第4話 新宿での再会

 その日の望は、友人達と久しぶりのショッピングを楽しむために、昼下がりの新宿を歩いていた。

 原宿を巡り、そこで遅めの昼食をとった後、この新宿まで来たのである。


 秋物の洋服を買うことが目的であったが、特に決まった物があるわけでもない。店に並ぶ商品を、ただ見て歩くこと自体を楽しむ為に来たようなものだった。


 歩きながらも、望と和美、それに幸子の3人の会話は尽きることがない。

 他愛たわいも無い会話に興じていた望の笑みが、ゆっくりと消えていった。


 その瞳に、一人の男の姿を捕らえたせいだ。


 望はその男の姿を捕らえたまま、立ち止まる。

 その男は、秋とはいえまだ早い、黒皮のコートを着ていた。

 しかし望は、その姿に興味を覚えたわけではない。

 その容姿に見覚えがあった。


「どうしたの?」

 和美が、望の表情に気付いたのか、そう尋ねる。

 しかし望にその声は届かず、思考は別のことを巡らせていた。

 昔の記憶と男の姿を目で追いながら、一人の名前を思い出す。

 脳裏に浮かんだその名は、自分でも信じられぬものであったが、望の脚は知らずのうちに駆け出していた。


「望!?」

 和美が再び呼びかけた声も、届かなかった。

 男は、ビルの隙間に消えようとしている。

 望はそれを追って、路地を曲がった。


 数メートル先の人通りのない路地を、その男は歩いていた。

さとし君!?」

 男は、やはりそれは自分を呼ぶものだと気付いたかのように、数歩歩き、静かに止まった。


 望は、男の所まで駆け寄り、男の前に、立つ。

「やっぱり」

 望は息を荒げながら男を見上げ、言った。

 自分の知る聡の面影は、無い。


 腰まで伸びた、光沢を放つ銀髪に精悍な顔。それに白い肌と赤い唇が合わさり、異世界の人物にさえ思える。


 望が聡と判断したのは、彼の母親に酷似こくじしていたからだった。

 聡の母親は黒く長い髪が美しかった。

 色は違えど長い髪が聡の母を連想させ、それはあり得ぬこと、そして背の高さ、男物の服装、見覚えのある歩き方から「聡」だという結論に至ったのだ。


 様々な人種が行き交うこの新宿だからこそ、彼の風貌は溶け込んでいた。

 が、望は聡を見逃さなかった。


 今、此処ここで見失えば、再びうことは困難だとの想いが望を動かした。


 男は望を見たが、何も言おうとはしなかった。

「覚えてない? 私」

 真っ直ぐに自分を見つめる漆黒しっこくの瞳は、どこかさびしげな光をたたえ、本当に自分を見ているものかと不安に思えた。


 望はその冷たい視線に、自分の出した答えに疑問を覚えながらも、問いかけた。

「忘れたの? ほら、隣に住んでいた望・・・・・・」

 自分の名前を告げても変わらぬ男の表情に、さすがに自信を失い、望は顔を寂しげなそれに変えながらも、男の言葉を待った。


 しかし、望の期待とは裏腹に、男は背を向け、一言だけ言った。

「人違いだ」

 そしてそのまま歩き出す。


 冷淡な答えと反応に戸惑とまどった望は、自分のとるべき行動が判らずに、しばし、男の背中を目で追っていた。


「待って、聞きたいことがあるの」

 望は、最後の期待を込め、男の背に問いかけた。

 しかし振り向きはしなかった。

 更に続けて言おうとした望の耳が、男がこう告げるのを聞いた。


「俺に関わるな────」

 その寂しげな声は、望の口を閉ざさせた。

 男は、望が見守る中、路地を抜け、雑踏ざっとうの中へと消えていった。

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