第16話 嫌な感じがしゅゆ

 何だろう、これ。



 テントや魔道具作りを始めて数日経った。

 その中、日を追う毎に嫌な感じが強まってくる。

 結界に、周囲の気配を通すよう設定すると、かなり濃く禍禍しい気配が漂っていた。


 これはたぶんキング?クイーンも…かな。

 そう、前回接近した時にうっすら嫌な感じがしたのだ。

 何で小さな私を食べようとしたのだろうか。この広い海で、もっと大きな獲物もいるだろうに、ピンポイントで私を狙うなんてあるかなって。


 そして今感じる殺気は私に向けられている。


「鳳蝶まゆ」

「ああ」

「どちて、わたち、ねやう?」

「通常、強い魔獣でも半神であるお嬢の力を察知して近づかないはずだ」

「しょうなんだ」

「考えられるとしたら、瘴気で穢れて凶暴化している時だな。お嬢の力を取り込もうとしているんだろう」

「といこむ……」


 私は邪神を思い出していた。

 もうあの時のように、弱っている神候補の人間じゃないんだけれど。半分人間だから狙われてしまうのか。



 空はどんより曇り、遠くに豪雨の境が見えている。あの雨もやがてこの辺りに到達するだろう。


 ゴゴゴゴゴと言う音と共に海がうねりだした。


「結界あゆ、だいじょぶ?」

「恐らくは…来るぞ!」


 海が禍々しく盛り上がり、大きな背鰭が見える。やはりキングの様だ。



 ザザー!



 ガガガッ!



 ゴォン!




 物凄い勢いで島に体当たりされた。


「わたちのちま!」


 グラリと島が大きく揺れて、体当たりされた部分が崩れ落ちる。

 この島はお気に入りなんだから止めて!


 キングが離れた隙に、島に二重結界を作る。


 結界3、

 範囲、この島、海底の根本まで。


 ゴーン!

 途端にキングの攻撃。

 立て続けにクイーンの攻撃。


 結界が間に合って良かった。


「俺がヤツらを切ってもいいが、あいつらは血液にも猛毒が含まれている。海に流れればこの辺りは壊滅する」

「キング、クイーン、結界、囲む、切ゆ?」

「そうするか」



 スッ



 突然インベントリが開く。

 浄化の窓だった。



 神力による聖なる力で穢れを払い、周辺までをも浄化する

 浄化対象は正常に戻る。

 ただし、魂まで穢れている時は全てが浄化される場合がある。



 ウル様からのメッセージかな。浄化すれば良いの?


「鳳蝶まゆ、ウルしゃま、じょーかちてって。やってみゆ」

「わかった」


 対象はキングとクイーン。

 黒く禍禍しいうねりを白い光で浄化し、消し去るイメージ。



 自分の周りがキラキラと輝き神力が高まってゆく。



 キングとクイーンは神力に怯むことなく突進。私めがけて大きなジャンプをした。



 良し、チャージ完了。



 浄化!



 キン!



 星の様な輝きが満ちる。



 サァー…



 そしてキングとクイーンを中心に金と銀の光が円状に拡がっていった。




 気が付くと嵐と禍禍しい気配は消え去り、真っ青な空と海にキラキラと光りの余韻が漂っていた。


「きえいねぇ」


 ぷっかり浮かぶキングとクイーンのお腹。


「やったな、お嬢。俺の出番無かったぜ」

「毒、あったかりゃ」

「そうだな」


 キングとクイーンを即収納すれば、凪いだ海の出来上り!


「光、どこまでいった?」

「わからんが広範囲浄化しただろう。数日は静かな海になる」

「しぇいたいけい、問題?」

「しぇいたいけい?」


 この海の番人がいなくなったら、生態系がおかしくならないか心配だと、一生懸命説明した。


 海底にいた鳳蝶丸によると、後継者…後継鮫はもういるらしい。

 しばらく荒れることもあるかもしれないが、いずれまたアビサルメガロドンがこの海の覇者になるから問題ないらしい。

 良かった。




 とりあえず危険が去ったので、お互いの作業を始めることになった。


 鳳蝶丸からちょっと離れ、チラリと盗み見る。彼は防塵の結界の中で作業に取りかかっていた。


 良し。


 アレが消えたか確認しよう。

 クイーン討伐したし。例のあの。アレな称号。


 ステータスをすかさずチェック。


 ドキドキ…。


 震える手で表示にする。



 ででーん!



