042.シルヴァ

 プラズマフェニックスを一瞬で倒した男がアルトに話しかけてきた。

 黒をベースに銀の刺繍をあしらった執事服を着た一部の隙もない佇まい。黒の髪に銀の瞳。高貴でかつ親しみやすい表情を浮かべた顔はびっくりするぐらい整っている。しかしその温和そうな顔とは裏腹に今まで感じたことのないような強大な圧を感じた。


 危機感を感じてすぐさまわたしは〈天眼〉を発動する。


────────────────────

 種族:シルヴァーノクサドラゴン(人型)

 夜と銀の星を司る龍型の幻獣。推定SSSランク。詳細不明。

────────────────────


 人型? 幻獣? SSSランク? 詳細不明?  ランクってSSまでじゃないの? それに生物に詳細不明が出るなんて初めてだ! 絶対こいつはやばいやつだ!


「ふむ。〈鑑定〉ではわたしは見れないはず。〈天眼〉、ですか? 面白い能力をお持ちですね」


 〈天眼〉もバレてる! 今までこれがバレたことはない! ますます危険だ!

 アルトも異様さを感じ取ったのか、彼から目を離さすことができず平静を失っているように見える。


「ああ。警戒なさらなくても良いですよ。あなたを害するつもりはありません」

「……」

「わたしのことはシルヴァーノクサ……いや長いですね。シルヴァとでも呼んでいただければ」


 固まっている二人を彼は気にする様子もなく一人で喋り続ける。いるだけでプレッシャーを感じる。その一言一言に威厳が込められているようで一言も喋ることができない。


「再度言いますがあなたを害するつもりはありません。わたしとあなたの目的は同じです。わたしは姫を解放したいだけですから」

「姫、ですか?」


 アルトが勇敢にもシルヴァの言葉に反応した。シルヴァはその反応に少し相貌を崩したような顔になる。それは権力者が民を説き伏せるときの目に似ていた。


「ああ。ようやくお話をしていただけるようになりましたか? さすが勇者種なだけはありますね。そうです。姫です。セリス姫。もう少し言うとあなたの妹君でもあります。と言っても異母妹ということになりますが」

「ぼくの妹のことを知っているんですか!?」

「もちろん存じ上げております……と言いたいところですが会ったのは11年前、姫が生まれた時1度だけですね」

「妹はまだ生きてるんですか!?」

「生きています。しかし姫はダンジョン最奥に囚われています」


 わたしたちは警戒をしながらも、いやアルトは妹の話が出てから警戒を解いている気もするけど、とにかくシルヴァの話を聞いていくことにした。


 アルトの妹であるセリスは生まれてすぐにヴァーディアンのダンジョン最奥に囚われたらしい。なぜシルヴァにそんなことがわかるのか?

 それはある事実から話さなければならない。


 この世界には生まれてまもない赤子が光となって姿を消す現象がある。そしてその現象が起こるときに創造神の神気が発生していることが確認されており、その赤子は創造神に見染められて娶っていただけたのだと言われている。この現象を〈創造神への嫁入り〉と呼ぶそうだ。

 この〈創造神への嫁入り〉現象は創造神を信仰している人たちの赤子に時折現れ、その人たちにとってはとてもめでたいことだとされるのだとか。


 ……いわゆる神隠しにあってなぜありがたがるのかな? 信心深いとはお世辞にも言えないわたしにとってはそれを押しはかることはできない。むしろ生まれたばかりの赤ちゃんを取り上げるなんて反吐が出るんだけど。


 まあわたしの感情は置いておいて、その〈創造神への嫁入り〉が魔王の子供であるセリスに起こった。魔王は魔人族を統率していて創造神を信仰してはいない。本当なら〈創造神への嫁入り〉は起こらないはずだ。

 ちょうどその時に居合わせていたのが魔王とセリスの母、アルトの母であるソフィアさん、そしてシルヴァだった。そして〈創造神への嫁入り〉に合う数瞬前にソフィアさんの技能スキルである〈真実の眼〉が発動してセリスがダンジョンに連れていかれ囚われることを看破した。ソフィアさんの看た事実を知ったシルヴァはセリスのことを見失わないように印をつけ、セリスを追おうとした。


「そしてわたしは姫を追いかけてここにいます。もう11年になりますね。ただ、なぜ〈創造神への嫁入り〉が起こったのかも、ダンジョンに囚われているのかもわかりません。姫のことも印でダンジョン最奥の部屋にいることが分かるだけで生きていることくらいしかわかりません」

「シルヴァさんは妹を、セリスを助けなかったんですか?」


 それは当然の疑問だと思う。シルヴァほどの力があればセリスを助けることができるんじゃないかな?


