第3話 池田信人は夢を見る

 池田いけだ信人のぶとは夢を見ていた。

 楽しかった頃の夢を。


 隣には何時もひとがいた。

 あの時間とき永遠とわに続くものだと、信人は信じて疑わなかった。

 ようやく手に入れた「幸せ」だったのだ。

 それが失われることになるなど、どうして予測出来ただろう。


 

 物心がつくころから信人は、おびえながら生きてきた。

 食事もロクに与えられず、父親は酒を飲み暴れる毎日。

 毎夜聞こえてくる、母の苦悶の声。

 せて、小柄で、卑屈ひくつな目をした少年は、学校でもいじめられた。


 父親が傷害事件を起こし刑務所に入ってからは、それは更に酷くなった。

 またアパートにだけは平穏が訪れると期待していた矢先に、やって来た取り立て屋。

 借金を借金で返していた父は、闇金にも手を出していた。

 父が作った借金は日増しに大きくなる。

 取り立てにも、近所の目にも耐えられなくなった親子は、夜逃げをした。



 新天地で信人は働きながら夜学に通い、独学で資格を取って電気工事会社に入社した。

 会社に入ってから、徐々に世界が変わっていった。


 口は悪いが面倒見のいい先輩達。

 仕事で社会に貢献出来ているという充実感。

 仲間と自信を、生まれて初めて持つことが出来、「笑う」ことを覚えた。


 するとどうだろう。

 次々と幸運がやってきた。

 実直な仕事ぶりは周りから信頼を得、主任になった。

 以前から憧れていた事務の女性と、付き合うことになった。

 おしとやかで控えめな女性で、貴女あなたとずっと一緒に居たいと伝えると、彼女は承諾しょうだくしてくれた。


 仲間に祝福されながらの結婚式。

 家に帰ると、迎えてくれる愛しいひとがいる幸せ。

 結婚してからも彼女はずっと信人を支えてくれ、ようやく自分の居場所と生きる意味を見つけたと思った。

 仕事も順調で、次第に貯えが出来、いずれ子供の為に家を買うという目標も出来た。



 ・・・・・・だが、幸せな日々は突然崩れ去った。


 信人の見る夢は、悪夢へと変わる。

 ある日信人の前に、全く予期していなかった来訪者が、突如現れた。


 出所した、父だった。

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