第13話 食べたり、確認したり、食べたり

「帰ってちた」

「ああ」

「ふちぎねぇ」

「確かにな」


 一瞬で島に帰って来た。なんなら、扉の向こうはまだ洞窟の中である。

 思わず行ったり来たりしてしまった。


「楽しいか?お嬢」

「うん、たのちい」

「そうか。たくさん遊ぶんだぞ」

「あしょぶ!」


 鳳蝶丸は優しい笑みを浮かべ、腕を組んで私をしばらく眺めたあと周りを見た。


「頑丈そうな結界だな」

「うん。あんちんよ」

「仕様はどんな感じだ?」

「うんとね。こえ」


 インベントリの結界を鳳蝶丸も閲覧可能ってイメージしてみる。


「見えゆ?」

「ああ、見える」


 面倒臭いので読んでもらった。


「このちま、ひかい、音、オッケー、ちてゆ」

「光と音を通すのか。なかなか良い仕上がりだ」

「うん!」


 鳳蝶丸が私を再び抱き上げ、パラソルまで歩く。


「ここに一人でいたのか?」

「うん」

「頑張ったな。良い子だ」


 頭をわしゃわしゃと撫でてくれる。

 温かい人肌にホッとして思わず首に手を回し抱きついた。


「寂しかったな」

「鳳蝶まゆも。19万年、ちとり、しゃびちかった?」


 すると、鳳蝶丸がにっと笑う。


「俺はお嬢と違って人間じゃないからな。それに、たびたび抜け出していたんだ」

「しょうなの?抜け出しぇゆ?」

「まあ、待ってても誰も来ないし。暇なんであちこちな」


 伝説の武器達まで暇をもて余すらしい。自由な感じがウル様っぽくて思わず笑ってしまう。

 鳳蝶丸がまたわしゃわしゃと私の頭を撫でた。


「これからは俺がそばにいるからな」

「じゅっと?」

「ずっとだ」


 この言葉に喜んでしまうあたり、私は単純な幼女である。


「やくしょく?」

「ああ、約束だ」


 小指を出すと、鳳蝶丸がきょとんとした顔で小首を傾げる。

 指切りの説明をすると、随分怖い約束だな、と笑いながら小指を繋いでくれた。


「指切りげんまん、うしょちゅいたら、…、ちゅいたら、」

「嘘ついたら?」


 指切りも拳万もだけれど、針千本は怖いよね…。


「他の、でんしぇちゅのぶちと、」

「うん?」

「アハハ、まてまて~。ウフフ、ちゅかまえて、ごやんなしゃぁ~い、ごっこちても~やう♪」

「何?」

「指きった!」


 他の伝説の武器、とんだもらい事故である。


 私がニコニコしていると、溜め息を突きつつ、肩を竦める鳳蝶丸。


「ずっと傍らにいることに変わりはないから…まあ、いいか」


 と、約束してくれた。




 そろそろ夕方になって来た。昨夜はまともにご飯を食べなかったから、今日は食べたい。


「鳳蝶まゆ、ご飯、食べなえゆ?」

「食べなくても問題ないが、ウルトラウスオルコトヌスジリアス神が食欲や味覚、その他の感覚や感情を与えてくれたんだ。だから食べられるぜ」

「良かった~。いっちょ、食べゆ」


 ブルーシートニ枚を敷いてもらい、清浄し、防塵・防砂のため結界を張る。

 大容量のポータブル電源に炊飯器のコンセントをさし、お米をミネラルウォーターで研いで、ミネラルウォーターで炊いた。

 カセットコンロを三台複写して、油揚げと長ねぎのお味噌汁、網で焼いた塩鮭、鳥モモの照り焼き(山椒つき)を調理し、作り置きのウドとわけぎの酢味噌を出す。



 なお、私は説明しただけで調理は全て鳳蝶丸にお任せである。

 鳳蝶丸はとても器用で、私のつたない説明でも察してくれて、どんどん進めてくれた。



 家で使っていたテーブルと椅子を出して、食器を並べる。


「いい匂いだな」

「わたちの国、ごはんよ」

「美味そうだ」

「あちゅいうち、食べよう。いただち、ましゅ」

「ん?いただち、ましゅって何だ?」

「ちあうよ」


 舌足らずで言えないんだよ。

