051.逃亡
セリスがヴァルガンによって人質にされた!
「すみません聖女様! 不意をつかれました!」
グレゴリオが今も聖職者たちを相手にしながらアルトに大声でそう伝える。セリスが捕まっているのはグレゴリオたちとは随分離れた場所だ。どうしてあんなところで人質にされている?
「おにいちゃんごめんなさい。おにいちゃんが心配になってそれで──」
「黙りなさい。耳が汚れます。口を落としてあげてもいいのですよ」
「いや!!」
「やめてください!」
そうか。セリスはアルトを助けたい一心でアルトに近づこうとした。そこをヴァルガンにつかれたのか。
「おっと。近づかないでください。剣も置いて。この獣がどうなってもいいのでしたら別ですがね」
「……わかりました。なのでセリスには何もしないでください」
ヴァルガンに近づこうとしていたアルトは立ち止まり、双剣を地面に落として両手を上にあげた。その顔には胸を痛めているような表情が浮かんでいる。
「よろしい。ではそのまま王太子様の方へ向かいなさい。王太子様。アルトさんを殺してください」
「捕らえるので良いのでは?」
「今のあなたに捕えられるとは思いません」
「……わかった」
アルトがアーサーの前で立ち止まる。アーサーが剣を振り上げる。
万事休すか!? いや大丈夫だ!
『アルト! よけて大丈夫!』
「隙あり! アルト! 取り返した!」<隙ありだね! アルト! セリスは取り返したよ!>
「この裏切り者が!」
アルトがアーサーの剣を間一髪倒れ込んで避ける。
見ればヴァルガンが地面に転がって何事か叫んでいる。ノーアがセリスを奪い取ってヴァルガンを突き飛ばしたみたいだ。ノーアがセリスをおぶった状態でアルトに向かって走ってくる。合流するつもりだね。
「スペイシャルコーアディネイト」
アーサーがアルトの体に触れ、耳元で小声で呟いた。魔法の詠唱? それにしては何も効果を発揮してないように感じるけど。いやそんなことより!
『アルト! ノーアと合流! 逃げるよ』
『グレゴリオさんたちは!?』
『余裕がない! 彼らはAランクだから自分達でなんとかするよ!』
多分。きっと。
『わかりました』
合流してノーアがアルトを横がかえに持ち上げた。いわゆるお姫様抱っこだね。
「ノーアさん!」
「仕方ない。これが効率的」<しょうがないよ。〈隠密〉の効果を発揮するにはこれが一番効率がいいんだから>
ノーアたちの影が薄くなった。〈気配遮断〉と〈隠蔽〉を使ったみたい。ヴァルガンも聖職者たちもノーアたち3人を見失っている様子だ。やっぱりノーアの隠密は人にとってはかなりの効果を発揮するね。
ただ、アーサーはこっちの方を向いている。多分ノーアたちのことに気がついてる。だけど追ってくるつもりはないみたいだ。
アーサーがなぜ追ってこないのかは気になるけど今はこの状況を切り抜けるのが先決だよね。
ノーアは二人を抱えたまま人の波を縫って戦場から抜け出した。
◇◇◇
「アリアさんを助けにいくべきです」
「余裕がない」<そんな余裕はないよ。アルトとセリスだけで精一杯>
アルトとノーアはアリアを助けるに戻るかどうかで言い争っていた。ここはヴァーディアンをから少し北にでた街道近くの森の中だ。
その間、セリスは黙ったままだ。自分の軽率さでアルトを危険に晒してしまったことを悔やんでいるのかもしれない。
話を元に戻すとわたしもノーアに賛成だ。アリアを助ける余裕はないと思う。多分アリアはヴァーディアン都市内にあるハモニス教会の牢獄の中にいるはずだからね。アリアを助けにいくならもと来た道を戻ってヴァーディアンに向かうことになる。おそらく大量に探索隊が出ているそこにアルトが向かったら鴨がネギを背負ってきたみたいなものだ。
だけどアルトのやりたいことはなるべく叶えてあげたいとも思う。わたしはアルトに甘いのかな?
『わたしもアルトがアリアを助けにいくのは危険だと思う』
『セイさんまで!』
『だからノーアに1人でアリアを救出してもらおう』
『ノーアさんだけで、ですか?』
『うん。ノーアだったら〈隠密〉が使えるから見つかりにくいし〈気配察知〉もあるからアリアを見つけやすいと思う』
本当はノーアにはアルトたちについていてもらいたい。だってノーアがいれば最悪敵に見つかっても〈隠密〉で隠れることができるからね。ノーアの有用性は高い。だからノーア1人でアリアを救出してもらうのは次善の策だ。
シルヴァがいればまた別なんだけど。そういえばシルヴァはすぐ戻ってくるとか言ってたけど一向に帰ってくる様子がない。何かあったのかな?
まあ話を戻すとノーアの方がアルトよりアリア救出という面では優秀だ。むしろアルトとセリスが一緒に救出に向かう方がリスクは高いと言える。
はっきり言ってしまえばアルトたちはノーアのお荷物以外になりえない。まあ、これはアルトには伝えないんだけど。
『というわけなんだけど』
『わかりました。ノーアさんと相談してみます』
「ノーアさん1人でアリアさんを助けることはできますか?」
「ん? できるけど?」<うん? できるけどアルトたちはどうするの?>
「こっちは二人でなんとかします」
「心配」<心配なんだけど>
「大丈夫です! こう見えてもぼくも強いですから」
アルトが双剣を空間から取り出して見せる。セリスが人質になったときに落とした双剣だけど異空間に収納して回収済みだ。なぜアルトが剣を取り出したのかはわからない。強いよアピールかな?
「一人で牢獄破りをしてもらうのは心苦しいんですけど」
「大丈夫。勇者の頼み」<大丈夫だよ。勇者の頼みは断れないし、譲歩もしてもらったからね>
「勇者ではないんですけど、とにかくすみません」
ノーアには悪いけど牢獄破りの罪は一人で被ってもらおう。
「わかった。魔王国は北。ぼくも向かう」<とにかくわかったよ。魔王国に向かうなら北へ向かって? アリアを助けたらぼくも向かうね>
「はい。アリアさんをよろしくお願いします」
「任せる」<任せて>
ノーアがもと来た道を戻っていこうとする。ヴァーディアンへ続く道だ。ノーアなら探索隊がいたとしても無視して通り抜けられるだろうから安心だね。
「おにいちゃん。怒ってる?」
ノーアが見えなくなった頃、ずっと黙って不安そうにしていたセリスがやっとセ口を開いた。
「どうして? 怒ってないよ?」
「怖い顔してる。セリスが余計なことしたから?」
確かにアルトは顔を顰めていた。セリスが話しかけたら笑顔に戻ったけど。
まあセリスの心配は杞憂だと思う。アルトはセリスに対してそんなことで怒ったりしない。
「違うよ。自分が不甲斐なく思ってただけ」
「なんで? お兄ちゃんはすごいよ」
「ありがとう」
また、アルトが難しい顔になる。
多分アリアを助けたいけど助けられない自分への憤りとか、残してきてしまったグレゴリオへの心配とか、あとはヴァルガンやセイソンに思うところがあるとかそういう様々な感情が渦巻いているんじゃないかな。
「大丈夫?」
「大丈夫だよ。ぼくたちも先へ行こうか。自分で歩ける?」
「うん!」
二人は手を取りながら森の中、道なき道を北へ向かって歩き出した。
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