三十話 竹ちゃんとの再会(1)

 永禄三年(1560年)

 5月19日。

 夕刻前。

 熱田神宮で勝ち鬨をあげ、将兵を労い、恩賞の用意をしながら信長は次の仕事に取り掛かる。

「大高城に行って、松平元康に『今川義元は死んだ』と伝えてやれ」

 命令された水野信元(松平元康の叔父)は、頭に?マークが浮かぶ。

 義元が死んだ後での行動は、甥(松平元康)が判断すればいい事である。

 というか、現在今川の配下である甥(松平元康)が、この機に乗じて三河を独立させたら、織田が三河を掌握不可能になる。

(そのまま放置して、勝手に自滅させる方がいいのでは?)

 信長は命令するや、次の者に指示を出して、水野信元の疑問に答えてくれない。

 水野信元は、自分で考えてみる。

(あ、そうか。三河の収拾を元康に付けさせてから同盟した方が、楽か)

 今川対策は松平に任せれば、織田は美濃攻略に専念出来る。

(…あの甥、義理堅いから、今川から抜けるかなあ?)

 叔父(松平元康の母の兄)としては、そこが不安である。

 実際、義元の死去は耳にしているだろうに、大高城から動かないのは、怪しい。

 義元の死後、今川の全ての将兵が逃げた訳ではなく、織田との国境沿いに面した面々は逆に踏み止まっている。

 何せ見方を変えると、今川は『隠居した先代当主(義元)が討ち死にしたけれど、最前線の自分達を足掛かりに復讐戦を挑めばいい』という前向きな意見も出ている。

 今川の現当主・今川氏真(義元の息子)が残存兵力を結集して仇討ちを挑めば、再び二万人規模での進軍も可能なのだ。

 流石に二回連続で十倍の戦力差を覆すジャイアント・キリングを目指すのは、厳しい。

(叔父の俺が顔を見せても、大高城を放棄するか? 今川を先導して尾張を攻略して、三河・尾張を実効支配する気かもしれないし、あの甥)

 その成長ぶりを熟知している水野信元は、戦国乱世で好機を得た甥に、このタイミングで会いたくなかった。

 悪くすると、まず水野家から喰われる気がする。

 不安しか浮かばない水野信元(松平元康の叔父)は、三河出身の部下にメッセンジャー任務を回す。

「という訳で、六之助。任せた」

 任された浅井道忠みちただ(通称・六之助)は、昼間の伝説絵的な大勝の後で死亡フラグを立てられて、泣いちゃう。

「この戦が終わったら、七歳の息子と遊んであげると約束していたのに」

「泣くなよ、重大メッセージを教えに行くだけだから。向こうも喜ぶぞ、撤退する口実が出来て」

「でも、虚報で城を去らせようとする策だと思われたら、死亡フラグが…」

 三河出身だからこそ、浅井道忠は楽観しなかった。

「二千の織田が、都合良く二万の軍勢を打ち負かしましたなんてメッセージ、真に受けてくれますか? そんな報せを口頭で伝えにくる奴がいたら、どうします?」

「広い心で、話を聞いてあげるよ?」

 即座に嘘を吐いたが、顔に出た。

 浅井道忠が、泣きを入れる。

「ねえ、これ死ぬ仕事ですよ? 他に方法とか、ありませんか? 矢文でいいのでは?」

「矢文じゃあ、それこそ信憑性が…」

(あ〜〜、だから、拙者に行けと)

 そこで水野信元に話を振った、信長の存念に気付いてしまう。

 これは、水野信元が出向かねばならない案件である。

 嫌なら、水野信元と同等以上に、松平元康から信用されている人に委託をしなければならない。

 所領が尾張と三河の中間地点にあるので、絶えず両方の人材に関して気を配っている水野信元は、最適の委託先を思い浮かべる。

「六之助(浅井道忠の通称)。金森殿が一緒に行くなら、どうだ?」


 戦勝祝いの地元民と戦後処理に忙しい織田軍で湧く熱田神宮で、水野信元が金森可近を探すと、別の用事を信長に任されている最中だった。

 義元から奪った『義元ブレード』いや『義元左文字』を渡して、魔改造の指示を出している。

「こいつは長過ぎるで、二尺二寸一分(約68㎝)にしとけ」

「持ち運び重視ですね」

 可近はメモ紙に、二尺二寸一分(約68㎝)と書き留める。

なかごの裏表には、『織田尾張守信長』『永禄三年五月十九日義元討捕刻彼所持刀(義元を討って捕獲した、彼の所持した刀に刻む)』と銘を刻むだぎゃあ」

 めっちゃ浮かれて、名刀を記念品にする指示を出している。

 この刀、織田信長の生涯の愛刀になる。

「上総介ではなく、尾張守で?」

 後からの修正は難しいので、可近は細かい事で念を押す。

「尾張の総指揮官とし、勝った。それを刻む」

「承知」

 承知という声を背に受けて、信長は他の者に次の用事を命じる。


 今川の「首」は刎ねたが、「首から下」も処理しないと、尾張の危機は続いてしまう。

 戦勝祝いを時間をかけずに受けつつ、信長は打ちたい手を打ちまくる。

 お陰で部下たちも、全然休めない。


 可近は二尺二寸一分(約68㎝)の寸法に加えて『織田尾張守信長』『永禄三年五月十九日義元討捕刻彼所持刀』の文章をメモ紙に書き留めると、『義元左文字』を風呂敷に入れて熱田の刀匠を訪ねようと立つ寸前に、水野信元に声を掛けられた。

「金森殿〜、ちょっと、いいかな〜?」

「これより楽な仕事でない限り、断りますよ!?」

「楽な仕事だよ」

 顔に出た。

「他のを当たってくれ」

 そのまま行こうとする可近の足元に、浅井道忠がジャンピング土下座をして話を聞いてもらう。

「金森殿なら、決して殺されません!」

「確かに」

 要件を聞き終え、今の自分の手荷物を鑑みる。

 この刀を可近が見せれば、一発で相手は義元の討ち死にを信じる。

「こういうのも、武運のうちかな?」

 熱田神宮から大高城までは、二里(約八㎞)

 馬の速足で半刻(約三十分)で到着する距離なので、浅井道忠に同伴して用を済ませた後でも、今日中に魔改造の件も済む。

 とはいえ大軍が敗走した跡地を通過するので、護衛が一名は欲しい。

「行く前に、護衛候補に声を掛けます。その間、馬の世話をお願いします」

「はい、喜んで」

 浅井道忠二十九歳。

 主人より押し付けられた死亡フラグを泣き落としで回避したら、主人より快適に長生きする人生ルートに突入したのだが、この時はまだ自覚がない。

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