 私は何度も言い方を伝えながら、いただきますやご馳走さまの意味を話した。


「なるほどな。じゃあ俺も、いただきます」

「いただち、ましゅ」


 鳳蝶丸にはフォークとナイフを出した。


「うん?お嬢は違うな。それで食べるのか?」

「しょう。こえ、箸よ。こうちて、こうやって、食べゆ」


 大人用の箸は使いにくいけれど今はこれしかないから仕方ない。

 ちょっとぎこちなく鳳蝶丸に箸の使い方を伝えた。


「なあ、お嬢。俺にも箸くれないか?」

「うん、いいよ」


 我が家にあったお客様用の和柄箸(滑り止め付き)を出す。


「こえ、ちゅかって」

「おう、ありがとな」


 再度持ち方や使い方を説明すると、すぐに使えるようになった。


「しゅごい。器用ね、鳳蝶まゆ」

「割と、な」


 くすくすと笑う。そして早速食べ始めた。



「うん、美味い」

「良かった」

「この白いのは…何だ?」

「日本、穀もちゅ、ごはんよ。こうちて、おかじゅ、食べゆ、おいちい」

「こうか?」


 塩鮭と一緒にご飯を食べる。


「美味い!」


 それからおかずの説明を聞きながらパクパク美味しそうに食べてくれた。

 ご飯のおかわりも山盛り三杯。ここで炊いたご飯がなくなった。


「もっと、食べなえゆ?」

「いけるな」

「ちゅぎ、もっと、ゴハン、用意しゅる」


 鳳蝶丸が嬉しそうに頷いた。



「この世界でこんなに繊細で美味いメシ食ったことないな」

「しょうなの?」

「大体、塩味で煮込んだり焼いたりそんな感じだ」

「調味よう、無い?」

「調味料?はわからんが、高額だから香辛料やはちみつは殆ど使わない」


 本や漫画で読んだ異世界って感じなのね。


「この照り焼き?最高に美味かったぜ。しょっぱいのに甘味もあって、独特の香りがする。さっき肉に入れていたやつだよな?」

「日本酒、しゃとう、みいん、醤油、しゃんしょ」


 私は調味料などを出しながら説明した。

 日本酒、砂糖、みりん、醤油、山椒。

 鳳蝶丸は一つずつじっくり眺めていた。


「20万年ほど存在しているが、初めて見るものばかりで面白い」


 そして日本酒の匂いをクンと嗅いで、


「ん?これ、酒か?」

「しょうよ」

「飲んでいいか?」

「ふぁっ!」


 見た目15歳くらいだからちょっと驚く。20万歳だからいいの…?


「おしゃけ、飲めゆの?」

「見てくれはコレだが人間じゃないし問題ない。酒は好きだ。ほかのヤツらも皆飲むぜ」

「他の、やちゅ?でんしぇちゅ、ぶち?」

「ああ、今度紹介するよ」

「うん、よよちく、おねだい、ちまちゅ。あ、しょえ、料理用、飲むのやめ」

「そうなのか」


 残念そうな鳳蝶丸。


「今度、もっとおいちい、作ゆ」

「ああ、楽しみにしているぜ」


 ははは、と笑いながら頭を撫でられた。




「寝るのはあそこか?」


 ブルーシートの上の布団を指す。


「うん」


 抱き上げて布団に向かいかけたので、ちょっと待ってもらう。

 食器を清浄して収納し、テーブルは清浄して置いたままにした。自分と鳳蝶丸にも清浄する。


「いっちょ、寝よう?」

「…………わかった」


 二人で布団に入る。1歳だからか男性と寝ることに恥ずかしさは感じない。どちらかと言えば、寂しくて人肌が恋しい方が勝った。


「おやちゅみ、なしゃい」

「ああ、おやすみ」


 鳳蝶丸が背中をゆっくりさすってくれた。誰かといる安心と疲れもあって、すぐにわからなくなる。


「安心して寝るんだぞ」


 優しい声が遠くから聞こえたような気がして、やがて深い眠りの中に誘われていった。






「んう~」


 明るい日差しに目が覚める。

 おはようございます。朝です。水着のまま二日目の朝を迎えました。


「おはよう」


 ビクッ!


