなら、俺が全部食べるから問題ない」

「じゃあ、鳳蝶まゆ、食べ……」

「いただきます!ええ、いただきますともっ!こんなチャンス一生ありませんよ!」


 主殿の言葉を遮り、焼きレインボーアコヤに齧り付くフィガロ殿。


「お、お、お、美味しいでしゅう…」


 ダバダバと涙を流しながらしっかり咀嚼をしつつ、貝殻に残った汁までしっかり飲み干す。


「わたくしもっ!!」

「そ、それじゃ、俺も…」


 ピリカ殿と俺も、勇気を出して口にする。


 貝柱部分は柔らかく噛みしめるたびにホロホロと崩れてゆく。ひも部分はしっかりとした歯ごたえで、どちらも濃く旨味のある磯の香が口いっぱいに広がった。

 何度も咀嚼すると、どこかに甘みも感じて、こんな美味い貝を食うのは初めてかもしれないと思った。


「ああ、美味しい」

「主殿の垂らした液体がまた香ばしいアクセントとなって、俺の舌を喜ばせているぜ」

「良かったねえ」


 うんうん、と頷く主殿。


「これは…。美味しい以外にも体力回復の効果もあるようですね」

「やはりそうか」


 食べたことが無いからそんな効果があるとは気づかなかったが、さすが神級ポーションの材料だ。ひとつ勉強になった。

 と、いうか、コレを口にしたのは後にも先にも俺達くらいなモノだろうが。



「どうしてですか?何故ですか?こんな貴重なものを複数個お持ちなのですか?」


 フィガロ殿が涙を拭い、焼けて変色してしまった貝殻を見つめていた。


「貴女は何者ですか?」


 真剣に主殿を見返すフィガロ殿。

 テント内にキンと張りつめた緊張が走った瞬間だった。

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