第2話 出会い

「ッ!?」

 声にならない声が羽山の口から出ていく。

 何だあれは! これは現実か! 夢なら覚めてくれ!

 言いたいことはいっぱいあるのだが、それらの口が上手く回らず言葉は詰まってしまっていた。

 そんな震える羽山を目玉はただただ見つめるだけだった。

「(こわい……こわい、コワイ……)」

 どこからかガチガチと、音が聞こえる。

「(なんだ?)」

 先程から羽山は目玉に釘付けだ。

 瞬きをするのを忘れ、上空に現れた目玉をずっと見つめ続けているが、目玉は羽山と同じように見つめるだけで何もしていない。

 音の正体を確かめたくても、目の前の存在から目を離したら何が起きるか分からないため、羽山は音の正体を確認することが出来ずにいた。

 だが、音は羽山自身から鳴っていた。

 彼自身も気付いていないが、突如現れた目玉に恐怖し体が震え歯が鳴っていたのだ。

「(す、すいこまれ、そうだ)」

 瞼の無い目玉は微動だにせず、羽山を見つめ続けるだけ。

 それもただ目玉ではなく、羽山よりも遥かに大きいのだ。

 何メートル、何十メートル、何百メートルもある目玉に羽山は吸い込まれそうな感覚に陥っていた。

 不意に彼は後ろを振り返る。

「!!?」

 目玉同様に突如として現れた気配に、羽山の体は自然と動いていた。

 そして、勢いよく振り返った先に居たのは、魔女のようなフード付きのローブをまとった何者かだった。

 ローブのサイズは大きく、顔はすっぽりとフードに隠れてしまい表情は全く読み取れず、体も顔と同じで足先まで隠れてしまい細身なのかすら確認出来なかった。

 羽山はちらりと上空を確認する。

「(う、いる)」

 目玉はまだそこにいた。

 視線をフード男へ戻す。

 羽山は平均身長より高い180センチはあるのだが、フード男はそれよりも高い。

 優に2メートルは超えているだろうか。

 左手に杖を持っているのだが、その杖もまた魔女を連想させた。

「(骨!?)」

 杖を持っていた左手が骨そのものであることに、羽山は驚きを隠せず恐怖に顔を染める。

 学校などで理科室にある骸骨の人体模型があるが、あれと同じ骨が目の前にあるのだ。

 手袋の模様でもなければアクセサリーでもない。骨だ。

 訳が分からず羽山が混乱しているとフード男が動いた。ように見えた。

「え、」

 羽山は耳を澄ます。

「?」

 フード男が何か話しているように感じた羽山だったが、声は一切聞こえない。

「(気の、せい?)」

「        」

「!!」

「〈      〉」

 聞こえた。

 羽山はそう確信するも、フード男の言葉は日本語ではなかった。

 どこかの国の言葉だろうか、羽山には聞いたことのない言語で相手は何かを話しているようだった。

 フード男が話している中、羽山は首を傾げることしか出来ず、まともに受け答えをすることが出来ずにいた。

 そこで羽山は相手の刺激にならないよう注意しながら口を開く。

「あ、あの……俺、日本語しか、分からないんです、が……」

「〈……………〉」

 手に汗を握りながら声を掛ける。

 その声は震え体も固まってしまい、途切れ途切れになってしまった。

 相手の気を悪くしてしまったのではないかと、不安になるがフードで表情が全く見えず、気分を害しているのかどうかの判断は出来なかった。

 言葉すら通じているのかすら不安定な中フード男が動いた。

「ッ!?」

 羽山の言葉を聞いたフード男は、ゆっくりと右手を羽山の顔へとかざした。

 羽山は咄嗟に目を瞑る。

 小さい子供が親のお叱りを受ける時のように固く目を瞑る。

 目を瞑った暗闇の先で何かが光るのを羽山は感じた。

 恐怖で見ることは出来なかったが、その光は優しく温かい光のようだと彼は感じていた。

 そんな事を考えていると光が消えた。同時に羽山もゆっくりと目を開ける。

 目の前の状況は何も変わっていない。

「?」

「〈愚僧の声が聞こえるか〉」

「え!?」

 突然聞こえる声に激しく動揺する羽山は、辺りを勢いよく見渡した。が、フード男以外誰もいない。

 羽山は目の前に立つフード男を見つめる。

「〈驚かしたか〉」

「いえ、あ、あの…日本語…」

「〈にほんご…言葉のことか。其の方はヒトだな〉」

「は、はい」

「〈愚僧はヒトと会うのは久方振りだ。故に、話し方も忘れてしまっていた〉」

「そ、そうですか」

 現代では馴染みの無い話し方に、多少困惑しつつも羽山は会話を進めていく。

「その、実は道に迷ってしまったらしくて……」

「〈迷った〉」

「はい。帰り道知っていたら教えてほしいんですが?」

「〈ふむ。帰り道は確かに知っている〉」

「本当ですか!」

「〈しかし、直ぐには帰れない〉」

「え、なんでですか?」

「〈其の事について話をしよう〉」

 そう言うとフード男は歩き出した。

 羽山も慌てて後ろを着いていく。

「(すぐに帰れないってどういうことだろう?)」

 フード男の言葉を理解しようとするも、情報が全く無いので考えても答えなど出ることはなかった。

 歩きながら羽山は上空を見上げた。

「うっ!!」

 気分を紛らわそうとした行為だったが、見上げた先には、まだあの大きな目玉が自分を見つめていたのだ。

 思わず声が出てしまった羽山にフード男が声をかける。

「〈どうした〉」

「あいえ、驚いちゃって……」

「〈驚く。ふむ、あれは害の無い者だ〉」

「そ、そうなんですか?」

「〈あぁ。あれはだ〉」

「監視?」

 フード男は軽く話してはいるが、羽山の背中には冷たい汗が流れていた。

 監視ということは、こちらの行動一つで敵にもなれば味方にもなるということだろう。

 改めて羽山は目玉と見つめ合った時に、下手に行動しなくて良かったと胸を撫でおろした。

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