第36話 不可思議に接近 -ミールナイトサイド-

 とりあえず、野営の場所は確保した。

 ここはセーフティエリアだと言うが、スタンピードの時は魔獣が出没したらしいので警戒は怠れない。

 それなのにこんな良い匂いを漂わせて本当に大丈夫なのか?



 俺とクラスSの連中は例の人物達の近くにテントを張り白髪はくはつ少年の動向を伺う。

 彼は何かを焼きながら時々齧り付き、そしてエールらしきものを本当に旨そうに飲んでやがる。


 クソッ俺も飲みてえ!


 先程いたもう一人の影はなく今は少年一人。俺の視線に気がついたのかニッと笑ってグラスを掲げた。


「アンタ達も飲むか?」

「是非、と言いたいところだが」

「うん?」

「先程も言ったように、俺達は死の森の調査に来た。今のところ魔獣に全く出くわしてないがいつ湧くかわからねえ。スタンピードではセーフティエリアにも魔獣が湧いたと聞いている。だから、呑気に飲み食いってのはどうかと思ってな」

「ああ、その事か。今ここは活動休止中だから問題ないぜ」

「…どうしてそれがわかる」

「俺の主が暴走しないようダンジョンコアに細工したからだ。今この森は色々調整中だな」


 は?

 暴走しないようにしただと!どうやって?

 いや、ダンジョンコアを弄るってどういうことだ?


 俺が混乱していると、クックッと笑う少年。


「活動はたぶん三日後くらいから徐々に始まると思うぜ」


 そして残っていたエールを飲み干した。


「詳しい話が聞きたい。そっちに行って良いか?」

「食いながらで良ければ」

「無論。仲間の何人か一緒でも良いか?」

「問題ない」


 調査隊で話し合い、俺、オルフェス団長、ライアン団長、オルガ、フィガロ、そしてどうしても行きたいと言うピリカ殿で行くことになった。


 念のため肉弾戦も大丈夫な戦闘要員と彼らの持ち物に危険はないか商品鑑定の為の人選だ。


 テントの近くまで行こうとすると、ピリカ殿が手で制した。


「こんばんは、初めまして。わたくしはロストロニアン王国、魔導師のピリカと申します。どうぞお見知りおきを」

「鳳蝶丸だ」

「あの、ここに結界があるのでわたくし達は入れないと思います」


 ピリカ殿は結界があるから止めたのか。


「ああ。アンタ達がこちらに敵意、悪意がなけりゃ通れるから安心してくれ」

「反対に敵意、悪意があれば入れないって事か」

「そうだな」


 そんな結界があるか?

