第7話 抱っこちて………

 はっ!


 夢じゃないんだ。目覚めてもやはり絶海の孤島だった。

 どれくらい寝たんだろう。影はそれほど伸びてないから一時間くらい?


 ええと、何から手をつけよう。まずは身を守る事と、暑さ寒さ対策かな。

 パラソルでましになったけれどやっぱり暑いし、夜どれくらい冷えるかもわからない。


 さっき見た能力で使えそうなのは結界かな。


 そうだ。

 毎回インベントリ呼び出さなきゃいけないのか実験しよう。



 結界



 心の中で強く念じる。



 スッ



 あ、窓が開いた。

 左側メニューに、<結界名を入力>、一番下に<戻る>。

 右側には、


 神力 100~600,000

  神子や神子の指定したものを攻撃などから守護する 

  使用するには一度性能などを登録する必要がある



 よし、まず登録ね。


 入力、結界1、確定


 すると、



 <結界1>

 ______________(区切り線)


 <結界名を入力>


 一番下に<戻る>



 と、メニュー表示が変わった。



 <結界1>の右から横に線が伸び、長方形の枠が出現、リンクする。



 長方形枠をタップ。


 球体

 透明

 範囲は発動時指定

 結界内は温度26℃湿度50%酸素濃度約21%に常時調整

 二酸化炭素は酸素に変換

 結界外から結界内には全てを通さない

 但し、私が許可したものを除く

 許可したものは結界の出入り自由

 結界内から結界外への攻撃可能



 確定すると、淡く光って登録された。



 半径10m、結界1



 自分を対象に意識して心で唱える。すると、希望通り結界が張られた。


 半径10mだとこの島はほぼ結界内ということになる。波打ち際より5mほど手前までフォロー出来た。

 これで嵐や高波が来ても島自体は守れるかな。

 ウル様は満ち潮にならない、と書いていたけれど、嵐は来ない、と言ってないもんね。


 結界内は冷房のような涼しさはないけれど、ものすごく快適温度。カンカン照りでも熱を通さないため爽やか。

 じゃあ、結界の外から砂とか水とかかけてみようかな。と、思って移動する。



 ん?あれ?



 結界も一緒に移動してる。あ!私を対象にしたからか。

 変更しなきゃ。



 結界1、対象を変更。



 <対象は何にしますか?>というメッセージが表示された。


 パラソルと指定すると、画面が淡く光り確定されたようだった。

 今度は私が移動しても結界は動かない。



 成功!



 ヨチヨチ歩きで結界の境を出入りしてみる。うん、大丈夫。

 今度は中から外に向かって砂を放ってみる。砂は結界外に落ちていった。

 次に外から砂と海水をかけてみる。

 ちゃんと機能しているみたいで、どちらも結界内に入らなかった。


 球体指定してあるので、砂や土の下まで防御されてると思う。

 下からの攻撃も防げるね。


 神力を確認すると4,000減っていた。

 変更にも神力を使うんだね。それもそうか。

 1m100として、直径20mで神力2,000×2回ってことか。


 神力は結界の分を引いた数字で計算するとお昼寝前より少し戻っていた。寝る、食べる、飲むで神力が戻るみたいだね。



 次は食かな。

 再構築で何とかなるのはわかったけど、神力ばかり使うわけには行かない。

 魚釣り?1歳には無理だわ。

 うーん。


 あ、そう言えばスキルに複写ってあったな。

 私はローテーブルに置いたチーズクロワッサンを目指しヨチヨチ歩く。

 手足が短いと、何をするのも時間かかるね。



 チーズクロワッサン、複写。



 何も起きない。

 仕方ない。インベントリで確認するか。

 私は説明書より先にとりあえずいじり、わからないことだけ確認するタイプだった。



 半人スキル、複写、タップ。



 右横に説明が表れる。


 魔力 0

 無限収納に入っているものを複写する。

 個数制限なし。

 複写による劣化なし。

 但し、命あるものは複写不可(植物を除く)



 と、書かれていた。無限収納に一回入れなきゃいけないのね。



 フニャッ

 何気なくラップの上からチーズクロワッサンを触ると、焼きたてのパリッとした感触ではなかった。


 ん?


