第31話 危機・スタンピード 1 -ミールナイトサイド-
「自分のクラス以上の魔獣を相手にすんじゃねぇぞ!クラスB以上は体力温存!」
俺はダンジョン都市ミールナイト、冒険者ギルドのギルド長ビョーク。ここを束ねて十数年。まさか俺の代でスタンピードに当たるとは、ついてねえ。
そうは言っても放っておくわけにもいかねえしな。
冒険者ギルドは各国にあるが、どの国にも所属せず独立した組織だ。
各国の条約により国王であっても冒険者ギルドを私事で動かせない、と言うことになっている。
冒険者は基本自由の身。
だが、いくつかの制約もある。その1つが今の状態、緊急時に怪我や病気の奴以外強制参戦。
とはいえ若ェモンの命を無駄に散らすわけにはいかねえ。何とか生き残りを計らねば。
俺は今、ダンジョンと町の間にある第1門の上にいて指示を飛ばしていた。
この町はダンジョンと隣り合わせのため三重の強固な防壁に守られている。第1門が外側で、第2門、第3門と続いている。それぞれの門の上は森を監視出来るようになっているのだ。
「ギルマス、C級の魔獣が確認されました」
秘書のリインが聞きたくねえ報告を持ってきた。
こいつは女だがクラスBの実力を持つ。いざとなったら最前線にも出る。その腹積もりはあるだろう。
勿論俺も、そう遠くない未来前線で戦うことになる。
想定より早くC級の魔獣が出始めやがった。
「チッ早ぇな。Eの奴らを下げて裏方に回せ。クラスB投入だ!」
現場に指示を飛ばす。
案外早い段階でSまで行くか?背中から冷たい汗が流れ落ちた。
「ギルマス、アルシャイン辺境伯領騎士団が到着しました」
今度は受付のピピから声がかかる。
このダンジョン都市ミールナイトはアルシャイン辺境伯が納めるアルシャイン領にある。
今到着したのはアルシャイン辺境伯の私兵でもある領立騎士団団長オルフェス。若いが統率力の高い、剣技も優れている奴だ。
「遅れてすまない。情況は?」
「あまり良くないですね。短時間でCが出始めました」
「何………!思っていたより入れ替わりが早いな」
「はい………」
この先は絶望しかねえ。だがお互いそれを口にしなかった。
「移動できる一般人はエンタルに向かわせた。動けない者は避難所に集め騎士団が護衛についている。ここには三部隊配備した」
「ありがたい。Bが出始めたら参戦してもらえますか?」
「承知した」
騎士は基本騎馬で戦うのだが、木の根や藪の多い死の森でそれは出来ない。今回地上での参戦となるだろう。
第1門の上から冒険者や衛兵、傭兵、自警団などの連中が戦っているのを確認していた時、冒険者クラスSのパーティー【紅蓮の牙】と【青き焔】が戻って来た。
「ギルマス」
「帰ってきたか。どうだったよ」
スタンピードを疑われた時点で人の出入りを禁じ、2つのパーティーには死の森調査に向かってもらっていたのだ。
「通常より魔獣が多く、1層目でも中級を見かけたし、4層辺りに上級も出現していた」
【青き焔】のリーダー、フローが難しい顔をして言った。
「俺達でも7層までしか行けなかった。中は悲惨な状態だぜ」
こう話すのは【紅蓮の牙】リーダーのオルガだ。
死の森は約18層まである。何故「約」なのかと言うと、途中から複数のS級が出現する程難しいエリアとなり、近づく事が出来ずに詳細がわからないからだ。
ランクSの冒険者で最も深くまで行けたのは14層までだった。
今回調査に向かっていたフローとオルガの話によると死の森は混乱を極めていた。
魔獣同志でも攻撃し合い、消えては生まれを繰返している。
セーフティエリアにも出没し、ダンジョンの法則は完全に狂っていると言う。
「あと何かは確認出来なかったが、かなり高ランク魔獣の気配がした」
「あれは…ヤバイ気配だったな。たぶん災厄クラスだと思うぜ」
シンと静まる。
そんなヤツが溢れて来たら、この大陸は終わりだ。
「ま、まあ、目視出来ていないから。俺達の思い過ごしかもしれん」
「そうだと良いがな」
その場にいるものは皆、ひきつった表情をしていた。
「とにかく、お疲れさん。少し休んでくれ」
「ああ。俺達は待機している。高ランクが出たら参戦するぜ」
「頼む」
この場を去っていく2組のパーティを見ながら、オルフェスと俺は言葉もなかった。
俺達も皆も諦めているわけではない。ただ、現実的には厳しい未来なのだと悟っているのだ。
そこへリインが吉報を運んで来た。
「伝令2つ。1つ、ロストロニアン王国が参戦を表明し、まもなく王国騎士団が到着するとの事。1つ、サバンタリア王国が参戦を表明し、すでにラ・フェリローラル王国騎士団と共にこちらへ向かっています」
アルシャイン領はラ・フェリローラル王国の端にあり、2つの国と隣接している。その国境を守り、死の森を管理しているのがアルシャイン辺境伯爵だ。
エルフが統治するロストロニアン王国はダンジョン都市ミールナイトに最も近い隣国。死の森のスタンピードは流石に見過ごせなかったのだろう。
サバンタリア王国は獣人が統治する国。獣人を差別する国が多い中、ラ・フェリローラル王国ではそれが比較的少なく問題が殆ど無いため、サバンタリア王国と友好関係にある。
どちらも地続きの隣国でもあるためSやSS級の魔獣が溢れる前に押さえようと援軍を出したのだろう。
ただし、ラ・フェリローラルの王都からミールナイトは騎馬でも8日ほどかかる。
数日前に出立しているらしいが、S級の魔獣が発生するまで間に合うかどうか。
今回のスタンピードはスライムのセーフティエリア出現から始まった。
すぐにアルシャイン辺境伯から<文書通信>で国に報告、兵士の派遣要請をした。国は事の重大さを予見し騎士団の派遣をしてくれたらしい。
だが、もしかしたら間に合わないかもしれん。
思ったよりもスタンピードの進みが早いからだ。いや、今までスタンピードが起こらなかった方が幸運なのか?
