第6話 休憩
「少し、外の空気吸ってきてもいいですか?」
食事も食べ終わり、後片付けが済んだところで、羽山は扉の方を指さしながら二人に声を掛けた。
羽山の問いに、二人は迷うことなく返事をする。
「〈外に出るのはいいが、遠くにはいくなよ!〉」
「〈ふむ、この建物が見える範囲なら、構わない〉」
「分かりました。」
二人の許可を貰って、羽山は外へと出た。
「まるで、小さい子供だな。」
外に出た羽山は、小さく呟いた。
活発な幼少期だった羽山に、口癖のように母親が注意していた事を思い出した。
何かと心配性な母親は、何かと興味津々な羽山に毎日振り回されていたのだ。
けれども、最終的には母親も一緒になって遊んでいたため、仕事から帰ってきた父親によく怒られていた。
「母さん……父さん……」
両親の事を思い出し、羽山は空を見上げた。
いまだに見慣れない茶色い空が、ただ広がっていた。
「ん? なんだあれ?」
一つ、深呼吸をしながら視線を前に戻すと、草むらが不自然に揺れていた。
姿ははっきりとは見えないが、小さい生き物が動いているようにも見える。
「もしかして、犬とかかな?」
羽山は一度フード男の家を振り返る。
「んー、見える距離だから、別にいわなくてもいいか。」
深くは考えず、羽山は不自然に揺れる、草むらへと向かった。
大学生になったとはいえ、好奇心旺盛の性格はそのままな羽山は、多少の恐怖心はあるものの、草むらに居るものの正体を知ろうとわくわくしていた。
なるべく足音を立てないように姿勢を低くし、ゆっくりと近付いていく。
「?」
五メートルまで近付いて、羽山は違和感を感じた。
「犬……じゃないな……」
草はふくらはぎ位まで伸びており、小型犬などは隠れてしまうだろう。
けれども、近付くにつれソレが、犬ではなかった。だからと言って、猫でもない。
正体を確認するため、羽山はどんどん近付いていく。
「ッ!?」
草むらの隙間から見えたソレの姿に、羽山は恐怖し動きを止めた。
アレが何かと考えるよりも、本能が危険だと察知していた。
「ッつ……!?」
抑えてはいたが、恐怖で微かに声が出てしまい、ソレがこちらに気付いた。
瞬時に逃げ出したい羽山だったが、体が思うように動かず、尻もちをついてしまった。
それと同時にソレは、羽山を目掛けて飛び掛かった。
「うわぁあ!! 来るなっ!!」
喰 わ れ る
「!?」
襲われると思い、羽山は強く目を瞑り、これから来る衝撃に備えた。
が、突風が吹き、頭上からガスマスク男の声が響いた。
声に気付き顔を上げると、ガスマスク男が立っていた。
「〈だから、遠くに行くなって言ったんだ!〉」
羽山に襲い掛かろうとしていたソレは、どうやら蹴り飛ばされたらしく、数メートル先で転がっていた。
骨と皮だけの体つきで、全体的に灰色くてどこか茶色い、目元は眼球が無くぽっかりと穴が空いている。
聞いたこともない呻き声を上げているが、下顎が見当たらない。
異様な生き物に震えながらも、助けに来てくれたガスマスク男に視線を移す。
「マスクさん、、、」
「〈其の方に、怪我は無いか〉」
「フードさん。」
後ろを振り返ると、フード男が羽山を見下ろしていた。
見ると、フード男が持っている杖が淡く光っていて、羽山の周りも杖と同じく、淡く光っていた。
「〈それは、其の方を守るための、ヒントゥルンだ〉」
「〈結界みたいなもんだな〉」
「そうなんですか、その、ありがとうございます。」
二人の存在に安心し、羽山は呼吸を整えて、震えながらもお礼を伝えた。
と、そこで自分を襲ってきた者の事が気になり、振り返る。
「え?」
ガスマスク男に蹴り飛ばされたソレは、塵になって消えていくところだった。
「消えた?」
塵となって消えてしまったソレに、羽山は動揺する。
だが、こういった事は日常なのだろう、ガスマスク男とフード男は当たり前のように答えた。
「〈消えてはない。この世界に吸収されるんだ!〉」
「吸収されるって……」
「〈彼奴等も、其の方と同じで、迷い込んだヒトの子だ〉」
「は?」
あの異様な姿をしたのが、自分と同じ人間であることに勿論驚く羽山だったが、それよりも気になる事があった。
「俺も、いずれは、ああなるってこと?」
自分と同じ迷い人。
形は同じであれど、人間と呼ぶには異形すぎるその姿に絶望し、ソレが消えた場所を眺めたまま羽山は二人に質問した。
「〈そうだ!〉」
羽山の質問に、ガスマスク男は静かに答えた。
「何で俺がここに来たのか、帰る理由を見つけないと、ああなる。」
「〈そうだ!〉」
「だから、記憶を思い出す必要がある。」
「〈だが、変わるのも直ぐではない〉」
「……フードさん」
立ち尽くす羽山に、フード男は近付き、安心させようと声を掛けた。
当の本人は、力なく立ち尽くしたままだったが、どこか冷静に受け止めていた。
「少し……1人にさせてください。」
そう言って、羽山は1度異形のモノがいた場所を見つめ、ゆっくりと家の中へと戻っていった。
彼の後ろ姿を、フード男とガスマスク男は何も言わず、ただ、見つめていた。
「疲れた。」
部屋へと戻った羽山は、力なくベッドへと倒れこんだ。
誰かに向けた言葉ではないが、羽山は小さく呟くと、仰向けに体勢を変えた。
窓の無い薄暗い部屋に、彼のため息が一つ、零れた。
まだ、心臓は騒がしく動いている。
「……………」
原因は、先程の異形なモノに遭遇した恐怖もあるが、それだけではない。
自分もこの先、アレと同じ結末を迎えるという事に恐怖を、焦りを感じていた。
「記憶……」
羽山は力無く天井を見つめながら、力無く記憶を呼び起こした。
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