第35話 不可思議との遭遇 -ミールナイトサイド-

 約30分後出発。

 魔獣が出現することなく歩を進める。

 何度かの休憩、昼食、第9部隊がへばって休憩、などを挟み、とうとうランクSの冒険者がこの森で最も深く到達した14層にたどり着いた。


 ここから先は未知である。


「この先に沼があったから少し迂回が必要みたい。目視できる範囲に大木が倒れてたからそこ渡れるかも」

「確認してくれるか?」

「了解。このまままっすぐ行ったら沼に当たるから、右の方見て。大木渡ってから合図するよ」


 そういうと、レーネが引き返して行った。



「このような場所を歩けと言うのか!」


 また始まった。サッサと歩きやがれと穏やかに告げようとしたら、その前にライアン団長が前に出た。


「他国の人間が余計なことを言うまいと今まで黙っていたが我慢ならねえ。さっき調査隊隊長殿も言っていたが、ここでは皆平等だ。アンタら何のためにここにいるんだ」

「な!」

「黙れ!獣人ごときが!」

「おい、アンタらいい加減にしろ」


 獣人差別の発言にさすがの俺もキレた。確かに世界には獣人を差別する国もあるが、ラ・フェリローラル王国はそれは良しとしていない。不当な言いがかりをつけると罰せられることもある。

 ただ、やはり貴族の一部には、人族が至高の存在で獣人やドワーフなどは低劣な種族と蔑むバカが根強くいるのだ。


 俺はどんな種族だってそれぞれ素晴らしい能力があると思っている。

 低劣なのは他人を蔑む者や悪人で、それはどの種族にも、人族にだって存在するのだ。


 それに、ライアン団長はスタンピードの応援に来た隣国の獣人、さらに言えば今王都には近衛兵団をミールナイトに向かわせた第5王子キーリク殿下が滞在されている。

 先程の発言は国際問題にもなるだろう。


「国を守る騎士団、つまりこの調査隊の中じゃ国の代表となるアンタらが、友好国の近衛兵団団長を差別して良いわけないだろう。ラ・フェリローラル王国では種族差別を良しとしていないのを知らないのか?このことはキッチリ国に報告するからな」

「!」


 ムットーが言葉を詰まらせる。


「ライアン団長、マッカダン殿、不快な思いをさせ本当に申し訳ない」

「いや、貴殿が頭を下げることではない。しかし調査が終わったのち国に報告、正式に抗議を表明するつもりだ」


 第9部隊の二人に冷ややかな視線を送るライアン団長。

 ムットーもマクレーンも顔を青くしている。ザマーミロ。いや、国の恥だから言葉に出来ないが。


「では、私も調査中の言動や差別発言が不快に感じたことを抗議しましょう」


 モッカ団長がにこやかに発言する。


「貴族貴族と言いますが、貴方達は家督を継ぐ立場ではないでしょう?それとも授爵されたのですか?貴方達の言い方をするならば私は伯爵家の出です。この私に散々不快な気分にさせている子爵と準男爵は許されるのですか?」


 と、フィガロギルド長。エルフの貴族と聞いていたが伯爵家の出だったのか。


「クラスSの冒険者は伯爵位と同等の権利を持つんだけど、帰ったら愛人になれと言う子爵って許されるのか?」


 調査隊には個人のクラスSが数名いてローザリアもその一人。まさかそんな事言われてたのか。


「………」


 もはや言葉もない。二人は真っ青になって震えていた。


「ここまで来ちまった以上置いていけないが、今後皆に手間かけるなよ。どうでもいいから黙って従え。アンタらの主張に合わせるなら一応俺も侯爵家の出なんで。そこんトコ良く考えてくれ」