出来れば時折小規模でガス抜きして欲しかったがな。
「お初にお目にかかります。私はロストロニアン王国騎士団団長、モッカと申します」
「御協力いただき感謝いたします。私はアルシャイン辺境伯領騎士団団長オルフェスと申します」
「ミールナイト冒険者ギルドのギルド長、ビョークです」
お互い握手をした後、オルフェス団長が手短に状況の説明を始めた。その時、
「ん?」
「あ!」
モッカ団長の後ろに控えていた女性エルフと、ピピが同時に声をあげる。
「どうした!」
俺達の間に緊張が走った。
「ハッキリ見えないのですが、森で誰か戦っています」
「あそこってまだ未到達の深層ですよね?」
「はい、恐らく」
…………………………。
「は?」
俺達の声が思わず裏返った。
何だって!?未到達の深層だと!
そんなわけあるか!いや、ピピが言うから間違いないのか?
ピピは千里眼という珍しいスキルを持っている。
千里眼は遠くのものを近くで見ているかのように目視できるのだ。
恐らく、隣にいる女性エルフもそれに近いスキルを持っているんだろう。
「ちょっと待って。おお!超美少年ですよ、ギルマス!超美少年が今、複数のSS級と戦ってます!」
「SSS級出現」
何なんだ。何が起こっている。
「そいつは一人か?」
「はい。美少年が一人で戦っています。あ、SS全部倒した!今SSSと戦っています」
「本当にSSSか?俺でも実際に見たことねえぞ」
古い書物や文献に残ってはいるが、数百年前まで遡ってもこの大陸でSSS級の魔獣が出たとは聞いたことがない。
もしそれが森から溢れたら…………。
俺は言葉を失った。
「本当ですよぉ。私、勉強して図鑑に載っている魔獣は全部頭に入ってますもん。ほら、あの土煙が上がっている所。あそこにオリハルコンバイパーがいます」
「オリハルコンだと!」
「彼女が言っているのは本当です」
女性エルフが答えると、モッカ団長が補足する。
「大魔導師ピリカです。彼女は魔獣鑑定が出来るので間違いありません」
エルフは魔力が多く、また長命の為知識も豊富な種族である。
参戦したエルフ兵はこの第一門の上から魔法攻撃を行っているが、長時間使用しても枯渇することはない。魔力が豊富な証拠だ。
その中で大魔導師の称号を得ているということは、俺達にゃ想像もつかない量の魔力を持っているということだ。
恐らく特殊なスキルも持っているのだろう。
「あ!倒した!SSS倒しましたよ!」
「すごいわ!」
ピピとピリカがハイタッチした。
「どうなっている?」
「わからん」
「大魔導師ピリカ殿、倒した者の鑑定は出来ますか?」
オルフェス団長の質問にピリカは首を横に振った。
「私は体に魔石を保有している魔獣しか鑑定は出来ません」
「失礼を承知でお願いします。念のためにしていただけませんか?」
ピリカ殿がモッカ団長を見る。モッカ団長はゆっくり頷いた。
「わかりました」
ピリカはしばらく湖の方を見つめ、やはり首を横に振る。
「彼は魔獣では無いようです」
「そうですか。ありがとうございました」
オルフェス団長が一礼をした。
「それにしても、一人であっさりSSS級を倒す者など今まで聞いたことがありません」
長命のエルフでも聞いたことがないのか。
オルフェス団長も唸りながら難しい顔をする。
「うむ……どれだけ強いのか?」
「想像がつきません…」
すると、ピリカ殿がハッとした表情を浮かべた。
「伝説の武器を所有しているのでは?」
「有り得るかも知れません」
「伝説の武器とは?」
ピリカ殿の言葉にモッカ団長が頷く。オルフェス団長は知らない様だ。
俺も聞いたことがある。
その昔、冒険者の一人だった頃。俺のパーティーに所属していたエルフが言っていたのだ。
創造神ウルトラウス様が、この地のどこかに伝説の武器と呼ばれる六つの武器を降臨させたと。
それらはとてつもない力を持ち、魔鉄をも果物のように切ってしまうのだと。
オリハルコンバイパーの鱗はとても固く、普通の武器ではかすり傷ひとつ付けられないと文献に残っている。もしその少年の持つ武器が伝説の武器ならば、簡単に討伐してしまうことも有り得るかもしれん。
この目で見ない事にはどうにも信じられんがな。
俺はその言葉を飲み込んだ。
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