第2話

 高校生1年4月

 受験勉強を真面目に頑張った部類ではなかったため、僕の高校はお世辞にも誰もが行きたいと言う学校ではなかった。男子校であり、印象として派手目な人は少なく、静かな人が多い。僕にとって1年生は小学、中学の経験を含めて3度目だ。無論、学校生活で今最も慎重にならなければいけないことは友人作りとクラスでの位置づけである。これらの関係性を良好にするにあたり、してはいけないことがある。それは自分がカッコいいと勘違いして得意げな笑みを浮かべ虚勢を張って調子に乗ることである。そうなってしまうと周りは離れていく、友人作りやクラスのポジションは些か自分の思い通りにはいかない。そこでとるべき行動は傍観者及び観察者に徹することだ。何事も最初は静から入るのがいい。そんな考えで向かえた授業初日の昼休み、自宅から持参した弁当を独りで食べようとすると

「食堂に言ってみいひん?」と話しかけてきた奴がいた。見ると小中学校が同じ高橋だった。身体は目測で180センチはあり、横もある程度しっかりしている。この学校には珍しく積極的な人物のようだ。高橋とはこれまで同じ学校であったが、会話する機会に恵まれなかった。もちろん、同じクラスに顔見知りがいるのは知っていたが高橋は怖い顔をしていたので話しかけ辛かった。

「え、うん、いいよ」

少し迷ったが行くことにした。やはり慣れない環境で独りはどんなに気取っていても辛いものがあったからだ。僕は傍観者にいることをすぐにやめていた。

「よし。早くいかんと食堂が混むから行こうか。」

高橋の元気のいい言葉に促されて広げていた弁当箱をしまって、食堂に向かうことにした。教室を出てすぐに高橋は「もう一人誘いたい奴がいる、同じ中学校出身でおもろい奴がおるねん。ついでにいいか? 」と私に尋ねた。拒否するのもおかしな話なので構わないと答えた。高橋はカリスマ性があるのだろう。話して少しだがそれがうかがえる。高橋は隣のクラスに入り、誘いたい人物を探した。

「佐藤! 食堂行こう! 」

声がデカイ、僕だけではなく周りもそう思っただろう。しかし向こうからその大声に動じることもなくスキップしてこちらに向かってきた奴がいた。見たことがある顔だ。見かけは私と同じ一七〇センチ程度、体格はちゃんと食べているのかと言いたくなるぐらいの痩せ型であり、髪型も校則ギリギリまで伸ばしており、黒縁メガネを着用している。彼とは中学一年の時、同じクラスになったことがあった。だけど、そこまで話したことはなく、他のクラスメイトと映画の話をしている印象がある。

「久しぶり」これまた元気よく佐藤君は答えた。

「今、俺と鈴木で食堂に行こうとしているけど、佐藤もどう? 」

佐藤君は少し戸惑って僕の方を見た。佐藤君の手には購買部で買ったパンを持っている。「もし、迷惑でなければ行こうや。僕も弁当を食堂で食べようとしているから」

そう言うと佐藤君は頷いた。食堂に着くと学生たちでごった返していた。特に僕たち新入生らしき団体が多い。食堂に来るのが遅かったのだと私たち3人は思った。

「席空いたら取っとくよ、高橋は食堂で何か飯買うやろう? 」

佐藤君は高橋に定食を買うよう順番まちの列に並ぶように促した。高橋は少し迷った後にありがとうと告げてゾッとするくらいの列に並ぶことにした。

それからは空いている席がないかと思い佐藤君と僕は別々の場所を探すことにした。すると学生が席を空けるのに気がついた。僕は誰にも気づかれないように空いた席に近づき素早く座り込んだ。少し達成感を感じた後、佐藤君の姿を探した。佐藤君はよくやったと言わんばかりに親指を立てていた。高橋を待っている間、佐藤君と話すことにした。

「ごめんな、急に誘って」

「ううん、こちらこそありがとう。高橋と鈴木は仲が良いの? 」

「いいや、今日初めて話したよ。佐藤君は高橋と面識はあるの? 」

「一応、同じクラスになったことあるし、多分、同じ学校出身の誼で誘ってくれたんだと思う。」  

やはりそうかと思った。入学初日なんてものは大抵の人は知らないし、その中で知っている人間を誘った。高橋にすればそれだけのことなんだろう。それでもそういった気遣いは僕のような引っ込み思案には嬉しい。

「いい奴だな、高橋って」僕は佐藤君に素直な感想を告げた。

「高橋は大家族の長男なんやって、面倒見が良いってクラスでは人気者だったんや」

そんな会話をしていると高橋がうどんを持ってやってきた。

「すまんな。二人とも忙(せわ)しない食事になってもうて」高橋が申し訳なさそうに言ったが

「全然、問題ないって。独りで食って時間持て余すよりマシよ」

佐藤君が返してくれた。僕も頷いた。

「お前ら優しいな、そういえばみんな趣味とかあんの? 俺はキャンプとかするのすきゃんねん」

うどんをすすりながら質問してきた。佐藤君が回答を考えている様子なので先に答えることにした。

「絵を描くこと」

僕はずっとノートに漫画を描くのが好きだったからそう答えた。本当はこれといった趣味があるわけではないが強いてあげるなら落書きレベルの絵を描くことだった。

「へー、すごいやん。俺は絵とか全然ダメなのよ。だから描けるやつが羨ましい。」

「うん、本当に! 後で見せてーや。部活は美術部に入るのか? うちの中学には美術部なかったし」

「ありがとう。そう、部活、美術部にしようと思ってんねん。」僕は歯切れ悪く答えた。確かに美術部には入ろうかな程度には頭にはあったけどいざ踏み出す勇気がなかったのだ。

