十三話 尾張いんちきシビルウォー(1)
ものすごく意外に思われるであろうが、織田家は三年間、平和だった。
領地の境界線沿いの小競り合いは、ある。
が、
信長が出向かなくていけないような戦は極端に少なくなり、信長の子作りが軌道に乗った。
正妻・帰蝶以外との子供ばかりだったが、正妻・帰蝶の養子という形を取り、養育は一本化。
男女均等に量産し、確認されただけでも生涯で二十七人、未確認を含めると、三十六人に達する。
全て、正妻・帰蝶以外の子供である。
「
信長が外出して金森可近が清洲城に留守番で居残っているタイミングで、帰蝶が薙刀を持参で殴り込みに来た。
「お前、ノブにスペシャルな避妊の仕方とか教えたりしたか? 帰蝶だけ孕まないとか、怪奇現象なんですけど? ノブ、抜かずの三発派なのに、おかしいだろ確率的に。白状しろ」
居残り組に茶を振る舞っていた金森可近は、これは本気かプロレスごっこの前振りか悩む。
「可近の嫁も孕まないから、避妊しとるんだろ、このやろ」
「孕んでいます、流れただけです」
思わず睨みながらマジ返答してしまったので、帰蝶がフライング土下座する。
「誠に、すみませんでした! 石女の無責任な責任転嫁でした! 帰りますから、追撃しないでください!」
「殿に仔細を話して、追撃をお任せします」
「ぐぎゃあ!?」
そんなイベントが発生するくらいに、ダラけた雰囲気だった。
更に平和になるかと、錯覚もした。
今川の軍師・太原雪斎が死去し、尾張・三河国境での小競り合いも、小康状態の方向に。
尾張を取り巻く戦況は、パワーバランスの取れた、凪の状態だった。
弘治二年(1956年)四月。
信長にとって好意的な擁護者である斎藤道三が、殺された。
死因・息子の斎藤義龍との不仲。
織田家の平和な三年間は、終わった。
以後は真っ逆さまに、戦国時代のジェットコースターに乗る羽目になる。
斎藤道三が息子の義龍に殺されるフラグは、織田信長との会見以降に、危険水域にまで達していた。
ただでさえ毒殺・謀殺・下克上が通常技の男である。
不人気・不支持率は、噂の大馬鹿野郎・信長への肩入れで頂点に達した。
道三「なあ、婿殿。美濃で開発した胴丸(足軽向け軽量鎧)が余っているから、あげる」
信長「…あざーす」
道三「うちで燻って冷飯食っている人材を紹介しとくわ。貰ってくれ」
信長「あざーっす」
道三「遺言状に、美濃は婿殿に任せると書いとくわ」
信長「それ死亡フラグというか、美濃の人々に殺されたいの義父殿?!」
信長の方から心配する程の、義父からの深情けだった。
道三としては、
「どうせ次世代は信長の一人勝ちだから、好意的に合併吸収されようぜ」
という腹積もりなのだが、先見の明がない人々からは、利敵行為にしか見えない。
大規模なブーイングの末、道三は嫡男・
家督を譲っても引退はしないので、死亡フラグは更に溜まった。
家督こそ義龍に譲ったものの、他の息子二人を盛り立てて、何時でも政権交代出来る用意を整えた。
その段階で、義龍は父親譲りの非情さを発揮した。
稲葉山城で仮病で伏せり、見舞いに訪れた弟二人を、
流石の道三も、大桑城(稲葉山城から北に徒歩四時間)に逃げるしかなかった。
春になるまで、父子は戦力の募集に努めた。
斎藤道三側 二千七百名
斎藤義龍側 一万七千五百名
六倍以上の差が付いた状態で、「長良川の戦い」が始まった。
長良川を挟んで対峙する斎藤父子の開戦は、義龍の先手で始まる。
これだけで普通は詰みそうな気もするが、倍以上の兵力に突撃されたというのに、斎藤道三は撃退に成功。
率いた竹腰道鎮も討ち取ってしまう。
メジャーな戦国大名の、面目躍如たる緒戦だった。
斎藤道三の勢いは、そこで尽きる。
倍の兵力を破る為に、全力を尽くした頃合いで、義龍自身が本陣を動かして全軍で攻めて来た。
軍勢は崩れ、斎藤道三は討ち死にした。
その時、織田信長は…
「退く」
近くの川原で陣を敷き、道三が撤退するなら
三年間、実の父よりも高評価をしてくれた義父を助けられず、激しい悔しさに身を焼きながら撤退を開始する。
その逆に三年間、実の父から低評価を受け続けて廃嫡の危険すら味わった斎藤義龍は、織田信長へ兵を向ける。
十倍以上の軍勢から殺意を向けられて、織田軍の逃げ足が加速する。
先代の織田家当主なら、雑兵のコスプレに着替えて逃げようとするだろうが、信長はこの撤退戦で兵力の損害を最低限に抑えようと奮闘する。
強者揃いの側近たちと肩を並べて、最後尾で斎藤義龍の軍勢を遅らせる。
数名の側近が討ち死にし、側近中最強の森
「退けやっ!!」
目的を達し、信長たちも川を目指す。
川岸には、金森
本来は斎藤道三を速やかに尾張まで逃す為の備えだったが、信長用に使う事になった。
ただ待っているとサボりだと言われるので、用意していた弓矢・鉄砲で立て続けに信長の背後を追う敵兵を斃す。
側近たちは信長を舟に乗せると、その周囲を固めて防御に徹する。
「貸せや」
信長は舟に乗っても、可近に弾込めをさせて鉄砲を撃つ。
手柄を逃すまいと川に入って舟を追おうとした騎馬武者が、次々に狙撃される。
他の騎馬武者たちが諦めて帰るまで、信長は川の真ん中から狙撃を続ける。
仕方ないので、側近たちも弓矢や投石をして、川の中に踏み留まる。
「あのう、すんません。自分、膝を斬られているので、舟に上がっていいですか?」
森
馬は既に失っている。
「許す!」
信長が許したので、森
その拍子に、鉄砲(火縄銃)に水をかけて、湿らせてしまった。
それをやらかしたのが他の武将なら、信長は蹴るか殴るかして、怒鳴りつけていたであろう。
「潮時だで」
信長は、それを撤退した方がいい兆しだと、受け取った。
可近が舵を尾張に向けると、森
「美濃は今回の内輪揉めで、兵力を五千人以上減らした。当分、まともに攻めて来ない」
信長は、軽く頷いた。
可近も頷きながら嬉しそうなので、森可成は尾張でも内輪揉めが近いと察した。
三年前に金森可近が仕込んだ策を、森可成はまだ覚えている。
あまりにも恥ずかしい作戦だったので。
「なあ、
「はい。自分の策なら、戦死者五百名以内で、尾張を統一出来ます」
森可成は金森可近の宣言に笑ってしまったが、信長の方は澄ました顔で、川岸の美濃から視線を外さなかった。
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