 低めのイケボに振り向くと鳳蝶丸がこちらに向かって歩いてくるところだった。

 あ、そうだ。昨日から仲間が増えたんだった。


「おはよ」


 夕べ一緒に横になったような気がするけれど、自分の隣に誰かが寝た形跡がなかった。


「鳳蝶まゆ、寝た?」

「お嬢がぐっすり眠るまでは」

「寝てにゃい?」

「俺は武器だから基本的に眠らない。力を大量に使った時は休むかもしれんが、経験ないからわからんな」

「海のしょこ、寝てた?」

「あれは、主がいないので活動停止していたって感じだな。まあ、そこそこ遊び歩いていたが」


 じゃあ、一緒に寝ようって言ったの迷惑だったかな。


「そんな顔すんな。これからもお嬢が眠りにつくまで傍にいる」


 寂しそうな顔をしていたらしい。

 鳳蝶丸が顔を覗き込み、頭を優しくなでてくれた。



 気を取り直して、服に着替えようと収納からワンピースを出した。

 そしてふと気が付く。そう言えば私、この世界で自分の姿を一回も見ていない。


「ボーっとしてどうした?」

「わたち、顔、見てない」

「ん?」

「鳳蝶まゆ、とってもきえい。わたち、どんな顔?」

「お嬢はとても可愛い。約19万年この世界を見て来た中で一番可愛い」


 うをを、前世でそんなこと言われたことないよ。

 従者のリップサービスでも嬉しいよ。モジモジしちゃう。


「鏡とか持ってないのか?」

「持ってゆ」


 私は無限収納から鏡を出した。全身を見ることが出来る姿見を。そして、ちょっとドキドキしながら鏡の前に立つ。


「ふぉおぉぉぉ」


 ビックリしている私に鳳蝶丸がフッと笑う。いやだって、めちゃくちゃ驚いたんだよ!



 どこか遠くに前世の私がちょっぴりだけいるけれど、桃様とムゥ様を贅沢多めにプラスしました、という容姿なんだもん。

 つまり、自分で言うのは恥ずかしいけれど超絶美幼女だったのだ。



 肌は色白、黒い髪は真っ直ぐサラサラで、顎の下あたりで切りそろえたおかっぱボブ。小さな顔に黒めがちな大きな瞳、黒く長いまつげ。小さめの鼻、小さい唇とプックリした頬は桃色。



「この世界に黒髪黒い瞳はあまりいないからちょっと目立つかもな」


 鳳蝶丸が私の隣にしゃがんで一緒に鏡を覗く。彼は全体的に真っ白だから私と並ぶとモノトーン感が半端ない。


「濡れている様に艶やかな美しい黒髪だ。手触りも良い」


 私の頭をしきりに撫でるのはそれか。なでなでは嬉しいから良いけれど。


「他のちと、どんな色?」

「金、銀、茶、青、緑、赤…オレンジ、ピンクとかか?」

「カヤフユねぇ」


 カラフルな世界なんだね、早く見てみたい。


「そうだな。でも俺はすごく好きだぜ。お嬢の髪も瞳の色も」

「わたち、鳳蝶まゆ、ちゅきよ」


 だから私も背伸びして鳳蝶丸の頭に手を伸ばす。

 嫌がることなく頭を下げてくれたので心行くまでなでなでした。



 自分の確認が出来たので、鏡を仕舞ってワンピースに着替える。

 手間取っていたら鳳蝶丸がササッと手伝ってくれた。乙女の着替え……。1歳だからいっか。




 清浄をしたあと、二人で朝食をとる。

 大人だった私は料理を作ることが出来たけれど、幼児の手では難しい。

 毎回鳳蝶丸に作ってもらうのもナンなので、基本的に再構築で作ることにした。


 今朝は食パンとサラダとハムエッグ。これも美味しそうにモリモリ食べてくれた。


「こんな柔らかいパンは初めてだな」

「やっぱに、固い?」

「ああ、固くて美味くないパン。知ってるのか?」

「ちってゆ。食べゆ、ないけろ」


 本や漫画で読んだよ。


「町で、食べてみゆ」

「ん~。ススメられんが、何事も経験か」


 鳳蝶丸は結局一斤分のパンを平らげたのだった。

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