 生きているフン



 あああぁぁ。


 膝から崩れ落ちる私。


 消えてなかった………。討伐しても消えなかった!


「にゃあ――――――!」


 仰向けになり砂まみれでジタバタする。



 ハッ!



 気がつくと、鳳蝶丸が心配そうに私の顔を覗き込んでいた。


「どうした。具合でも悪いのか?」


 やばい。慌てて首を横に振る。


「砂まみれになるぞ」


 ひょいと起こし、砂を払ってくれる。


「どうした?お嬢」

「何も、ないよ?」


 美少年がにっこり笑う。


「うん?」

「にゃにも…」

「ん?」


 だんだん迫ってくる迫力の笑顔。許してよ~。


「んとね。ひみちゅ」


 コテンと小首を傾げてみる。どうだ!幼女の上目使い。


「…………。そうか」


 儚げな少年に見える鳳蝶丸の儚げな表情は破壊的だ。

 幼女のコテンが負けた、気がする。


「俺はお嬢のことをもっと知りたいと思うんだが……」

「鳳蝶まゆ、わなう」

「笑わない」

「きやい、ならにゃい?」

「嫌いになどならん。約束だ」

「ひみちゅ、しゅる?」

「もちろん」


 鳳蝶丸ならいいかな。

 私はステータスの称号の部分を見せ、この称号に至った経緯を説明する。



「………」


 黙りこんだあと、真面目な表情で私に言った。


「お嬢が頑張った証じゃねえか。俺は誇りに思うぜ、この称号」


 頭をわしゃわしゃ撫でられた。


「だがお嬢の乙女心は理解した。内緒な」

「うん、あにあと」


 鳳蝶丸、漢前~。


 誇りに思うって言ってくれてすごく嬉しい。胸を張れる気がするよ。

 ありがとうね。






 さて、テント作成を続けよう。

 半人スキルに解体と言うのがあったので、複写したキングとクイーンを解体してみた。

 無限収納を確認すると、全ての部位が分かれて入っている。

 肉、骨、歯、血、体液、脂、ヒレ、内臓、目玉等々。何故か液体が枠にそのまま入ってて不思議。


 アビサルメガロドンは一部を除きほとんどの部位に猛毒が含まれている。再構築・再構成で作り替えれば毒部分を打ち消すことが出来るけれど何となくやっぱり気になる。


 と、いうことで追加で魔法創造。



 <無毒化>

 どんな毒物も無毒化する。



 無限収納に入れたまま肉に<無毒化>をかけ鑑定してみると、有毒の文字が消え食用可となっていた。 ただ不味いとなっていたので食べないけれど。


 でも<無毒化>して再構築・再構成ならば、安心して色々作れるよね!



 無限収納の中のいらない物も無くなりそうだったけれど、今後はキングとクイーンの肉や魔石(無毒化済み)の複写を使って続きを作るよ。




 テント入って左側、キッチンの先に帆布の暖簾を上から垂らす。

 その向こうを空間操作で広くする。

 このテントに入れるかわからないけれど、念のためゲストが泊まれる空間も作っておく。


 暖簾をくぐると縦長に短い廊下。左右に1つずつ扉とそれぞれの部屋。

 部屋には以前泊まったホテルの家具・備品を再構築する。再構成で装飾を排除してシンプルな物に変更した。


 部屋の形も日本のホテルっぽくした。

 扉入って左側に大き目のクローゼット。右側は小さな部屋に陶器の洗面台と鏡、その奥にトイレ。便座は後程設置予定なのでトイレは空間だけ空けておく。

 そして部屋にはシンプルだけど寝心地の良いベッド四台。

 その向こうにも少し空間を作り、テーブル1台、イス4脚、小さな食器棚。

 ライトは間接照明。テーブルにはランタンを置いた。

 食器棚に入れるものは追い追い作る予定。


 もう一部屋も同じ作りにして、大体完成。




 また寛ぎ空間に戻って、今度は玄関からまっすく進んだ突き当りに帆布の暖簾を上から垂らす。

 その向こうを空間操作で大きく広げる。


 暖簾をくぐると横長に短い廊下。そして二つの入り口に暗めのピンクと青の暖簾をそれぞれかける。

 こっちの人は読めないけれど、青い暖簾に【男湯】、ピンクの暖簾に【女湯】と漢字で書いた。

 入り口で清浄するのになぜお風呂?って思うけれど、でも、だって、入りたいもん、お風呂!

