第5話 本題

 ガスマスク男を先頭に三人は食堂であろう広い部屋へと移動した。

「わっ! 凄い!」

 食堂の中に入った羽山は、子供のように目を輝かせて喜んだ。

 扉を開けた先には、中国料理店で見る丸いテーブルいっぱいに食事が用意されていた。

 どの料理も羽山の好きな料理ばかりで、より気分も上がっていた。

「こんなに沢山の料理、フードさんが作ったんですか?」

「〈ふむ、これは、〉」

「〈そうだぞ! フードの飯は旨いからな!〉」

「そうなんですね! ありがとうございます! どれも美味しそうだもんなぁ。」

「〈さ! 早く食べろよ!〉」

「はい!」

 ガスマスク男に促され、羽山は席に着くと早速料理を食べ始める。

 その様子を、向かいに座ってフード男とガスマスク男は眺めていた。

「どれも俺の好物で食べるの止まらないですよ!」

「〈それは、良かったな!〉」

「〈ふむ、ゆっくり食べるといい〉」

「〈そうだな! それで、食べながらでもいいなら、話進めるぞ!〉」

「はい、お願いすまふ。」

 すっかり警戒心の無くなった羽山は、唐揚げを頬張りながら返事をする。

 ガスマスク男は、テーブルに肘を置いた姿勢で途中となってしまった話を再開した。

「〈お前は、ヴェルにいる〉」

「……………べる?」

 またも聞き慣れない単語に首を傾げる羽山。

 そんな彼を小さく笑いながら、ガスマスク男は説明を続けた。

「〈ヴェル。狭間って云えば分かるか?〉」

「分かります。けど、なんの狭間ですか?」

「〈生と死の狭間だ〉」

「……………は?」

 羽山の動きが止まる。

「〈これからの生活で、お前がこの先の道を選択していくんだ。だが、時間は限られている。それに、〉」

「ちょ、ちょっと待って!」

 淡々と話すガスマスク男に羽山は急いで止めに入った。

 口の中にある唐揚げを飲み込み、ガスマスク男の言葉を繰り返す。

「今の俺は、生死を彷徨ってるって?」

「〈そうだ〉」

「なんで、、、」

「〈原因も含めて、お前が解決しないと意味が無い〉」

「俺が……」

「〈この場所の事なら何でも答えることはできるが、お前自身については一切答えられない〉」

「なぜ、ですか?」

 恐る恐る質問する羽山に、気にも留めずガスマスク男は淡々と答えた。

「〈答えてもいいが、それだと、お前は帰ることを諦めたと認識する!〉」

「それで思い出しても、帰ることはできない。」

「〈そうだ!〉」

「俺がやることに、意味がある。」

 ガスマスク男の言葉を反復しながら、羽山は母の言葉を思い出していた。


『しゅうちゃん、ちょっとでも分からない事があったら、そのままにしないで、自分で調べて解決していくのよ。』


 宿題で苦戦していた時に、母に言われた言葉。当時は面倒だと感じていたが『自分で解決しないと成長できないでしょ?』と、母は笑っていた。

 今、訳の分からない事ばかりで、信じられない事ばかりで焦りはするが、母の言葉を思い出し、羽山はガスマスク男へ詰め寄る気持ちを落ち着かせた。

「この世界については、答えてくれるんですよね?」

「〈もちろん!〉」

 目が覚めてから非現実的なことばかり起きているので、驚きはするもどこか冷静に受け止めていた。

 その証拠に、羽山は考え事をしながら好物である唐揚げをおかわりしていた。

「〈此処は、其の方が居るべき処では無い〉」

 不意にフード男が口を開いた。

「〈其の方は、帰るべきヒトの子だ〉」

「フードさん?」

 ガスマスク男が説明している間、一言も発さずにいたフード男はゆっくりと羽山に言い聞かすように話す。

 それは、自分自身にも言い聞かせるかのようにも聞こえた。

 羽山は、先程とは雰囲気の違うフード男に戸惑いつつも、話を続けた。

「俺が帰るべきって、どうしてですか?」

「〈其の方は、〉」

「〈エスティレリッティ〉」

 鋭い声がフード男の話を遮る。

「〈踏み込みすぎだ〉」

 鋭い声はもちろんガスマスク男だ。先程までの愉快な口調とは全く違い、冷たい、感情の無い声色でフード男を止めた。

 ガスマスクをしているので、どんな表情をしているかは確認できないが、声色同様で鋭い視線を向けているのは分かる。

 張り詰める空気の中、羽山は静かに声をかける。

「あ、あの……俺が、何も知らないのがいけないんで、フードさんは悪くないですよ。」

「〈いや、エスティレリッティが悪い〉」

「何故ですか?」

「〈俺達は、ティントゥルマドゥに関わるのを許されてないんだ〉」

「てぃんてゅる?」

「〈お前みたいに迷い込んだヒトの子だ〉」

 慣れない単語につまずきつつも、話は続いていく。

 話が進むにつれて、聞きたいことも増えていく。

「〈エスティレリッティは監視、俺は案内っていう役割があるんだ!〉」

「監視、案内、」

「〈あぁ! だから、俺達はお前達に深入りすることはできない!〉」

「そうなんですね。」

 先程の冷たい口調とは打って変わって、愉快な口調に戻ったガスマスク男に安心しながら、羽山はそれ以上聞くことはしなかった。

「〈一気に話しても疲れるだろう!〉」

 休憩しようという提案に羽山とフード男は賛成し、説明は一度区切られた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る