第4話 彼奴

「〈こい……との…だ〉」

「……ん。」

 誰かの話声で少しずつ意識が浮上していく。

「だれ、」

「〈お! 起きたか!〉」

 目を開けると、視界いっぱいに、ガスマスクのようなモノを付けた人物が、羽山を覗き込んでいた。

「ぅわあ!?」

「〈っとと!〉」

 寝起きながらも、掠れた叫びを上げながら、羽山は素早く飛び起きた。

 ぶつかる寸前に相手も素早く後ろへと飛び退ける。

「〈ははっ! 悪い悪い! 驚かしたな!〉」

 ガスマスク男は軽い口調で羽山に謝る。

 声を掛けられた羽山は、ベッドの隅で体を小さくして怯えている。

 とそこへ、フード男が部屋の中へと入ってきた。

「〈ふむ、起きたか……何故、怯えているのだ〉」

「〈ははっ! 驚かしたみたいだ!〉」

 フード男の言葉に、ガスマスク男はけらけらと笑いながら答えた。

 その軽い口調にフード男は動じることなく、羽山の元へと近付いた。

 寝起きで何が起きているのかまだ把握出来ていない羽山だが、昨晩はいつの間にか寝てしまったということは分かった。

 近付いてきたフード男に、羽山は視線を移し助けを求めた。

 それを知ってか、彼を落ち着かせるためか、フード男は少し前かがみになりながら口を開く。

「〈落ち着け、彼奴は其の方の味方だ〉」

「きゃつ……昨日、話してた……」

「〈そうだ〉」

「〈なんだ? 俺の話してたのか?〉」

「〈そうだ。帰る道を知っているだろう〉」

「〈あー……確かに知ってるな〉」

「え?」

 ガスマスク男の答えに、羽山の口から声が漏れる。

「俺、帰れるんですか?」

「〈あぁ、帰れる〉」

「やっ、」

「〈ただし!〉」

「!」

 怯えから一瞬で喜び、声を上げようとした羽山だったが、直ぐにガスマスク男に止められる。

「〈帰るにはヒトの子自身が此処へ来た理由を知り、帰る意思を持つ必要がある!〉」

「理由…意思……」

 小さく復唱する羽山に、相槌しながらガスマスク男はベッドに腰かける。

 そこで羽山は、ガスマスク男に向き直り、質問をした。

「あの……色々と聞きたいことがあるんですけど…」

「〈ん? 分からない事は全部聞いてくれ! 俺に分からない事なんて無いからな!〉」

「えと、まず……何て呼べばいいですか?」

「〈え?〉」

 まさか名前を聞かれるとは思ってもいなかったガスマスク男は、素っ頓狂な声を出してしまった。

 けれども直ぐに切り替えてフード男を振り返る。

「〈教えた?〉」

「〈あぁ、だが、新しい名を貰った〉」

「〈え?〉」

 二度目の素っ頓狂な声を出すガスマスク男に、フード男が簡単に説明をした。

「〈ふむ、愚僧の個体名は難しいらしくてな、好きに呼ぶようにしたのだ〉」

「〈それで、何て呼ばれてるんだ?〉」

「〈ふーどさん、だ〉」

「〈フード、〉」

 フード男の答えに、ガスマスク男は数秒固まる。

 二人のやり取りを見ていた羽山だったが、見た目通りの呼び方にした事を今になって後悔していた。

「あ、あの、」

 安直な呼び名にした事を咄嗟に謝ろうと、羽山が口を開くと同時にガスマスク男が勢いよく振り向いた。

「〈おい!〉」

「わぁっ! え?」

「〈俺にも名前付けてくれ!〉」

「あ、はい……はい?」

「〈俺だけ付けないって不公平だろ!〉」

 ガスマスク男は興奮気味に羽山に詰め寄った。

 その勢いに羽山は押される。

「そ、そんな急に…」

「〈あ! 格好いい名前にしてくれ!〉」

「か、格好いい?」

 ガスマスク男の要望に更に困惑する羽山は、話題を変えようとはするが意味をなさなかった。

 フード男を見るも昨日と同様で、表情は確認できなかったが、止める気は無いらしい。

 羽山はまともに働かない頭を動かして口を開いた。

「あ、その、ま、」

「〈ま?〉」

「マスク、さん、」

「〈マスクさん……〉」

 苦し紛れに出した答えに、ガスマスク男は一度復唱すると、少し考える素振りを見せた。

 また、見た目通りの呼び名にしてしまった。と、羽山は後悔する。

 だが、初対面の相手に呼び名を決めるなど羽山には難易度が高かった。

 ましてや目の前にいる二人は、人間ではないという疑いもあるのだ。

 ペットに名前を付けるのとは訳が違う。

「〈格好いいな!〉」

「………へ?」

 ガスマスク男の反応に、今度は羽山が素っ頓狂な声を出した。

「〈”マスクさん”…いいじゃねーか! お前のより断然格好いいぞ!〉」

「え?」

「〈ふむ、確かにそうだな〉」

「え? え?」

 ベッドから立ち上がりながら喜ぶガスマスク男と、彼に自慢されても変わらず平然と返事をするフード男を、交互に見ながら羽山はただただ、戸惑うしかなかった。

「〈”マスクさん”気に入った!〉」

「よ、良かったです……はは…」

 欲しい玩具を買ってくれた子供のように喜ぶガスマスク男は、羽山に向き直ると口を開いた。

「〈よし! 話を進めようか!〉」

「は、」

 ご機嫌なガスマスク男が話を切り出す。

 返事をしようとした羽山よりも先に、低い音が部屋に響いた。

「〈ん? この音はなんだ?〉」

「〈はて、 初めて聞く音だな〉」

「…すいません、俺の腹です。」

 恥ずかしそうに名乗り出る羽山に、フード男は首を傾げ、ガスマスク男は少ししてから笑い出した。

 羽山は俯き、顔を赤くして体を縮こませていた。

「〈ふむ、何故笑っている〉」

「…すいません。」

「〈あはははは! そりゃヒトの子だもんな! 腹も減るか!〉」

 ガスマスク男は笑いながら羽山に近付き、前かがみになりながら羽山を誘った。

「〈羽山は面白いヒトの子だ! 話は飯を食べながらにしようか!〉」

「お願いします……」

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