「佐藤君は何か趣味あるん? 」

話を変えたくて佐藤君に話を振ることにした。

「僕はね… 内緒。強いていうなら秘密工作かな。」

何を言っているのか全然理解できなかった。僕は困って高橋の方を見た。

「すまんなー、鈴木。こいつ、こういうやっちゃねん」高橋が佐藤に対して毒を吐いた。

「いやいや、こういう奴ってどういう奴だよ」

そんなことしているうちに昼休みが終わるチャイムが聞こえた。僕らは慌ててそれぞれの教室に戻った。

 それから暫くの間、3人で昼食を取ることになった。友達になるにも時間は掛からなかった。佐藤君に対して敬称をつけて呼ぶことはしなくなった。出会った当所の話題はどの部活に入るか。美術部に入ることを迷っている僕に二人は背中を押してくれた。二人の部活動は高橋がラグビー部、佐藤が生徒会にそれぞれ所属していった。そのうち各々の部活仲間や委員会の同学年連中といる時間が長くなり、共に昼食をとるのは夏休みに入る手前くらいで終わった。その後は新しい友達と共に昼食をとるようになった。それでも定期的に集まる機会を高橋は作ってくれた。3人で集まって遊ぶとなると佐藤が一番はしゃいでいた。無意味な遠出や、生徒会室での鍋会、服を着たまま川に飛び込むなど佐藤がどれも最初に言い出し、実行した。高橋はそれを楽しそうに笑い、高橋自身も佐藤の奇行に続いた。最初のうちこそ佐藤の行動にひいていたけれど、あるとき何かが吹っ切れて一緒に楽しむことができるようになっていた。3人とも別々のクラスのグループだったが、不思議とあえば楽しむことができた。即席で作った友達にしては仲は良かったと思う。


高校生2年9月

 美術部にもなると様々な展覧会に出展することになる。その中の一つに建築模型の展覧会があり学校の文化祭と時期が重なっていた。事前にクラスの小道具の準備や出展会のお題の“理想な家”が出されていたので先に下準備をすることにした。余裕で提出できるように自分の中で調整はしていた。しかし予定通り物事は運ばないもので、高校2年時のクラスは僕と佐藤が同じクラスの2組、高橋だけが違うクラスの3組という具合だった。高橋のクラスには美術部員がおらず文化祭の出し物の看板や小道具にイラストを描く人間がいなかった。絵心のないクラスの3組はよそのクラスの美術部員に手伝いを依頼できないかとなり、高橋を通して僕のところに発注依頼がきた。高橋の頼みを断りきれずに3組の出し物の準備もすることになった。文化祭準備期間の僕は多忙だった。佐藤が手伝うと言ってくれたが、佐藤には生徒会会員ということもあり、文化祭実行委員とのやりとりで忙しい。僕は構わないで佐藤の仕事に集中しろと言った。自分のクラスとよそのクラスの準備は手と頭が何個あっても足りない。それでも満足感は満たされていた。自分のクラスにはもちろんその他クラスにも頼りにされ感謝される。今までそんな経験はなかったからだ。交友関係は広い方ではなかったがいろんなところでコミュニティを作るのも悪くないと感じた。

そんなこんなで文化祭も終了し、クラスは打ち上げをしようということになった。しかし僕はそれを断り美術部の作品に専念することにした。学校では夜に作業ができないので模型の材料を数週間前から自宅に持って帰り、自宅で僕の考える”理想の家”の模型に取り掛かる。それでも期限ギリギリだ。それに完成しても模型は大きくて脆いから抱えて運ぶのは難しい。そんなことを高橋と佐藤にぼやいたことがあった。高橋は僕の背中を叩いた。

「任せろ。完成して会場に運ぶ日程が決まったら俺に連絡してくれ」高橋には策があるのがわかった。僕は模型制作に取り掛かるため、運搬は高橋に任せることにした。完成したのは提出期限の当日だった。直ぐに高橋に連絡し

「向かいにいくから家の場所を教えてくれ」連絡が返ってきた。家の住所を教え高橋を待つことにした。数分後、遠くの方に高橋が自転車を推してきているのがわかった。それと並走して佐藤が台車を押している。

「これで運ぶから模型と一緒に乗って」

佐藤がどこで調達したか不明の台車に僕は模型を持ちながら乗った。高橋は自転車を漕ぐ係で佐藤は自転車の後部座席に後ろ向きで座り台車の取手部分を手で掴み、出展会場まで走り出した。1時間ぐらいの道のりだっただろうか。

自転車がカーブにさしかかるたびに、高橋がどちらへ曲がるか声かけ合図をした。佐藤は台車と僕の重さで腕がつらそうだった。何度か自転車ごと倒れ落ちそうになった。僕は恐怖を感じながらも模型を守ろうと必死だった。恐怖に耐えながら顔あげると2人の辛そうな姿が目に入り

「もういいよ。」

と思わず口にしてしまった。そうすると佐藤は

「お前の模型すごいなー、俺すっきゃで」

高橋もつづいて

「ホンマになー、さっき台車に乗せる時チラッと見ただけやけど凄いもんつくるな、ホンマに建物とか作る人になったらいいんとちゃう」

「言えてる。なれるで、ホンマに」

「ホンマに!? なれるかな? 」

このとき僕は初めて何かに向いていると他人に言われた。

そして何度か転倒する危機を乗り越えて出展会場にたどり着いた。美術部の顧問に自転車と台車を引いている高橋、佐藤、僕を見られた時は本気で怒られた。

「こんなことするなら、俺が車で鈴木の家まで取りにいったぞ」顧問がそう言ったとき「あ、その手があったか。」と失敗を恥じた。でも楽しかった。これだけは間違いなかった。

2人の言葉がきっかけで僕は建築関係の仕事に興味を持ち始めた。

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