「ダンジョンは人種のために作られたものですから、道中の魔物はともかく、人ではないわたしではボス部屋には入れません。まあ階層のボス部屋なんかは無理矢理壊せばなんとかなりそうですが、最奥の部屋の中は流石に難しいですね」

「えっ? ではどうやってここまで?」

「転移です。ボス部屋分ぐらいの長さであればダンジョンの中でも転移できますから」

「転移……」

「話がそれました。わたしから提案があります。共闘しませんか?」

「共闘、ですか?」

「はい。わたしがあなたを道中護衛します。その代わりあなたは姫を救出してください」


 まだ色々疑問点はある。あるけど今のアルトたちの強さだとホーリーサンクチュアリなしでAランクの魔物を圧倒できるほどの力はない。あの魔法は集中の時間が必要なのでどうしても時間がかかってしまうし隙もできる。魔力も大量に消費する。それにアルトたちが倒しきれない魔物も出没してきている。

 だけどシルヴァなら文字通り塵のように倒すことができるだろう。ただでさえ急いでいるのだ。使えるものは使っていった方がいい。


『まだ信用しすぎるのは良くないけど、シルヴァを使うのは悪くないかも』

『使う……。そうですね』


「わかりました。共闘します」

「ありがとうございます。では早速行きましょう。あまり時間もありません」



 ◇◇◇



 3人は25階層のダンジョン内を疾走していた。


「そういえばシルヴァさんはダンジョンで何をしていたんですか?」

「ダンジョンの魔物を減らしていました。間引きですね」


 2人が話している間にも、光の柱が魔物を黒い霧に帰している。ちなみにノーアはシルヴァに会ってから一言もしゃべっていない。まだシルヴァに対して警戒心を緩めていないみたいだね。


「なぜ間引きを?」

「ダンジョンが氾濫しないようにするためですね」

「氾濫ですか? ですが、まだ若いこのダンジョンが氾濫を起こすとは思えないんですが」


 以前にも言ったかもしれないがダンジョンが氾濫を起こすのは100年以上経った古いダンジョンに限られる。そしてダンジョンが氾濫を起こすと徐々に魔物が溢れ出し、最後にはダンジョンの主もダンジョン外に出てきて主がいなくなったダンジョンは崩壊するらしい。しかしこのダンジョンは生まれてからまだ11年しか経っていない。


「本来なら起こさないでしょう。しかしこのダンジョンは違うようなのです。今にも氾濫が起きてしまいかねない状況です」

「そうなんですか?」

「ええ……。まあダンジョンが氾濫するだけならいいのですが、その影響で姫に危害が加わったり、崩壊に巻き込まれてしまったら困ります。ですので魔物を間引きして氾濫が起こるのを食い止めていたというわけです」

「なるほど」

「ですが最近さらに魔物の増加が激しく間引きの手が回らなくなってきていまして。そういう意味でも急がなくてはいけません」


 なぜかダンジョンの氾濫の兆候は既に出ていて、シルヴァがそれを食い止めている。しかし、それも長くは持たないと。

 アルトが懸念していた間に合わないかもしれないと言うのは当たっていたみたいだね。ダンジョンが氾濫して崩壊してしまったらセリスを救い出すことができていなかった。アルトの判断は正しかったらしい。


「〈冥府を纏うドラゴンの眷属〉ってわかりますか? 竜の仮面を被った少女の姿をした魔物なんですけど」

「ああ。最近現れた魔物ですね。おそらくですがダンジョンの自浄作用ではないでしょうか? このダンジョンにはいなかった敵対する魔物が大量に現れ始めてから出没しだしましたから」


 シルヴァによるとドラゴンと戦っていた魔物たちは最近出てき始めたのだという。気になって調べたところ黒い渦がダンジョン何にいくつかあってそこから魔物が出てくるのだとか。その黒い渦は調べても詳細不明。ちなみにこちらからは黒い渦に入ることはできなかったらしい。

 そしてその敵対する魔物が出てきた頃に〈冥府を纏うドラゴンの眷属〉が出没するようになって、敵対する魔物を殺して回っているようだ。


「25階層のボス部屋につきますね」

「はい。かなりスムーズにここまでこれました。ありがとうございます」

「いえ。わたしのためでもありますから。わたしはボス部屋に入れないのであれは二人で倒してきてください。わたしは転移して待ってます」


 シルヴァはそういうと一瞬で姿を消す。

 前を見るとボス部屋の門の中で銀と黒で覆われたドラゴンがこちらの方を睥睨していた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る