第2話

「改めまして、私の名前はリーチェ!元は『スケアクロウ』ってギルドの回復術士をやってました!今は追放されてソロです!」



 ピンクの長髪、神への信仰を表す十字架の意匠が施された法衣(安く買い叩いた)、そして子供のように愛嬌のある愛くるしい顔。

 自分の特徴を脳内で羅列しながら、リーチェは少女に自己紹介をした。



「リーチェさんですね。私はアリア。このアトリエの主で、生産職を営んでおります。」


「せいさんしょく?」


「はい、生産職です。」



 聞いたことのない言葉だ。アリアと名乗った少女の表情が謎にドヤっているが、それほどまでに凄い職業なのか。



「かつて魔王を打ち倒した勇者様御一行。それを陰から支え、必要な物資を給与し彼らに大きく貢献した存在があったと言われています。名前こそ伝えられてはいませんが、その人物が名乗っていた職業こそが『生産職』だったんだそうです。」



 リーチェの様子に見兼ねたのか、アリアは注釈を垂れて解説をしてくれた。

 勇者様の存在はとても有名だ。しかしまさか裏にそのような人物の活躍があったとはリーチェは知らなかった。



「そう、過度に勇者様を神聖化しようとする教会や神殿の者たちによって、その人物の存在は歴史から抹消されたんです……その裏には魔王の残党が存在していて人類を裏から掌握しようと企んでいてうんぬんかんぬんうんぬんかんぬん……」



 なにやら段々と話が陰謀論じみた方向に寄ってきた。信じて良いのかどうか、リーチェは少し不安になった。


 

「ぐ、具体的にはどのようなものをお作りに?武器ですか?それとも魔法薬?新しい魔法とか?」


「あぁ、まぁそうですね。大まかに言うとそんな感じです。」



 大まかに?それなら大まかに言わなければどんな感じなのだろうか。名前からは全く想像がつかない。



「物を作って売るにはそれぞれに免許が必要ですから、私が作るのは自分の資格が許すもの全部ってところです。」


「え、じゃあアリアさんは何の免許を持ってるんですか?」


「そうですね……錬金術士免許、武器鍛冶師免許、防具鍛冶師免許、革細工師免許、建築技師免許、建築設計士免許、家具職人免許、製紙職人免許、解体職人免許、料理人免許、営業特別免許……全部ブロンズ級なんですけどね。」



 いや多い多い。

 見たところリーチェと齢はそんなに変わらないように見えるアリアだが、その所持している免許の量は段違いだ。リーチェの持っている免許なんて回復術士免許の一つしかない。普通にブロンズ級だし。



「なのでまぁ、なんでもだいたい作ります。」


「ものすごくざっくりまとめた……」


「リーチェさんはどうしてソロに?なぜ追放なんて……」



 憐れむような目を向けるアリア。リーチェが死に体になっているところを見つけている分、余計に可哀想に思ってくれているのだろう。



「ホント!酷いですよね!回復魔法が使えないだけなのに!」


「……」


「あれ、なんで黙っちゃったんですか?おーい。」



 アリアは何か言いたげだったがそれ以上は口を開こうとはせず、頑なに目を逸らすだけだった。



「でもまぁほとほと困り果ててるんですよ……こんなんだから冒険者ソロでやっていけるわけありませんし、なんかみんな私のこと嫌いみたいだからパーティー組んでくれないし、どのお店も雇ってくれないし……」


