十九話 尾張いんちきシビルウォー(7)
末森城に着くまでに、林秀貞は馬と武装を増やし、三十人程の小部隊にしてしまった。
明らかに、織田信行の降伏が、穏便にいかなかった場合に備えている。
もう夜も遅くなって来たので、夜襲の用意にも見える。
金森
「ねえ、林さん。これは、最後の手段ですよね?」
林秀貞は返事もせず、視線も合わせずに、従者に刀を六本持たせる。
もう可近は楽観せずに、林秀貞の真正面に立ち塞がって、確認する。
「降伏を受け入れに、行くだけですよね?」
「お主、信行は、好きか?」
堅物な男が失礼にも、貴人の名を呼び捨てにしたので、可近は寒気がした。
「いえ、あまり」
「俺もだ」
「降伏を受け入れに、行くだけですよね?」
「くどいな、五郎八。信行の降伏を受け入れに行くだけだよ」
林秀貞は、いい笑顔で、入城を促す。
(これ絶対に、降伏以外の選択肢を、力尽くで削りに行く気だ)
可近は、諦めた。
末森城の門を潜った途端、可近は呆れた。
夜だというのに、出撃準備を整えている、完全武装の兵が五十名。
降伏する弟を、せっかちな信長が自分で会いに来る可能性に賭けての、迎撃準備である。
まだ、おとなしく降伏する、状況ではない。
(そういう粘り強さは、外敵に向けて! 味方に向けないで!)
もう言っても無駄な段階なので、可近は心中だけでツッコミを入れる。
林秀貞が、太刀を抜刀して、信行の手勢に声を掛ける。
「織田家筆頭家老、林新五郎秀貞である。信行を出せ。降伏をする約束だ」
赦免されて織田信長の家老に据え置かれ、信行に敬意を払っていない。
信行の配下から見れば、もう敵側の人間だ。
兵の一人が、林秀貞に槍で突きかかる。
軽く躱して、一振りで兜ごと頭を叩き斬って仕留めると、林秀貞は敵兵全員の顔を、視認する。
ここで撃ち漏らしても、後日、始末する気で、顔を覚えている。
「良かった。権六(柴田勝家)の家来は、混じっていない」
「良かったですねー(棒読み)」
信行派閥の最大戦力が、信行を見限っているのは吉報ではある。
逆に見ると、もう勝ち目がないのに、信行が下策を弄している。
生き延びて以前のように力を貸してくれれば、織田家の中で重鎮としてあり続けられるのに、諦めてくれていない。
可近は、心底、うんざりする。
反比例するように、林秀貞は活気に溢れて、勢い良く立ち回る。
ここ数年の間に溜め込んだストレスを打つけるように、林秀貞は太刀を三本使い潰して、信行の兵を消していった。
昼間、林勢を信長の軍勢と戦わせて逃げ延びた連中が、林勢に逆襲されているとも言える。
「意外と余ったな」
林秀貞は、余った刀を気前良く部下に分け与える。
手勢を排除した上で、林秀貞は末森城の城主の間に向かう。
向かう途中で、暫定筆頭家老は、金森可近に念を押す。
「五郎八。土田御前(信長と信行の母)を斬りそうになったら、止めてくれ」
「止めませんよ」
日頃から要らぬ殺生を避けまくっている可近からの問題発言に、林秀貞は足を止めてマジ睨みする。
「今のは、冗談か?」
「真面目な発言です。勘十郎殿(信行)を斬った場合、土田御前は生涯、殿を許さずに敵に回り続けます。遅かれ早かれ、斬る事になります。
土田御前を生かしておくつもりなら、勘十郎殿(信行)を殺さずに済ませてください」
この土壇場で、可近が信行の処分を甘くするように「縛り」をかけて来たので、林秀貞は歯噛みする。
「お主、本当に憎たらしい程に、頭にくる意見を出しやがるな」
否定も肯定もせずに、可近も頭に来ているので、嫌な質問をしてしまう。
「殿が戦場でノると、やり過ぎるのは、林さんの影響ですかね?」
「俺の所為にするのか?! アレを!? 俺の所為に?!?!」
「今のは冗談ですが…」
可近が林秀貞より先に、城主の間の襖を開く。
「この二人を、生かして殿の近くに置いてください。自分が止められない事でも、この二人であれば、止められる」
城主の間では、切腹の用意をしている信行と、介錯の用意をしている土田御前が、迷惑そうに可近を見返す。
「生かすか殺すかより、他国に亡命させるという選択肢が欲しかった」
信行のクレームに、可近は正直に答える。
「そういう事を、言う前に」
可近が、信行の前に座る、と見せかけて顔面に膝蹴りを叩き込む。
「要らぬ心変わりで、五百名以上の戦死者を出した不手際を、殿に直接、謝罪しに行ってください」
「やだね」
鼻から血を流しながら、信行が断る。
可近は猿轡を信行に噛ませ、両手を縄で縛り、そのまま肩に担ぐ。
可近は、自分の下腹に刀で狙いを定める土田御前に対し、礼を尽くす。
「殿に詫びを入れさせ次第、ご子息は五体満足で返却します。ご安心を」
そう言われても、土田御前が警戒を解かないので、可近は実行したくない策を口にする。
「自分は、明智十兵衛光秀の先輩です。信用してください」
「なんだ、みっちゃんの御友人でしたか」
土田御前が、刀の切っ先を、下ろして警戒を解く。
(みっちゃん?!)
(あの毒蝮、やはりこの辺に枝を伸ばしていたか)
可近は全身に鳥肌が立ったが、何かに八つ当たりとかはせずに笑顔を保ち、信行を運び去る。
土田御前は刀を鞘に納めると、重いので林秀貞に預ける。
「あの子にも、優しい部下が、いるのね」
「ええ、人並外れて、甘い奴です」
金森可近が信行を殺さずに置こうとするのは、信長との間の緩衝材として有効だからですよとか言わずに、林秀貞は言葉を返す。
「彼に仕事を頼むと、何事も優しく済みますよ」
この母と子の始末を、今後も可近に回すつもりの、暫定筆頭家老だった。
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