最終話
「……は?」
当日、領主は唖然として街に誕生した新たな区画、難民区を眺めていた。
およそ五十軒もの家屋が立ち並ぶその様は、簡易的なものとはいえ実用性に事欠かない立派な住宅街だった。
「どーですか領主様!アリアちゃんにあんなことやこんなこと出来なくなって残念でしょ!」
「だ、だ、だ、誰がそんなことするか!あんな薄汚い売女を相手に!」
必死に憎まれ口で取り繕おうとするも、それがリーチェにも易々と読み取れるような嘘でしかない限り、そんな淡い願いも叶わない。
「家屋五十軒、生活家具五十軒分、避難民全員の食料三ヶ月分、武器と防具を五百。確かに納めましたのでご確認ください。」
「ば、バカな……ありえん!そうだありえん!貴様、何を使った!魔王の手先め、今ここで駆除してやるわ!」
「――そいつぁやめときなさいな。」
ガキンと振り下ろされた豪華絢爛な剣を、一本の粗雑な一振りが阻んだ。
「あれ!?リーダーじゃん!?」
「よぉリーチェ。追放されたあともほうぼうに恨み買ってるみてぇで何よりだよ。」
「そう思うならもう一回パーティー入れてよ!保護者でしょ!」
「ちげーよ?」
軽々しいやり取りをしながら領主の剣を軽々と振り払い、男は敵意が無いことを示すために膝まづいて頭を垂れる。
あまりに流麗なその所作に、領主も一瞬その目を奪われたようだった。
「……貴様、なぜその女を庇う。」
「女だからです。付け加えるなら顔が良い。」
「相手が魔女でもか。」
「彼女は魔女ではありません。」
ボリボリと顎を掻いていた領主はとうとう堪忍袋の緒が切れたようで、顎髭をブツリと引きちぎってヒステリックに叫んだ。
「そんなわけないだろう!黒髪!赤い瞳!どこからどう見ても勇者様を裏切った人類の敵だ!そうであろう!?応えよ我が臣民たちよ!!」
髭面の貴族は権力を誇示して貧民たちに答えを促した。
……しかし、誰も助けには来なかった。
「この子は魔女なんかじゃねぇ。」
「ぼくたちに住む場所を作ってくれたんだ!」
「アッちゃんを悪くいうなら、この街から出てけぇぇぇ!」
「「「出てけぇぇぇぇぇぇ!!!」」」
「はぁ!?」
建築技師の男、少年、そして新しく生まれた『アリア様親衛隊』の面々が髭面の領主に対して非難を飛ばす。
そしてそれに続く形で、民衆から大量の野次が飛ばされた。
「「「でーてーけ!でーてーけ!」」」
「ふざっ、ふざけるな!私はこの街の領主だぞ!」
「――私はこの街の生産職です。」
髭面の貴族の前に立ったアリアは毅然としていて、その妖しく光る血色の瞳を髭面の貴族へと向けた。
「せ、セイサンショクがなんだ!なぜこんな短期間で区画が一つ増やせるのだ!ズルだ!そうだズルだ!」
もはや子供がグズるかのように唾を飛ばしている相手に、アリアは笑顔で指を突きつけた。
「必要とされる物であればなんでも作る。それが生産職という仕事ですから。」
「なぁっ……ぐ、おぉっ……!」
立ち並ぶ家々を背に、少女は堂々と胸を張ってそう言い返した。
対する髭面の貴族は忌々しげに、青筋をたてて力いっぱいに拳を握るほか出来なかった。
「……クソっだらぁぁぁ!貴様!今に見ておれ!数日後には死刑台に送ってやるわ!」
こうしてさぞ賢明なる領主様は、よく熟れた果実のように真っ赤になった顔で馬に乗ると、何度も何度も鞭を打って逃げ帰って行った。
「……ぃぃいやっっったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」
リーチェの歓喜の声に、他の人々も続いて高らかに歓声を上げた。
三日間の厳しい労働の日々は、魔女も難民も、誰も彼もを仲間として纏めあげたのだ。その絆はより強固に、頑強に結びついている。
「やったねアリアちゃん!」
「だからちゃん付けは……はぁ、もう良いわ。」
「公認!?」
「諦めただけよ!」
アリアは頬を赤らめながらそう言うと、「こほん」と咳払いをして気を取り直した。
「おーいリーチェ。」
「あれ、リーダー?まだいたんだ。」
「俺なんでそんな扱いなんだよ。」
ガックリと項垂れる剣士の男は、しかしそれも気にも留めていないようで、すぐさま本題へと入った。
「ちょっとな、連れて来た。」
「連れて来た?って……あー」
男の後ろから出て来たのは魔法使いの女と、大盾を背負った戦士の男だった。
「あなたのこと、嫌いだった。回復魔法も使えないくせに、いつもヘラヘラ笑ってて、そのくせリーダーに媚びるのだけは上手くて。」
「オデも……オデのお菓子勝手に食べるし、借りた金は返さないしで嫌いだった……」
「え」
アリアはリーチェの方へ振り向いた。
リーチェは目を泳がせて口笛を吹いていた。
「でもあなた、今回たくさんの人を救った。自分のことしか考えてないと思っていたけれど……ごめん。」
「オデも、ごめん……」
二人は頭を下げてリーチェに謝罪した。そんな二人にリーチェは、やはり慌ただしくワタワタとした。
「いやいやいや!?別にそんな頭下げるまでしないでいいよ!?頭上げてよ!むしろオデっちは私の方がごめん!」
「じゃあお金返して……」
「……」
リーチェはアリアから受け取っていた銅貨袋を取り出すと、凄く口惜しそうな顔でプルプルとそれを握りしめた。