 結界師の術や魔道具での結界をたくさん見たが、そんな細かい指定があるなんて、見た事も聞いた事もねえ。


 そんなの聞いたことないわ、とピリカ殿も小さく呟き一歩踏み出した。

 問題なく結界内に入ったピリカ殿が振り返って頷く。俺達も続いたが誰も弾かれず結界内に入ることが出来た。



 彼に近付いてマジマジと眺める。いや、こんな不躾な事は普段しないが、視線が吸い寄せられるのだ。

 髪は白く、肌も白い。

 身体は細く、そして人間か?と疑うほど美しい。

 一見儚げだが、右と左で違う珍しい色の瞳は力強く、声色は見た目に反して低く大人っぽかった。


「ここにも結界が?」


 ピリカ殿がテントの前で立ち止まる。


「食事もする場所だから、埃や砂なんかが入らないようにしているらしい。あと、入ると同時にクリーンがかかる」

「ま、まあ!便利なのですね?」


 またしても細かい指定ありか。しかもクリーン付きなんてこれも聞いたことがねえ。


 雨除けテントに入ると、確かにクリーン魔法がかけられたらしく汗だく泥だらけだった髪や体がさっぱりする。服や鎧まで洗いたて、手入れしたの様で驚いた。


「普通のクリーンじゃねえな」

「ああ。初級ではなさそうだ」


 俺のつぶやきにオルフェス団長が小声で返答する。

 それぞれ自分の髪や衣服に触れながら驚きを隠せないようだった。


「うん?椅子が足りないな。ちょっと待っててくれ」


 雨避けテントには四人掛けのテーブル二つと椅子八つ。その内一つは座面が小さく足の長い椅子。

 その他に網焼きコンロや見たこともない器具などが置いてある。

 鳳蝶丸と名乗った少年がテーブルや椅子を移動させ俺達が入る空間をつくり始めたので、慌ててそれに加わった。


「俺達がこの辺りに空間を作っておくよ」

「お、そうか。んじゃ追加を持ってくる」


 そう言って雨避けテントの向こうにある、恐らく寝泊まりしているであろうテントの入り口らしき所からテーブルをもう一つと椅子二つを抱えて来た。


 鳳蝶丸殿に続いて男か女かわからねえが、美人が出てくる。


 スラリと細く、肌は色白。

 ストロベリーブロンドの髪は艶りと輝きサラサラと長い。

 柔らかい印象の顔。目尻は少し垂れていて、宝石の様な紅い瞳が美しい。

 目元の小さなホクロがまた色っぽさを倍増させていた。


 美人は片腕に赤ン坊を抱き、空いた手で椅子を抱えている。


「すまん、運ぼう」


 俺が慌てて椅子を受け取ろうとすると、横からオルガがかっさらった。


「俺達の為にすまない。重いだろう?」


 オルガの顔はもうデレデレだ。分かりやすいヤツめ。

 当の美人は澄ました顔で椅子を渡すと赤ン坊を抱え直す。


 まさか、鳳蝶丸殿と美人は夫婦か?彼はまだ子供に見えるんだが…。


 いや、この美人が主殿かもしれんしな。


 テーブルと椅子を設置して俺達が席に座ると、鳳蝶丸殿が座面の小さな椅子を議長席の位置に置き、美人が赤ン坊を座らせる。

 そして二人は後ろに控えるように立った。


 改めて赤ン坊を見る。

 年齢は1歳いっているかわからねえがとにかく小さい。

 二人の美しさとはまた違う、恐ろしく美麗な赤ン坊だった。

 肌の色は白く、ふくふくとした頬はピンク色で血色が良い。

 大きな瞳、長い睫毛、小さな鼻、小さな唇。

 そして何と言っても艶のある真っ黒い髪と瞳が印象的だ。

 仕事柄沢山の人種や種族を見てきたが、黒髪も黒い瞳も初めてだった。


 とても美しいが、どこか作られたような、生きている人では無いような、そんな印象を受ける三人だった。



「初めまちて、ゆち、申ちまちゅ」


 赤ン坊が話し出す。

 舌足らずではあるがハッキリ、しっかりと挨拶をしたから驚いた。


「二人、わたちの従ちゃ、アゲハまゆ、ミシュチユ」


 従ちゃ?………?従者か!

 と、言うことは主殿とはこの赤ン坊?


 皆驚いている気配があった。

 こんなに小さな赤ん坊が主で、ダンジョンコアの暴走を止めたなど簡単に信じられねえ。


「我らはミールナイトと言う町から派遣された調査隊です。スタンピードが突然終息し魔獣が姿を消したため森の異変を調べに来ました。私は冒険者ギルド長ビョーク。こちらはライアン殿、ピリカ殿、オルフェス殿、フィガロ殿、オルガです」


 皆一人一人頭を下げて挨拶した。


「幾つかお聞きしたいが宜しいか?」

「うん、いいよぉ」


 赤ン坊……いや、主殿はニコニコ笑っていた。


「SSSやスケルトンの多頭竜を攻撃していたのは貴女の従者で、スタンピードを終息させたあの光は貴女が放ったのですか?」

「うん、しょうよ」


 ピピもピリカ殿も目撃しているのだから間違いない。

 俺が立ち上がると、五人も同じように立ち上がった。


「この度は大災害の終息、また多くの命を救って下さった主殿とお二人に心より感謝申し上げる」


 皆頭を深々と下げた。すると、主殿が首を振り、


「わたち、頼まえたのよ。だかや、気にちないで」


 ん?

 主殿に命じたさらに上がいるのか?


「それでも終息させたのは貴女達だ。感謝の気持ちは変わらない。私はあの時負傷し魔獣に命を取られる寸前でした。今こうして物を持てるのは貴女のお陰だ」

「それに、あれほどの大災害にもかかわらず死者も出なかった」

「あのままだと俺達獣人の国まで被害が拡大していたはず。我が国からも感謝を」

「わたくしの国も多大な被害が出ていたことでしょう。怪我人も治していただき感謝いたします」


 俺、オルフェス殿、ライアン殿、ピリカ殿が次々に感謝の言葉をかけた。


 すると、主殿が「どういたちまちて!」と無邪気に笑う。

 その笑顔が本当に愛らしく、思わず抱き上げて頭を撫でまくりたくなるのをグッと堪える。


「可愛い~」

「ああ」

「同感」


 皆も堪えている模様。


「でも、何で、怪我、治った?」

「あの光は浄化とエリアヒールなのではありませんか?」


 ピリカ殿が素早く質問した。


「ちあうよ」

「えっ!」

「わたち、治癒、ちなかった」

「力を放つ時、何か別の事を考えたんじゃないか?」


 鳳蝶丸殿の言葉にんー?と小首を傾げる。


「あ!」

「やはりエリアヒールを!」

「ううん。だえも、怪我ちない、いいなって」

「それだな。お嬢は無意識に治癒魔法を少しだけ付与したんだろう」

「しょっかー」

「何かする時、別の事を考えないようにしないとな」

「でも、怪我治った、良ち」


 フンスフンスとドヤ顔の主殿。

 最初人工的に作られた顔みたいだと思ったが、こうして話している姿を見るとただただ可愛い幼児だ。



 内容はとんでもねえが。



「治癒魔法を付与?いえ、考えただけで魔術が発動される何て聞いた事もありません!詠唱はしてないんですか?」

「詠ちょう?」

「聖なる力よ、我が力となりてこの者を治癒せよ、ヒール」


 ピリカ殿が自分自身にヒールをかけてみせた。

 主殿はキラキラした瞳でそれを見ている。


「わあ!魔法!」


 いや、主殿も使えるんだろう?


「でも、詠ちょうはちないかな?」

「詠唱しないのですか?」

「うん。ちない」


 ちょっと困った顔で首を振る。


「浄化は?」

「うーん……」


 チラリと雨除けテントの外に視線を動かし、首を横に振る。


「もうちょと、あと」


 そしてテーブルをパンパンと叩き出した。

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