二十話 黒と赤(1)

 この段階で生き残っている『いんちきシビルウォー』反逆者側一同を、信長は「身分据え置きで、赦免」という、驚きのサービス判決で済ませた。

 表向きの理由は「土田御前が、赦免を働きかけたから」だが、別に甘い処分ではない。

 織田信長に扱き使われる事自体が、刑罰とも受け取れるし。

 特に信行は、真綿で首を絞める様な、境遇に置かれた。

 腹心だった柴田勝家が監視役になっている上に、林秀貞がアンチ信長勢力を抑える方に回ってしまった。

 何より部下の数が、激減してしまった。

 補充しないと仕事にならないが、この状況で集まってくる人材は、ろくでもなかった。

 落ち目で弱りきった信行の機嫌を取って出世を図る者ばかりで、信行の周囲は急速に腐敗が進んだ。

 これに加えて、美濃の斎藤義龍が「ユー、信長を裏切って、やっちゃいなよ! 応援するからさ!」と唆す手紙が何度も送られ、新・信行ヨイショ派は調子に乗った。

「美濃や今川が助力してくれるから、次のクーデターは、成功確率高いのでは?」

「やっぱ次のトップは、イケメンで秀才な、武蔵守(信行の自称)様だよね」

「もう構わねえから、信長に寝返った柴田勝家から、暗殺しちゃおうか」

 という話題で無責任に盛り上がり、それが勝家経由で信長に筒抜けだった。

 尾張で就職しようというのに、信長の強さと情報網の抜け目なさを、理解していない。

 あまりにお粗末な新・信行ヨイショ派に対し、信長側も対処に困る。

 わざわざ殺されに集まった挙句、死亡フラグを自ら立てていくバカの相手とか、誰だって嫌なのだ。

 信長と家来たちは、バカな味方をどう吸収するかを考えるよりも、現勢力で可能な事を優先する。


 元号が弘治こうじから永禄えいろくに代わってから最初の会議で、信長は家臣たちにキメ顔で発表する。

「元号も変わったで、この契機に、軍制を改める」

 重大かつ、最初から信長が上機嫌の発表である。

 不安と興奮の両方が、家臣団に沸き起こる。

「馬廻の中から特に優れた者を、信長の新設親衛隊として再編成する」

 どんな差があるのだろうと、会議に出席した家来たちは怪訝な顔をしあった。

 金森可近が、嫌そうな顔をしながら、二枚の紙を信長の両脇に垂らして晒す。


 黒母衣ほろ衆、の文字の下に、十名の名。

 赤母衣ほろ衆、の赤文字の下に、九名の名。


 新設された部隊の名前と、構成メンバーの名簿が発表されると、家来たちは何となく察しがついた。

 黒母衣衆は、馬廻の中でもやや年長者が多く、特に兄貴風の河尻秀隆が筆頭なので気風が分かり易い。

 他に、鉄砲隊を率いる佐々成政や、毛利新介の様な強者が名を連ねている。

 赤母衣衆は、信長の小姓出身者が多く、前田利家やばん直政などの、将来有望な若手が多い。

 と見せかけて、バランスを取るように伊東清蔵のような槍の名手も入っている。

 従来の母衣衆(本陣と前線部隊の間を往来する使者)よりも、遥かに攻撃的な人選である。

 どう見ても、戦場で信長に最優先で扱き使われる新設部隊である。

 その中に、金森可近の名があったので、皆は笑いを噛み殺しながら同情した。

 とはいえ、黒と赤に分けた意味が、全く分からない。

 戦闘力も保有する兵力も、特技もバラバラの構成である。

 分からないので悶々とする面々の中から、末席で会議に加わっていた藤吉郎が、最速で挙手する。

「質問! 黒母衣衆と赤母衣衆の、違いが分からないだぎゃあ」

 信長は、解説を金森可近に、顎で振る。

 普段よりも嫌そうな顔をしている可近が、解説を始める。

