三十一話 竹ちゃんとの再会(2)

 出仕停止中は熱田神宮社家の庇護を受けていた赤母衣衆・前田利家は、使用人長屋を仮住まいにしていた。

 戦勝祝いに沸く熱田神宮の片隅で、前田利家は奥さんの膝枕に頭を預けて、泣いて愚痴を溢している。

「いいじゃないか、いいじゃないか、いいじゃないか、兜首を三つも取れば、赦してくれてもいいじゃないか。なあ、まつ、俺は赦されてもいいよねえ? 取り柄は戦働きしかないのに(号泣)」

 旦那の泣き言を優しい笑顔で聞きながら、尾張でもベスト3に入る美少女嫁は、きっぱり言い渡す。

「殿から『今川義元の首だけを狙え』と命じられたのに、旦那様は自分の手柄だけを考えて、隅っこでちまちまと雑魚の兜首をあげてポイント稼ぎ。

 赤母衣衆筆頭ともあろう方が、しみったれた戦いをするなんて、情けないです」

 戦国時代でベスト3に入る賢妻は、前田利家の問題点について、誰よりも容赦なく指摘してあげる。

「森様のように我を抑えて仲間のサポートに回った戦いぶりや、河尻様のように率先して矢面に立った気概に比べて、まるで一介の浪人者の戦い方です。

 引き立てた殿様は、さぞやイライラしたでしょう。

 失望を、拳骨一発で済ませた殿様は、お優しいです」

 愛妻に笑顔でトドメを刺されて、利家が死にかける。

 去年生まれた娘まで泣き始めたので、まつは旦那を放って赤子の世話に移る。

 きりの良い所で、可近は戸口から声をかける。

「話、いいかな?」

 利家は、甘えた寝相からヤンキー座りに姿勢を変えて、可近を睨む。

「言っておくが、今耳にした事を口外したら、斬るぞ」

こうがい斬りの次は、口外斬りか」

「はい、負けました。お話をどうぞ」

 一言で反省モードを思い出し、利家は正座する。



 「こうがい斬り」事件について、述べておく。

 新婚ホヤホヤの前田利家が、愛妻まつから貰ったこうがい(結髪用具)を、清洲城で盗まれた。

 犯人は拾阿弥じゅうあみという、信長が寵愛する茶坊主。

 横柄な態度で悪評の立つ茶坊主で、前田利家との相性は最悪だった。

 赤母衣衆の筆頭に抜擢され、美少女と結婚し、子宝に恵まれ幸せ絶頂の利家に対して、性格の悪い茶坊主はイジメる事を選んだ。

 信長の威を借りているので、誰もやり返さないと思い込んでいる雑魚だった。

 信長の側にいながら、前田利家がどういう男か、全く理解していなかったのも間違いない。

 その程度の馬鹿だった。

 盗みが露見しても謝ろうとしない拾阿弥じゅうあみを、利家は斬りかけた。

 まつが贈ったこうがいは、まつの亡き父の形見でもある。

 悪意を持って盗んだ以上、利家には相手を無罪放免にする謂れがない。

 だが、その場は信長が直々に「非武装の相手を斬るな」と諭して、利家の怒りを抑えた。

 同僚の佐々成政も、相性の悪い二人が破滅しないように、仲裁に入った。

 利家は、事を荒立てない方がいいと理解して怒りを抑えたが、拾阿弥じゅうあみは理解しなかった。

 信長の寵愛に溺れ、手遅れなまでに、狂っていた。

 拾阿弥じゅうあみは、今度は利家を侮辱するイジメに切り替えた。

 前田利家の悪口を言いまくり、信長が利家を嫌いになる方向に、誘導しようとした。

 救いようのない、茶坊主だった。

 そういう手段に出れば、どうやり返されても文句は言えないとは思う。

 どの時代の価値観でも、利家からの反撃は、有りだ。

 殴って諌めるのも、信長に直訴するのも、左遷させるのも有りだろう。

 闇討ちだって、有りだっただろう。