 鑑定してみる。



 名称 チーズクロワッサン

 品質 普通

 説明 食用可

    まるまるベーカリーのパン

    湿気っている

    味も落ちている

    食感も良くない



 湿気っている?

 ………。

 あ!あーーー!


 結界張るまで海辺で高気温にラップ。

 もう熱くなかったけど、焼きたてパンにラップ、湿気るじゃん。

 ついいつもの癖でラップしちゃったよ。


 無限収納は時間停止なんだから、入れておけばずっと焼きたて作り立てなのに!

 しかも移動してもその場ですぐ取り出せるのに!

 私のバカバカ!


 ちょっとだけ反省。


 どうせなら美味しいほうが良いよね。

 この湿気ったチーズクロワッサンとラップを再構築でつくり直せるかな。


 やってみると、問題なく焼きたてパンに生まれ変わった。



 鑑定、


 名称 チーズクロワッサン

 品質 良質

 説明 食用可

    まるまるベーカリーのパン

    厳選されたチーズを使った焼きたてのパン

    チーズ増し増し

    美味



 チーズ増し増し?もしやラップの分?


 いらないものやゴミなどで他の良品につくり変えられるってめっちゃ便利。

 リサイクル万歳!



 さて。

 無限収納画面を呼び出さず、焼きたてチーズクロワッサンを収納したいと念じてみる。すると、目の前に照準のようなものが現れた。視線を動かすと一緒に動く。

 それをチーズクロワッサンに合わせ、収納と念じるとお皿を残して姿を消した。


 そのまま収納できるのは便利だね。


 無限収納。


 どこに入っているかな。

 やはり<新規>だよね。

 そう言えば、最初に確認した時から<NEW>がチカチカしてたけど、何だろう?


 新規、タップ


 画面右側はたくさんの四角いフレームで区切られ、それぞれにアイコン、その下に名称と個数が書かれていた。


「こえ………」


 新規の中には今しがた入れたチーズクロワッサンの他に、日本に住んでいた頃の所有物が、恐らく全て入っていた。


 ザッと見てみる。

 覚えているもの、忘れているもの、ゴミ入りのゴミ箱まで。

 銀行に預けていた筈のお金も何故か入っていた。


 神様が入れてくれたんだろうか。桃様かな。

 全て失ったと思っていたけど、ここに地球で生きていた思い出がたくさん残っている。

 嬉しくて視界が涙で滲んだ。


 ウル様、ムゥ様、桃様。

 優しい皆様に感謝しかありません。


 ありがとうございます。




 さて、複写するんだった。

 チーズクロワッサン、複写、5個。


 画面に触らず念じてみる。

 すると<チーズクロワッサン1個>のフレームが右横にずれ<チーズクロワッサン(複写)5個>のフレームが出現する。


 出来た!

 日本の物品もあるし、複写すれば心配せず色んなものが使えるね。

 防災備品用に買った大容量のポータブル電源とか複写して使えば、気兼ねなく電気使えるよ。

 いや、以前仕事で行った展示場で見た大きなソーラーパネルをいらないもので作って、ポータブル電源に取り付ければずっと充電できるな。

 劣化を考えて複写するけれど。


 あ、また考えが違う方向に。

 ええと、ええと、クロワッサン。


 一旦全ての画面を閉じる。


 無限収納から取り出したいと念じてみると、また照準が表れた。

 お皿に視線を固定して、チーズクロワッサン(複写)2個取り出すと念じると、思った通りお皿の上に取り出せた。

 すっごい便利。超絶便利!

 わーい!わーい!

 思わずバンザイしてピョンピョン跳ねた。


 そして、ふと皿の横にあるマグカップが目に入る。

 牛乳飲んでからずっと放置しちゃった。

 中を見ると乾いた牛乳がカピカピになってこびりついていた。


 どうする?海水で洗う?無限収納にたぶん食器用洗剤あるけど…海洋汚染につながるよね。

 うううん。


 そうだ!