 コクコクと頷く二人。

 大人げないと思ったがまあいいか。これで大人しくなるだろう。




 やれやれ、これで先に進めるか。

 俺が倒れた大木に登ると、フローが近づいてきて手が必要か?と聞いてきた。俺が義足だからだろう。

 幅もあるから大丈夫だと言えば、オルガが後ろについてくれる。落ちそうになったら引っ張ってやるよ、と快活に笑った。



 地形に足を止めることはあるが魔獣に遭遇することもなく、約14時間ほどで深層部近く、恐らく17層辺りに到達した。


「ん?ちょっと待ってくれ」


 サバンタリアの近衛兵マッカダン殿が皆を止めた。

 マッカダン殿は犬族の青年だ。何か感じるらしくヒクヒクと匂いを嗅いでいる。


「どうした?」

「何か…匂う。すごくいい匂い」


 するとそこへ、先を歩いていたレーネが戻ってくる。


「肉、肉ですよ!しかも嗅いだことの無い、物っ凄い良い匂い!」

「やっぱそうだよな!肉の焼ける匂いだよ、これ。すっげー!いい匂い!」


 はあ?肉?魔獣が出るかもしれねえ死の森の深層部で肉の焼ける匂い?

 考えられるとしたらピリカ殿とピピが言っていた少年達だが、いくら何でも無防備過ぎないか?

 もし魔獣が湧いた時襲われるぞ?!


 とにかく近づこうと少し歩くと今度はライアン団長が鼻をヒクヒクさせる。


「おお、これか。これはたまらん匂いだな」


 ゴクンと喉を鳴らす。


「もう少し歩けば皆にもわかると思うよ」


 尻尾を振って足早に歩くマッカダン殿とスンスン匂いを嗅ぎながら突き進むライアン団長。

 レーネは少し前を歩き、こっちこっちと我々を誘導して歩いた。



 やがて俺達にもその香りが届く。


「マジか」


 本当に肉の焼ける匂いがする。


「魔獣が湧いてないか周囲を警戒しろ」

「探知の魔法を発動したけど、この辺りに魔獣はいません」


 【青き焔】のミシャが答えた。

 ミシャは人族とエルフ族のハーフエルフで、普通の人間より魔力量が多いクラスAの魔術師だ。


「大丈夫。何もいないわ」


 ピリカ殿も探知の魔法で探ったらしい。


 少し先を行くレーネが立ち止まり低い姿勢をとった。そして俺達に立ち止まるよう手で制す。

 俺はゆっくりとレーネの側に近づき姿勢を低くする、オルフェス団長とライアン団長、モッカ団長が後に続いた。



 そこは森の中にポッカリと開けた場所だった。

 その真ん中辺りに雨除けのようなテントと、良く見えないがその向こうに寝泊まりするのであろうテントが張ってある。


 日は暮れてきたが、まだ明るいので中にいる者達が見えた。

 恐らくあの二人はピピが言っていた多頭竜と戦っていた二人だろう。コンロのようなものに何かを乗せるようなしぐさをしている。


「何とかしてコンタクトを取るか」

「そうですね」

「もう少し様子を見ては?」

「いや、ここにいても埒が明かないぜ」


 俺、モッカ団長、オルフェス団長、ライアン団長が小声で相談していると、


「よお、あんた達!いつまで隠れている気だ!」


 男の低い声が聞こえた。


「あっちはこちらに気が付いているな。俺が行く。待機してくれ」


 皆が頷いたことを確認し、両手をあげながら森から出て開けた場所に足を進める。


「ミールナイトからこの森を調査に来た者だ!俺は冒険者ギルドのギルド長ビョーク!敵意はない!野営がしたいんだがこの辺りにテント設置しても良いか?」

「ここはセーフティエリアだ。誰のものでもない!自由にしてくれ!」


 相手に敵意を感じないし、いつまでも森にいるわけにはいかない。

 俺は皆にセーフティエリアへ入るよう指示を出す。


 死の森深層部にそびえ立つ山がすぐ近くに見える。俺達はとうとう誰も到達しなかった場所に足を踏み入れたのだ。

 到達できたのは魔獣が一匹も出なかったからなのだが、この状態がいつまで続くのかわからねえ。

 今夜は交代で寝ずの番をして魔獣の姿を確認したと同時に引き返す方が良いだろう。


 俺たちが滞在している間は何も起こらないことを祈るばかりだ。

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