十四話 尾張いんちきシビルウォー(2)
解説するまでもないが、斎藤義龍は織田信長が大嫌いだ。
「数寄屋橋交差点を全裸で三往復すると、織田信長は死にます」
という予言を聞いたら、実行しても不思議ではない程に、大嫌いである。
だから信長の庶兄・織田
側近たちが疑義を述べても、乗った。
織田
「他国から軍勢が押し寄せると、信長はいつも自らスピーディーに出陣します。信長が国境沿いの川岸まで到着した頃合いで、清洲城(那古野城から、北西に徒歩一時間半。この時点での信長の本拠地)を乗っ取ります」
そんなに簡単に、乗っ取れるのかという疑問に、信広は力説する。
「弟(信長)は自分を、いつも後詰めで使います。自分が裏切れば、清洲城は容易く落ちます」
「はい、採用! 軍勢出して!」
小競り合いだと信長が出て来ない可能性が高いので、本格的な侵攻に見えるよう、一千名の軍勢が繰り出された。
斎藤義龍はノリノリだが、率いる美濃の武士たちは、半信半疑。というか、胡散臭い計画なのでやる気が出ない。
信長を清洲城から誘き出すだけなので、川岸まで遠足して待っているだけでいい計画なのだが、やる気が出ない。
斎藤義龍は、父・斎藤道三を殺して以降、酒浸りの状態である。
まあ、はっきり言って、上司としては期待が持てない。
有能極まりない先代が、
「無理ゲー。次世代は、織田信長に降伏して生き延びるのが吉」
と公言しちゃっているし。
実際、川の向こう岸には、自ら率いてきた軍勢を背景に、織田信長がガン見している。
美濃の現リーダーと違って、酒に溺れないし(飲めない)、自ら陣頭に立つし(せっかち)、金払いが良いし(祖父の代から貿易港のオーナー)。
涙が出ちゃう程に、上司のスタイルが、真逆。
そんな感じでやる気が微塵もない美濃の軍勢に対し、信長は…
織田
普通は、留守居役の武将が歓迎して、どうぞどうぞとお茶を出して持て成す。
だって、信長の兄貴だし。
粗略には扱えない人である。
斎藤龍興との打ち合わせでは、持て成しに出てきた留守居役を殺し、清洲城を乗っ取ってから狼煙を上げて美濃の軍勢を引き入れる段取りである。
ところが清洲城は城門を閉ざし、織田
城下町の町人たちまで総動員で、迎撃の用意あり。
味方への対応では、全然ない。
「はい、バレています。プランAは破棄。プランBに移行する」
織田
織田
既に信長の軍勢は引き返しているので、安心してダラダラと帰路に着いた。
こういう次第で美濃側は、信広に一切、期待しなくなった。
以後の信広は、良い兄貴分として、織田家のアットホームな部分を担当する。
そういう人だと知れ渡ると、外敵は二度と彼を誘わなくなった。
信長は清洲城に戻るや、居留守役を務めた佐脇藤右衛門を真っ先に呼んで労う。
今回、清洲城の守りに徹して、双方に「うち合わせ通りの行動」を守らせたMVPである。
信長が佐脇を一言誉めた後で、茶室に移って可近が茶の湯で持て成す。
この件は、ここからが本番だ。
「偶発事故が起きなくて、良かったです」
茶を入れて労いながらも、佐脇藤右衛門の顔色を検分して、本当に偶発事故が一切全く微塵も起きなかった事を確認する。
もう少し詳しく言うと、この『クーデター未遂ごっこ』の最中に、本気で敵対行為を取った者の割り出しである。
「大丈夫。倅の藤八郎が、単独で出撃して、大将首を狙いに行こうとしただけです」
どうせ目撃者が多いので、佐脇は庇わずに言っておく。
庇うと、信長タイプは高確率で、同罪扱いにして怒る。
「…そんなに血の気が多い?」
「前田利春の子だから、分別のある武将になるだろうと養子にもらったのになあ。あそこの子供達、後から生まれた奴ほど、キレ易いかも」