「説明します。黒と赤に分けたのは、殿の趣味です!」

 一同が、めっちゃ怪訝な顔をする。

「甲斐武田の赤備えみたいなカッコいい攻撃部隊を創設したいけれど、二番煎じは避けたいので、黒母衣衆を新設。

 でもでも、赤い色の親衛隊も、やっぱり欲しい。 

 そこで殿が、中二病マインド全開で、思い付いた訳です。

 黒と赤の、二部隊編成にしようと。

 これだと、ミラージュ騎士団(右翼大隊オレンジライトと左翼大隊グリーンレフトの二部隊)みたいで、超カッコいい!!

 という訳で、特筆するような違いは、ないです」

 みんな納得した。

 これは確かに、信長の趣味だ。

 それ以外の理由は、全くない。

 見事なまでに、戦国時代の中二病から生まれた新設部隊である。

「なるほど〜。集まった強者たちを、持て余さないように効率良く使う為の、汎用特選部隊! しかも二つも!! 恐れ入りました!! 流石は、戦上手の大将だぎゃあ」

 土下座して感激しながら褒めまくる藤吉郎に、冷やか半分、見上げたおべっか根性だとの感心半分が集まる。

 藤吉郎が内心で、

「おでもこんなスペシャルな親衛隊が、欲しいだぎゃああああああああああ」

 と羨ましさを拗らせて、出世すると黄母衣衆を創設するとは、誰も予想していない。

「持て余して、欲しかったなあ、特に自分を」

 どうでもいい本音をボヤく可近に構わず、信長は本題に入る。

「尾張の七割が支配下に入ったで、残りの合併吸収に掛かる。今川が大きく動く前に、力を蓄えるだぎゃあ」

 家臣団が、一斉に頷く。

 趣味を披露するだけの会議かと思ったけれど、最後に普通の戦国大名っぽい事を言ってくれたので、それだけで満足。

 したのは一瞬だけだった。

「へーちょ」

 信長が、盛大に、くしゃみをする。

「風邪をひいた。寝る」

 そう言って、会議を終了させ、そのまま病床に着いた。

 何日も。

 何日も。

 アグレッシブな戦国大名の見本みたいな人が、マジで寝込んで表に顔を出さなくなった。

 黒と赤の母衣衆は、最初の仕事を与えられぬまま、信長の周囲で待機した。


 

 柴田勝家が、信行と土田御前に信長の病状を伝え、見舞いに訪れるように進言する。

「相当に重い病状ですので、万が一も有り得ます。今のうちに見舞いに訪れ、心象を少しでも良くしておくと、万が一の際に、求心力が違います」

 暗殺されそうになっても、信行を金棒で打ち殺さずに、親切に進路指導してくれる勝家の漢気に感動しながらも信行は、

「それって、仮病を装って誘い出して僕を始末しようとかいうセコい作戦じゃないよね?」

 それこそセコい確認を取る。

 顔には何も出さずに、勝家は段取りを述べる。

「まずは武蔵守(信行の自称)様が土田御前と一緒に、病床の殿を見舞い、後に五郎八(金森可近の通称)が『茶の湯』で持て成す段取りでございます」

「なら安心ですね」

 土田御前がニッコニコで、この見舞い案に、賛同する。

「楽しみですわ、可近ちゃんの『茶の湯』。三郎(信長の通称)は何時も急かすから、フルコースは未体験なのよ」

「…そうですね」

 母と一緒なら安全だと思い直し、信行は見舞い行きを承知する。


 勝家は、信長との打ち合わせ通りに、この段取りを進めた。

 仔細を打ち明けられなくても、見舞いに行かせるように促された時点で、察した。

 織田信長が、弟にお見舞いされる事を望むなんて、他に理由が考えられない。

 何時もは身内に甘い信長が下した判断に、勝家は意見を挟まなかった。



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