十六話 尾張いんちきシビルウォー(4)
信長が不人気になったイベントは、主に三つ。
一、後援者・斎藤道三の戦死
全国レベルで悪名を響かせた斎藤道三のバックアップが無くなり、美濃国が再び敵国になってしまった。
しかも、斎藤龍興は信長が大嫌いなので、積極的に敵対してくる。
信長さえいなければ関係修復出来るのになあ、という空気は、信行への支持率増加に向かった。
二、信長の弟・織田
色白の美少年・織田秀孝(十五歳)が川遊びに行くために馬で移動した際、家臣を引き離して目的地に『単独で』着いたタイミングで、非常に悲しい誤解が起きた。
同じく川遊びに来ていた、その地の領主・織田信次(信長の叔父)と家臣団が、単騎で馬に乗る美少年に対し、誤解に基づく判断をしてしまう。
「領主様の前で、馬を降りて挨拶しないとか、何様?」
当時の常識として、目上の人がいたら、馬から降りるのが礼儀である。
秀孝視線では、
「あ、叔父上がいる。挨拶に近寄ろうかな」
程度の認識であったろうが、下馬せずに目前で所属不明の美少年がウロチョロしていたら、警戒される。
周囲に家臣がいれば、若輩の秀孝に下馬を促し、非礼を詫びて退去しただろう。
周囲に家臣が侍っているのを見れば、織田信次側も氏素性を確認しただろう。
そうはならなかった。
当時の常識を弁えない美少年に対し、織田信次の部下が、威嚇の矢を放つ。
不審者の乗る馬の手前付近を狙った矢は、風に乗って、美少年に直撃してしまう。
即死。
近寄って顔を確かめると、ようやく織田信次側は相手が「織田信長の弟」だと識別した。
認識した途端、その場にいた関係者一同は、尾張国外へ逃げ散った。
自分の城も領地も捨てて、逐電した。
織田信長の弟を殺したのだから、当然の反応と思う。
ところが、この件に関しての信長のジャッジは、周囲の予測と大きく違った。
「他人の領内で、単騎で迂闊な行動を取った秀孝にも咎がある」
無罪判決。
織田信長は、この件で叔父を責めなかった。
誰も責めなかった。
この信長の無罪判決に対し、信行が真逆の有罪判決を下す。
織田信次が放棄し、残された家臣団が立て篭もる守山城(現・愛知県名古屋市守山)の城下町を、報復に焼き払った。
やり過ぎである。
織田信長は、報復の虐殺を辞めさせる為に、兵を動かした。
信行は兵を引いたが、家中は「報復をした」信行を支持した。
「報復を思い止まった」信長を、薄情と見做して不支持の者が増えた。
酷い時代だ。
三、信長の弟・織田
前述の信長の無罪判決には、下心もある。
報復を恐れてビビりまくる守山城の武士達は、穏便に済ませようとする信長に、城を明け渡す。
そういう事。
守山城の面々は、信長の弟・織田信時を城主に迎え、信長派として再出発。しようとしたのだが、信時がしくじる。
家臣の子を「特別に寵愛して」出世させようとしたので、守山城の旧家臣団から早々に見切られた。
赴任早々、調子に乗って、セクハラ。
そりゃあ、見切られる。
クーデターを起こされると、信時は切腹に追い込まれた。
守山城の旧家臣団は、ろくでもない城代を送って寄越した信長を見限り、先日まで自分たちを殺そうとした信行に付いた。
切り替えの速い人々だ。
以上の三つが起きた後、信行は軍勢を集めて信長への叛旗を明らかにした。
一見して可近の「いんちきシビルウォー」に乗った形だが、集めた兵力が信長の倍以上。
しかも信長の兵力を削る形で、挙兵している。
バランスが崩れて優位に立った以上、信行が事前の計画通りに「一戦してから、信長に降伏する」可能性が低くなった。
立場が逆なら、信長もそうするだろう。
可近の作戦と違い、本当に実力を示した上での、吸収合併になりそうである。
「もっと死傷者を、少なくしたかったのに」
愚痴る可近に、信長は揶揄うように、広言する。
「武器を向ける奴だけを、殺す。逃げたり降伏した者には、手出しをせん。どうせ、アイツらは全部、信長の物だで」
落ち込む可近を弄って、兵が集結し終えるまでの暇を潰す気だ。
「どの道、この程度の戦で死ぬ奴には、用は無えで。気に病むな」
この戦を、尾張兵の耐久試験のように捉えている、魔王レベル2くらいの信長だった。
過去一番、「妻と一緒に、三河に亡命しちゃおうかな〜」と思う、可近だった。
主人公のテンションは下がっても、他の同僚達は上げている。
「砦に接近中の敵を迎撃するより、こちらに引き付けて渡河させませんか? 敵の半数が渡河したタイミングで襲えば、数の差を激減出来ます。
ここに引くまでの
佐久間信盛(通称・退き佐久間)が、積極的に金森の作戦が崩壊した場合に備えようとする。
実際に半分崩壊しているので、可近は構やしない。
イヤミな中年武将には、涼しげな好青年武将が反論してくれた。
「双方の兵は、打ち合わせ通りに、引いてくれます。問題は、それでも残りそうな、林の軍勢です。柴田の兵は権六(勝家)譲りで義理堅く引いてくれるでしょうが、林の軍勢は…」
いつもマトモな話をしてくれるので、可近はニコニコと拝聴する。
「林は『根伐り』(皆殺し)で構いませんよね?」
可近が、顔を覆う。
可近の『いんちきシビルウォー』を逆手に取り、信長を排除する好機と捉えた林秀貞・林
可近には、キレている丹羽長秀を、止められる自信がない。
普通の人と違い、丹羽長秀はキレると決めたら、キレる。
つまりキレる。
信長が、直に止めない限りは。
「ダメだ。降伏したら、許す」
信長が、即、止める。
止めないと、今日中に信長の傘下に入る兵数が、大きく目減りしてしまう。
先程は「減った兵は金で雇える」と豪語した信長だが、抑えられる出費は抑えたいので、止めた。
「
この中で最年少の少年は、大人達の嫌な空気に飲まれずに、言い返す。
「大丈夫っすよ。丹羽さん程、キレ易くないし」
前田利家十七歳(通称・又左)、只今反抗期真っ盛りの若者は、マトモ人間型爆弾に対しても余計に反抗しちゃった。
「…今、かなり失礼な心情を込めて、返事しましたね?」
格下の小姓上がりの生意気を至近距離で浴びて、オフに戻りかけた丹羽長秀のキレスイッチが、オンに近付く。
「先に俺をナメたのは、丹羽さんです」
キレたら一番ヤバい人と、若手で一番血の気が多い少年が視線を合わせて火花を散らし始めたので、最強の人が割って入る。
「お前ら、喧嘩するなら、今すぐ帰れ。戦は、この森可成がいれば、事足りる」
森可成はそう言って、馬で渡河を始める。
信長はそれを見て、一同に渡河を命じる。
可近も、二人を放って、渡河を始める。
丹羽長秀と前田利家も、くだらない用事で合わせた視線を、切った。
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