十一話 平手政秀は何故、死んだのか?(3)
そういう方向に話を持って行こうとする『美濃の蝮』に対し、織田信長は涼しい顔で答える。
「平手政秀を弔う為の菩提寺を、建立する」
信長は、目線で
『話を合わせるだぎゃあ』
「場所も、既に定めてあります」
信長は、喉を休める為に代わりに答えろや、という意味合いで、
だが、苛立ちで脳が煮えそうだった。
(無茶振りするな〜〜!! 面倒だからって、途中で蝮の相手を、健気な部下に振るな〜〜!! 真犯人に辿り着きそうなのに〜〜)
脳内でサイコパス下戸野郎を罵倒しつつ、菩提寺を建立する候補地を、思い付く。
「小牧山の南にある、小木村に創建します」
この頃は地価が安くて、人通りが少ない。
丁度良く寂れているので、寺を建立するという話を持ち掛ければ、反対はされない土地だ。
「寺の名は?」
毒気を抜く方向に話が流れそうなので、『美濃の蝮』は食膳係(可近)に矛先を向けて、ボロを出させようとする。
「
「字は、清いに秀か?」
清秀は、平手政秀の初名である(トリビア)
「
「これは、上総介様が、政秀様を偲ぶ為の寺です。故に、絆の深い政秀の字を冠したいという、上総介様の存念です」
『美濃の蝮』が、可近と信長の顔を、同時に検分する。
「ふむ、道理だ。政秀寺で、よいな」
歴戦の曲者は、平手政秀の切腹に関して、信長が『蓋をして弔う』方針で固めていると納得してくれた。
代わりに、信長の盾にされて、すらすらと最適な発言をした食膳係(可近)に関心を寄せる。
「此奴、便利だな。婿殿、幾らなら売る?」
「美濃の領地を、三万石割譲」
「高い!」
抗議しつつ、可近の顔をガン見して観察する。
「で、婿殿、この者の、名は?」
「金森
「加納口の戦いで、主君を盾にして逃げた若造じゃな」
斎藤家・織田家の家臣たちが、爆笑する。
アホな噂を揉み消そうと、
「違います。美濃の武士たちが、自分よりも大将首を狙っただけです」
「違う。わしはあの時、両方を射させた」
斎藤家の家臣団が、爆笑を止める。
「だが、家臣たちは欲に目が眩んで、主命を軽んじた。これ程の者を、討たずに逃すとは」
家臣団が、恥じて俯く。
「私は金森先輩を狙いましたけどね。首元を。一撃で楽にしてあげるつもりでした。風で外れましたけど」
明智十兵衛光秀が、一人だけ責任回避を図って、その場にいる99%から白眼視される。
その有り様を見て、
(ああ、こいつ美濃で居場所が無いから、平手殿の後釜に座る腹か。させないけど)
問い糺して、平手政秀を切腹に追い込む為に『どこまで手を回したのか』を確認したい
「まあそのお陰で、美味い茶漬けが食えたから、いいとしよう」
斎藤道三は、
「このわしに、毒見をさせようと思わせぬとは。平手政秀も、そういう男だった」
涙目を堪える信長に、舅は忠告する。
「手放すなよ。思いの外、稀有な人材じゃ」
可近は褒められたけれど、
(やめろ〜〜、自分を平手殿のポジションに据えようとするな〜〜、部下はやれても保護者は無理だ〜〜、面倒事を増やすな〜〜)
と、斎藤道三に嫌な顔をして抗議した。
そこは無視された。
信長も無視した。
「殿。
わざわざ相手側にも聞こえるように言い残して、金森可近は
意味を察して、明智十兵衛光秀も、
「ありがとうございます、先輩。十兵衛ちゃんが漏らしそうなのを察して、トイレタイムを自ら率先するとは」
「おお、それは大変。先に入っていいよ」
「かたじけない」
「どうぞどうぞ」
個室に入って袴を外し、踏ん張りながら可近からの質問責めを待っていると、明智十兵衛光秀ちゃんは尻拭き紙(トイレットペーパー)が個室内に存在しないと気付く。
こういう時に備えて懐に入れていた懐紙も、失くなっている。
「先輩、もっとスマートでエレガントに尋問されたかったです。失望しました」
「平手殿の切腹に、何%責任を感じる?」
「感じません」
「会った時の会話を、言ってみろ」
「一度しか会っていませんよ」
「言え」
「雑談の最中に、『平手殿程の方が一命を賭して言上すれば、どんな願いも叶いますね』と言った事があります。と言えば満足ですか?」
「その程度の戯言じゃあ、満足しない」
明智十兵衛光秀は、用を済ませてから、尻拭き紙を得る為に話しておく。
「尾張の将来の選択肢、について話ましたよ。
信長ルートだと、尾張の統一は可能ですが、際限無く戦を続けて修羅地獄。
信行ルートだと、尾張を統一しても今川に対抗出来ないので、第二の三河になる植民地ラスト。
現状維持ルートだと、信長&信行はマイナーな地方領主兄弟として一生を終える小さな幸せエンド。
平手殿は、信長ルートを信じて腹を召したようですね。
てっきり小さな幸せエンドを選ぶと思ったのに。
で、先輩。
この話をした十兵衛ちゃんの責任は、何%とお考えですか?」
「たいして責任は負っていない。もういいよ」
可近は尻拭き紙と懐紙を戸の隙間から返却すると、ついでに訊いてみる。
「尾張での内乱扇動は、やめとけよ」
「責任転嫁しないでくださいよ、先輩。尾張は三代続けて、織田家の内乱日和。
どの勢力も、自ら進んで、隣国に援軍を頼んでいます。
責任転嫁はしないでくださいよ、先輩」
「するよ。とりあえず、十兵衛のせいにする。全部、お前のせい」
「酷い先輩だ」
酷いと言いながら爆笑する後輩の感性に、可近は距離を取る。
明智十兵衛光秀と一緒にいるより、信長と道三の間に挟まれている方が、楽だと感じた。
明智十兵衛光秀が個室から出て手を洗っていると、物陰から七歳くらいの幼い子供が、するりと出て来る。
武家の側近として恥ずかしくない正装だが、雰囲気の剣呑さが、尋常ではない。
親の仇を目前にしているような佇まいのまま、明智十兵衛光秀を問い糺す。
「あの男は何故、明智殿を殺さなかったのですか? 好機だったのに」
「物陰からそんなに殺気を出していたら、手出しなんかしませんよ」
「殺気ではありません。見積もりでは間に合わないと判断したので見捨てて、主人さまに明智殿の首だけでも厠の底から回収してお届けしようと、気合いを入れていただけです。勘違いしないでください」
トイレの底を漁る作業を想定して、無理にテンションを上げているだけだった。
「先輩は、そんな悪趣味な事は、しませんよ」
「その先輩とやらの普段の行状は知らぬが、明智殿の遺体処理に関しては、そうなる気がする七歳児」
「
人を殺して『ご褒美』を貰える案件のない場所には、全く興味が湧かない、死神のような新キャラだった。
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