二十九話 黒と赤(10)

 信長の馬廻の一人、服部一忠かずただが、最初に今川義元を攻撃できる距離にまで至る。

 槍での攻撃は、義元の一太刀で斬り落とされた。

 勢い余って、服部一忠の膝までが、バッサリと斬られる。

 今川義元の愛刀『義元ブレード』嘘です『義元左文字さもんじ』の斬れ味に、織田の強者たちも引き気味になる。

 それでも放っておくと、膝を斬られて身動きが取れなくなった服部一忠が、危ない。

 黒母衣衆の一人、毛利新介が進み出て、服部一忠を庇う。

「よっしゃ、行け新介! フィニッシュはチーム黒母衣衆だ!」

 今川の旗本衆に手間取って接近出来なかった河尻秀隆が、セコい算段でチーム黒母衣衆としての手柄をアピールしようとする。

 毛利新介は斬れ味抜群の『義元ブレード』いや『義元左文字さもんじ』を上手く躱すと、距離を詰めて鍔迫り合いに持ち込む。

 そのまま今川義元を押し倒して刃を胴体に埋め込み、マウントを取って、首を斬る段階まで持ち込む。

「ここに兄者がいればなあ」

 佐脇良之が、この場に赤母衣衆・前田利家がいない事を嘆く。

 ここで前田利家が無双してくれたなら、とっくに今川義元の首は取れている。

 先年、些細な喧嘩で茶坊主を信長の面前で斬ってしまった為、出仕停止処分中である。

 信長お気に入りの赤母衣衆でも、日常で非戦闘員を殺傷したら、ペナルティを科すしかない。

「いない奴に頼るな!」

 毛利新介が今川義元の首を斬り取る邪魔をさせないように、森可成が槍を振るって援護する。

 森可成は、絶えず朝比奈泰朝の横槍を警戒していたので、義元の首取りレースには遅れた。

 その分、同僚たちのフォローに回る。

 回っているうちに、出仕停止処分中の前田利家が『地味な装備で、こっそり参戦』しているのも目にしたが、面倒くさいので放置する。

 周囲のフォローもあって、毛利新介が今川義元の首級をあげる(現代語訳・首を切断し、持ち運び可能なサイズにする)。

「いいなあ」

 自分が義元の首級をあげると信じて参戦した猪子兵助が、羨ましそうにというか横取りしたそうな目で、首級を持ち上げて今川義元を討ち取ったと宣言する毛利新介を見詰める。

「これこそ武運だね」

 金森可近が、毛利新介が斬り落とした今川義元の首を収納する桶を、差し出す。

「…それ、どこで調達したの?」

 毛利新介が、用意の良過ぎる可近を不思議がり、桶を指差す。

「大軍が逃げた後ですからね、桶なんて探せば幾らでも…あ!」

 可近が、毛利新介を指差す。

「あ?」

 毛利新介の指先から、血が結構な勢いで流れている。

 左手の指が数本、欠損している。

「『義元左文字』と鍔迫り合いをしたから?」

「いや、これは…」

 毛利新介が、義元の口元を確かめる。

 酷い形相の義元の首が、毛利新介の左指を食いちぎったまま、噛み締めている。

 首を斬り取る作業に夢中で、指を噛み切られた自覚がなかった。

 可近が口を開かせようと一度試すが、一度で諦めた。

 恐いくらいに、ガッチリと噛み締めている。

「あ、俺がやります」

 見かねて、隠れて参戦していた前田利家が、試してみる。

 開かなかった。

「すんません。俺でも無理です」

「兄者、参戦していたのか」

「気付かれないように、隅で戦っていた」

 そういう割に、兜首を二つあげている。

 ちなみに朝も軽く一戦して、兜首を一つあげている。

 身バレしないように、控えめに戦っても、これである。

 佐脇良之が、大人しく謹慎していなかった兄を誇らしく思う反面、信長が怖い顔で近寄って来たので固唾を呑む。

 背後から信長が接近して、前田利家の後頭部を拳骨で殴る。

「義元の首以外は、要らんと言ったであろうが!!」

「えー、はい、でも、帰参の手土産には、いい目安かなーと思いまして」

「命令を理解しないアホは、要らん!」

 信長は厳しく言い渡すと、落ち込んで泣き崩れる利家には構わずに義元の首を検分する。

 二秒で興味をなくして首桶に戻して、義元の胴体の方を漁る。

 信長は、遺体から回収した『義元左文字』を近くにいた佐脇良之に持たせると、率先して来た道を駆け戻る。

「帰るだぎゃあ」

 すぐにこの場を離れないと、今川の別部隊に、復讐戦を挑まれてしまう。

 可近は毛利新介の血止めを済ませると、自身の馬に乗せて、義元の首桶を持たせる。

「さあ、勝ち逃げしましょう」

「待てよ、勝ち鬨は? チーム黒母衣衆が大金星をあげた記念の勝ち鬨は?!」

 河尻秀隆が形式美に拘るが、信長がせっかちに命令を下す。

「勝ち鬨は、熱田に戻ってからだ」

 信長が、馬の速度を更に上げる。

 信長に遅れると怒られるので、部下たちも急いで駆ける。


 駆け戻りながら、馬上で毛利新介が呻く。

「今更、痛くなってきた」

「ごめん、熱田に戻るまで、我慢して」

「我慢してもなあ…」

 片手を損ったので、これまでのような戦働きは、無理である。

「…今後はなあ…」

 前代未聞の歴史的大金星を獲得したが、代償に最も得意な分野で、働けなくなった。

 以後の毛利新介は、デスクワーク専門の側近として、可近も羨む楽な立場で過ごす事になる。

 名も毛利良勝に替え、全国の武家から羨望の的に。

 何処に行って、この日の手柄話とサインをせがまれる立場になったが、毛利良勝の心象は誰も語っていない。

 筆者も、ちと想像がつかないので、書けない。


 


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