 前田利家は白昼堂々、信長の目前で、拾阿弥じゅうあみを斬殺する事を選んだ。

 茶坊主から武家へのイジメを、日和って黙認した信長への、意趣返しだ。

 相手が誰であろうと、真正面から反対意見を述べられる人柄だと、前田利家は行動で表した。

 今度は信長が激怒して利家を成敗しかけたが、森可成や柴田勝家が止めた。


森可成「あんなクソ雑魚、何時ああなっても、おかしくないでしょ。自業自得。調子に乗った報いです。又左(前田利家の通称)は赦してあげましょうよ」

柴田勝家「又左(前田利家の通称)は惜しい。出仕停止ぐらいで、勘弁してあげてください。復帰は、戦場での手柄次第で」


 その他続々と、前田利家の赦免願いが殺到する。


河尻秀隆「このチーム黒母衣衆筆頭・河尻秀隆の引き立て役として、赤母衣衆筆頭は存在価値があります。刑罰は、鼻削ぎ程度で」

佐々成政なりまさ拾阿弥じゅうあみは友人でしたが、日頃の態度が悪過ぎました。供養は自分がしておきますので、又左への処罰は加減してください」

丹羽にわ長秀「又左に先を越されました。又左が斬らなければ、私があの『クソ雑魚のくせに態度を弁えない低脳なクズ』を斬り刻んでドブ川に沈めたのに。又左を成敗する時は、是非とも自分に斬らせてください。そして自分以外には、斬らせないでください。ちなみに私は、ペットの犬が死んで喪中なので、三年は犬を斬りません」

コーエーテクモ「戦国無双シリーズの売り上げに響きますので、何卒減刑を」

信長「……」


 城内の反発が大きいので、処分は出仕停止。

 助命はされたが、妻子がいるのに一番の収入源から干されて、利家は困り果てている。

 雑多なアルバイトをしながら、熱田神宮の隅っこに仮住まいをし、慣れぬ貧乏暮らしで腐っていた。



 そういう訳で暇をしている前田利家に、金森可近は護衛の話を持ちかける。

「今から大高城に言って、三河衆に義元の討ち死にを知らせに行きます。護衛を頼む」

「護衛?」

「護衛」

「専守防衛?」

「専守防衛」

「それ、俺が必要な仕事?」

「今現在、暇な無双キャラは、又左またざ(前田利家の通称)だけだ。だから声を掛けた」

「賃金をくれ」

 大真面目に同僚に賃金を要求する利家の隣に、赤子を抱えた美少女嫁まつが、並んで座って笑顔で圧をかける。

「金森様、うちの旦那様に投資するつもりで、多めに賃金を弾んでくださいね」

 可近は、所持金の半分を、まつに渡す。

「多過ぎますが?」

「もっと膂力が付くものを食べさせてあげなさい。昼の戦では、強いのと戦えないので、慎重に相手を選んで戦っていた。又左には、敵の最強クラスと戦って欲しい」

「はい、心得ました」

 まつは居住まいをビシッと正すと、可近から渡された金銭に一礼する。

 めっちゃ重々しく受け止めたので、可近はそれ以上、釘を刺さずにおく。

「俺は、飯を言い訳にした覚えはないぞ、金森」

 利家は強がるが、可近は言い訳を認めない。

「結果以外を評価する気は、ない。全力全開で戦う気になるまで、無様だから戦さ場には出るな」

「…サボり魔の金森が、それを言うのか」

「今日は又左がいないせいで、危うく自分が一番槍をしてしまうところだった。早く、自分の盾として復帰してくれ」

「よし、分かった。復帰して代わりに一番槍をしてやる」

 前田利家。

 ノリの良さでも、特A級のアホである。

 信長のお気に入りが、まともな訳、ないやん。


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