 ゆっくりのんびり浸かりたい!誰が何と言おうと作る。日本人の切実なる思いなんだよ。


 ってことでまず女湯!

 暖簾をくぐると引き戸になっていてその向こうは脱衣所。床を畳縁無しの畳を市松敷きにして、壁や天井の木材は榧にする。


 木製の棚をロッカーみたいに扉を付けて10人分。トイレのスペースも2部屋作っておいた。

 一人ひとり座れるよう間仕切りのある10人分の陶器の洗面台、籐の椅子、大き目の鏡。

 アメニティは追い追いということで。



 次は浴場。

 ここは、ちょっとお高い温泉旅館の浴場をベースに再構成で思い通り変えていった。


 引き戸は浴場の左側に作る。壁、天井は檜、床は足触り良い畳縁無しの市松敷き。

 入ってすぐ、左側に十人分の洗い場と、右側に大きな檜の浴槽。

 突き当りは一面竹模様のすり硝子で、右端にガラスの引き戸を作った。


 すり硝子の向こうにも大きな空間を作る。

 そう、ここからが超こだわり!

 岩の露天風呂!


 大きくて何もない黒い空間(空間操作で広げると時空の狭間っぽい空間が出来る)を半ドーム型に広げ、それに沿って結界4を張る。

 結界内の温度は15℃。

 浴場内にいる人や物は露天側に出入り自由と設定した。


 結界内にお高い温泉旅館で入った露天の岩風呂を再構築。

 歪な楕円っぽい浴槽にゴツゴツした岩。浴槽の底と床は平に磨かれた大きな石が埋め込まれている。

 すり硝子側の岩を小さくて浴槽に入りやすくした。

 浴槽内に腰掛けられるようなステップと、すり硝子近くに小さな檜の東屋、石灯籠も作る。


 そしてこの為に作った創作魔法<プロジェクター>!

 半ドーム型の結界に映像を投影するのだ。


 すり硝子を背にして、左側は露天風呂すぐ後ろに竹林。真ん中あたりは遠くに山々、右側は割と近くに滝。頭上は空。

 温泉旅行で行ったことのある景色にしてみた。

 一応、こちらの時間に合わせて明け方、朝焼け、朝靄、朝、昼、夕方、夕焼け、宵のうち、夜、真夜中…と景色も変化させることにした。

 月はこちらの世界もひとつなので、夜になるとぽっかりと山々の向こうに浮かぶようにした。

 夜は日付が変わるころまで竹林と滝をライトアップ。

 ついでにテント周辺の季節に合わせて景色が変動するように設定。

 私の妄想…想像力をフル回転させてそれを反映させたのだった。


 ちなみに、常に天候は晴れ。

 冬の雪景色にしても雪は降らせない方向に。だって露天風呂内に雨や雪を降らせるのは難しいからね。


 上手く設定できたかな?

 ではでは…。



 プロジェクター!



 スッと映像が浮かび上がる。


「わあ!ほんもにょ、みたい!」


 まるで本当に外にいるような出来だった。

 思った通りの景色に感動!早く鳳蝶丸に見せたいな。でももうちょっと作りこんでからにするんだ。


 気付くと映像が夕焼けの景色になっている。もうそんな時間なんだ。

 ぶっ通しで疲れたな。お昼も食べてないし、夢中だったからお昼寝もしていない。

 何だか急激に眠くなってきた……。



 とりあえず檜風呂に戻る。

 露天風呂から戻ると、室内風呂はシンプルすぎて何となく寂しい気がした。

 でも、もう眠くて作れないや。また明日にしよう。



 私はフヨフヨ浮遊して玄関に向かう。

 何とか外に出たけれど、ほぼほぼ眠った状態だった。


「寝たまま浮遊しているとどこかぶつけるぞ」


 そう笑いながら鳳蝶丸が私を抱きとめてくれる。

 そしてその後記憶が途切れたのだった。

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