「いったいいくら借りてたのよ……」
アリアはすっかり呆れてため息をついた。
◇◇◇
あれからアリアはアトリエに戻り、リーチェはスケアクロウのメンバーと一緒に酒場で食事をしに行った。
作業で散らかった部屋を片付けながら、アリアはついこの間に出会ったリーチェとの思い出を、次々に回想していく。
『……でも、もう取り返しはつかないわ。リーチェも今日限りで解雇。ここにいると、あなたにまで被害が及びかねない。』
地面に落ちていたマンドラゴラを拾い、握りしめる。
アリアに出来た初めての友人。リーチェは今はもう、アリアのアトリエからは解雇されている身だった。そして元のパーティーメンバーとの仲も回復し、今は共に食事をしている。
台所には白パンと、マンドラゴラの代わりにニンジンを入れたシチューが用意してある。分量は二人分だった。
「……」
アリアは、リーチェとの別れを予感していた。
「ただいまー!」
「!」
リーチェの声が聞こえて、アリアは早足で玄関まで向かう。アリアは満腹といった様子で膨れたお腹をポンポンと叩いて見せていた。
「なーんか久しぶりに贅沢しちゃった!」
「そ、そう。良かったわね。」
「いっぱい食べたら眠くなっちゃった!」
相変わらず、いつも通りのリーチェだ。
しかしそれに甘えて行動しないわけにはいかなかった。なぜならアリアは、リーチェのその勇気を分けてもらったのだから。
「ねぇリー――」
「あ!私さっきパーティーに戻らないかって言われてさー!」
ニコニコと笑顔のリーチェは満面の笑みで言った。
「……そう、なのね。良かったじゃない。」
「えへへ!」
まただ。アリアはまた手を降ろしてしまった。
やっと欲しいものに手を伸ばせるようになったのに。それに気づかせてくれた存在が目の前にいるのに。その手を伸ばすのを、諦めてしまった。
「だからね!前々から言ってやりたいこと、言ってやったんだ!」
「言ってやりたいこと……?」
リーチェはこれ以上ないくらい、とてつもないくらい気持ちの良さそうな顔で、ニンマリと笑った。
「――今更言われても、もう遅い!……ってさ!」
「……へ?」
まるで強く頭を殴られたかのような衝撃に、アリアはしばらく愕然としたまま思考を停止させた。
今までの心配や憂慮が、まるで些細なことだったかのように音をたてて瓦解していく。
「いやー、やっぱ追放されたからには言っておきたかったんだよねぇ。確かにあれは言えたらすっごい気持ち良いわぁ……」
「な、なによ、それ……そんなバカみたいな……」
「バカじゃないよ!本気だよ!」
本気なのだとしたら本気でバカだ。
せっかく元のパーティーに戻れるチャンスだったというのに、それを不意にしてまでなぜそんな一言にこだわったのか。
前々からそのバカさ加減は知っていたとはいえ、まさかここまでだとは露ほども思ってはいなかった。
「……だって私、冒険者よりももっとやりたいこと、見つけたんだもん。」
暖かい手が、アリアの手を取って握った。
「リーチェ……?」
「アリアちゃん!ちょっとだけお願いがあるんだけど……」
ちょうど三日前、アリアは同じようにリーチェから頼み事をされたことがある。
土下座をしてまで頼まれて、とうとう押し負けて渋々承諾してしまったあのときとは違い、今は両者同じ目線で見つめあっていた。
「お願いします!ここで……ここで働かせてください!」
「……」
三日前にやって来て、その正体も知らずに魔女の家で働きたいと言った少女。リーチェの初めての友達。
そんな彼女は今、再びアリアのもとへと戻ってきてくれたのだった。
「こんな……こんな私でもいいなら……」
「ちがうもん!私はここが良いんだもん!ここ以外は嫌なんだもぉぉぉんっ!うおおおおおん!!」
「ちょっ!駄々こねないで!分かった、分かったから!」
大人気なく仰向けになって手足を振り回すリーチェを宥めて、アリアは思わず笑みをこぼしてしまった。
「ふふっ」
「アリアちゃん?」
「なんでもないわよ。」
アリアは握られていた手を握り返すと、メガネの奥の赤い瞳を細めて微笑んだ。
「歓迎するわリーチェ。ようこそ、私のアトリエへ。」
◇◇◇
この街には様々な店が立ち並んでいる。
例えば武器屋、防具屋、革細工屋、道具屋、家具屋、錬金術アトリエなどエトセトラ、挙げていけばキリがないほどだ。
そんな中、かつては街の人々に忌み嫌われ避けられてきた一つのアトリエがあった。
魔女の家、と呼ばれていたそのアトリエは、今はこの街の一番の自慢として今日も活動をおこなっている。
生産職のアトリエ。それがそのアトリエにつけられた新しい名前だ。
もしこの街に訪れることがあれば尋ねてみると良い。
きっと初めに桃色の髪の元気な少女が出迎えてくれることだろう。
『ここの主はどんな人で、どんなものを作っているの?』
そしてもしあなたがこう質問すれば、彼女はとても良い笑顔を見せてくれることだろう。そしてきっとこう言うはずだ。
「生産職です!なんでも作ります!」
生産職です!なんでも作ります! ななぽぽな人 @Nanapopo-nahito
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