「じゃあ、殿の小姓にしておいた方が、良いかな?」
「なら、面通しを。連れてきますから」
佐脇藤右衛門は席を外すと、十秒後に簀巻きにされた倅を、武家娘と一緒に運んで来る。
用意がいいというか、最初から押し付ける気だ。
十五歳くらいの武家少年は、簀巻きにされながらも目をキラキラさせて可近を見返す。
「謝りませんよ。敵の大将首が視界に入ったら、狩りに行くに決まっているじゃないか!」
週刊ヤングジャンプ辺りを、読み過ぎている少年のようだ。
「指揮官の指示なしで出撃した場合、普通は処罰します。指揮官を無視する武士は、邪魔ですので。邪魔である以上、念入りに処罰します」
「…あの、うんと、若者の若気の至り、だし」
「見せしめに処罰します」
言い訳をする癖が抜けないと、信長の至近距離は危ないので、可近は小姓に推す前に教育するつもりだった。
佐脇が簀巻き息子を運ぶのを手伝った武家娘が、『処罰』の単語に過剰反応して乱入する。
「旦那様を処刑しないで〜〜!!」
新婚生活一ヶ月目の新妻・
「子供を三人作るまでは、堪忍してください、堪忍してください」
旦那が長生きするとは、思っていない想定で家族警戒を立てているような気がする新妻さんだ。
「処刑じゃなくて、処罰です」
「…可能な限り、軽めので、お願いします」
「処罰は名目で、小姓としての教育をします」
「それこそ処罰でございます。小姓では、忙しくて子作りする暇もありません。ぜひ、普段は役目のない、ただの一武将として使ってくださいまし」
「分かります」
可近もそういう適度に暇な人生を送りたかったので、共感はする。
「でも処罰します」
めっちゃ嫌な顔をする新妻・
「さあて。小姓になるのと、城代の見習いでいるのと、何方の処罰がいい?」
「金森さん。俺にとっての一番の処罰は、妻の尻に敷かれる事です」
「あ、そう。小姓コースだね」
「本気にしていない〜〜」
被害者ぶって惚気る佐脇
「まずは台所で、小姓が執り行う雑務を覚えてもらいます」
「そこからか〜」
「害のない摘み食いの仕方も、教えよう」
「ご教授、ありがとうございます」
結局、処罰とか教育的指導を言い訳に、楽をして時間を潰そうとする金森可近の通常運転だった。
台所に移ると、金森可近は、台所奉行を探して話を通そうとする。
探す前に、台所奉行の方から急接近し、金森可近の前で膝をついて礼を尽くす。
「はい、金森様、小姓になる新人様の教育だで? さささ、好きにお使いください、ザ・台所奉行の藤吉郎が、全てフォローしますので」
「相変わらず、耳が早いですね」
「そうけ? 自覚はにゃあけど、そうかもしれねえだぎゃあ」
ドヤ顔で謙遜しつつ、夕食の後始末をしている台所で、猿面の台所奉行は陽気に金森と佐脇を持て成す。
「あ、これ余り物の豆腐だで、食べて、食べて」
新しく清洲城の台所奉行になってマメに働く猿面の若者が、豆腐の入った椀を二つ、差し入れする。
「廃棄予定の品だで、横領と違うで? 気にせず食べんしゃい」
「頂きます」
藤吉郎が、横領なんて真似をしない人だと知っている可近は、普通に椀を受け取る。
「いただきます」
佐脇良之も、金森が平気で食べて済ますのならと、受け取って食す。
「どうでえ? わしが持ち帰って、遊女にサービスさせる為に使うつもりだった豆腐の味は?」
可近は軽く笑って流したが、佐脇の方は咽せってしまう。
ザ・台所奉行の藤吉郎が、その後どこまで出世するかなんて、露知らず。
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