 魔法創造があるじゃん。

 異世界ものの小説に出てきたあの超便利魔法つくればいいじゃん。

 日本の知識最高!


 本当にあったらいいのに。

 風呂場掃除とかカビ落としとか楽なのにって思っていたあの魔法。


 ついに、ついに自分で使う時が来たよ。

 ふふふふふふふふふふふふふ。



「まほーしょうじょうー!」


 思わず叫んだね。

 舌足らずだったけど、魔法創造画面はきっちり開いたね。


 左側メニューに、<新しい魔術を作成>、一番下に<戻る>と書いてあった。

 新しい魔術を作成、タップ、


 入力、清浄、確定


 すると結界を作った時と同じように、



 <清浄>

 ______________(区切り線)


 <新しい魔術を作成>


 一番下に<戻る>



 と、メニュー表示が変わった。


 <清浄>の右から横に線が伸び、長方形の枠が出現、リンクする。


 作り方は結界と同じ要領なのね。


 長方形枠をタップ。


 私が不要と思うものすべてを排除、浄化、清潔にする

 排除されたものは清浄な空気に変換される


 確定すると、淡く光って登録された。


 早速マグカップを指定。

 イメージは汚れ、埃、細菌、ウィルスなどの浄化。

 清浄、と念じるとマグカップが淡く光った。


「きえいになった?」


 マグカップはカピカピ牛乳も、落ちなかった茶渋まですべて消え、ピッカピカだった。

 何なら買った時よりずっとピッカピカだった。


「ふぉおお…」


 すごいな、魔法創造。めっちゃ使えるな。


 汚れないうちに、と即座にマグカップを無限収納に仕舞うのだった。


 ちなみに魔力は1しか減らなかった。大きさも関係するのかな?

 まあ、そんなに消費しないみたいだし使いまくろう、清浄。






 色々しているうちに、気づけば日没時間が迫っていた。


「わあ………」


 太陽が水平線の向こうに沈んでゆく。

 この島から見る夕焼けは言葉に出来ないくらい美しく、オレンジ色の空や海をしばらく眺めていた。



 やがて訪れる夜の世界。

 光源のないこの島と海は真っ黒い闇の中だった。

 白い砂浜と、白で作ったパラソルやビーチチェアがぼんやりと闇に浮かんでいるだけ。


 ザザン………ザザァン………


 波の音が聞こえる。

 夜の海は黒くて怖かった。


「…怖いよぅ…」


 急に心細くなって周りを見回す。

 当然誰もいない。


「おとーしゃん、おたーしゃん」


 1歳の私が父と母を求め始める。


 もう寝よう。

 寝てしまえば明るい朝になる。


 私はビーチチェアによじ登り、無限収納からタオルケットを出して横になった。

 結界内だから何からも襲われない。

 大丈夫、大丈夫。

 自分に言い聞かせるけどなかなか眠れなかった。


 怖いよう。

 怖いよう。


 小さな私が涙を浮かべる。

 大丈夫だよ、小さい私。

 神様も見守ってくださってる。

 でも、小さい私は誰かの手を、暖かい温もりを求めていた。


 タオルケットにくるまって涙を必死にこらえる。

 我慢できずに無限収納から母が着ていたTシャツを1枚取り出した。


「おたーしゃん」


 ぎゅっと抱きしめる。

 そこに身体はないけれど、かすかに母のにおいがした。


「おたーしゃん、抱っこちて」


 思わずしゃくり上げる。

 とうとう涙が流れて止まらなくなった。


 うえぇ…。

 ええぇ…。


「抱っこちてぇ…抱っこ…」


 うわあぁぁん…。


「抱っこぉ……」


 抱っこして、背中とんとんして、優しく揺らして、安心させて欲しかった。

 大丈夫だよ、と誰かに抱きしめて欲しかった。

 突然死んで、突然知らないところに来て、突然一人きりになって、本当は心細かった。


 どんなに望んでも、もう後戻りはできないのに。

 これから先に進むしかないのに。


 やがて疲れて眠りに落ちるまで、私は泣きながら自分で自分を抱きしめていたのだった。

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