「……ん?もしかしてあなた『皆伏術士』さんですか?」


「え?さっきそう言いませんでした?」


「あ、いえ。回復の方ではなく……」



 アリアは気まずそうな顔で目を泳がせた。



「むしろ回復が出来ない回復術士ということで、『皆』が地面に倒れ『伏』す、という意味の……」


「……」


「私も噂程度に耳にして、なんでもその人は色んな店の民間依頼を受けては甚大な被害を出している疫病神のような存在、と……」


「……」



 間違いない。これはリーチェのことだ。それを自覚してリーチェは、全身の穴という穴から滝のような汗が流れ始めるのを感じた。

 アリアも半ば確信しているようで、瞳の中がグルグルしているのが手に取るように分かった。



「……あの。」


「は、はい。」



 こうなったらヤケクソだ。そんな話が噂として広まっているのなら、どこを当たっても雇ってなんかくれないだろう。

 だがしかし、相手が心優しい少女であれば、まだなんとかなるかもしれない。



「ここで……ここで!働かせてください!」


「ごめんなさいっ!」


「そこをなんとか!!」


「ごめんなさいっ!」



 戦いの火蓋は切られた。こうなればもうどちらかが折れるまで続く根比べだ。

 そしてリーチェの誇るべき美点は、行動力のほかにもあと一つ存在する。



「そこを!!なんとか!!」



 リーチェにはプライドというものが存在しなかった。

 地面を割る勢いで頭を地に擦り付け、座っていたアリアの足を自分の頭の上に乗せて踏ませた。



「え!?ちょ、はぁ!?」


「お願いします!!ここで!働かせてください!!」



 強靭なメンタルを持つリーチェは、生まれてこの方根比べでは負けたことがない。

 アリアはとうとう押され負け、泣きそうな顔でメガネがズレたまま、リーチェの嘆願を承諾したのだった。



 ◇◇◇


「それではまずマンドラゴラをすり潰してもらいます。」


「キィィィィェェェェェァァァァァァ!!!」



 すり鉢の中にマンドラゴラを放り込まれ、リーチェは再び絶叫した。



「落ち着いてください。もうこれ死んでますから。」


「そういう問題じゃないんですけど!マンドラゴラっていうことが問題なんですけど!」


「魔法薬を作る上で欠かせない材料です。あなたの仕事はおそらくこれが主になると思いますよ。」


「どうして!!」



 まるで人の顔が溶けたかのような模様の浮かび上がっているマンドラゴラは、見ているだけで恐怖が湧いてくる。

 一度触れれば死の断末魔が聴こえてきそうで、リーチェのすべすべお肌は粟立ってきた。



「う、う、うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」



 その結果、目を閉じながらゴリゴリとマンドラゴラをすり潰して周囲に飛び散らせつつ、手を滑らせてすり棒を足に落として転び、近くの棚に全身で倒れながら突っ込んでいってしまった。



 ◇◇◇


 その他にもリーチェの試みは失敗の連続だった。

 料理を作ってはゲーミング色に発光する物体が爆誕したり、木材を切り出してはそれを自分の血で汚したり、武器や防具の部品を失くしたり、数えればキリがない。



「な、何なら出来るのよ、あなたは……」



 途中からアリアの方も遠慮がなくなってきて、疲れきった様子で乱暴な言葉遣いを向けられるようになってきた。

 どうやらアリアの素はこちらの方らしい。



「えーっと……はい、ごめんなさい……」



 返す言葉もない。リーチェを保護してくれた相手に恩を返すどころか、こうまでして無理矢理雇ってもらった挙句に迷惑しかかけることが出来ないとなると、さすがのリーチェも一抹の罪悪感というものを覚えた。



「まったく……それじゃあ次は――」


「――助けてくれ!!」



 玄関の扉が開かれて、誰かが助けを求めてそう叫んだ。



「何!誰!?」


 

 戸惑うアリアを置いて、リーチェは急いでその声がする方へと走った。玄関には一人の男が、血だらけの女の子を抱いていた。



「娘が、娘が起きないんだ……!」


「……っ!」



 リーチェは男の腕から少女をぶんどると、先ほど自分が寝かされていた部屋へと戻り、ベッドにその少女を横たわらせた。



「ちょっと!いったい何が……」



 駆けつけてきたアリアもその娘を見て、戸惑いから一気に顔色が変わる。事態は切迫していた。



「その子は!?」


「今具合診るところ!アリアさんは玄関にいる人お願い!」


「わ、分かった……!」



 リーチェは回復魔法を使うことはできないが、回復術士免許に見合うだけの医療知識は持ち合わせている。ブロンズ級なのでお粗末なものだが、簡単な診察くらいなら出来なくはない。



「……っ」



 傷が深い。内蔵まで傷ついている。辛うじて心臓は動いているが、ここまでの出血を止めるには中級程度の回復魔法か、もしくは最上級ポーションでもなければ難しい。

 そして中級回復魔法が使える回復術士はこの街に存在しておらず、最上級ポーションはここから遥か遠くの聖都にしか売られていない。


 この少女は、助からない。


 

「リーチェ!さっきの人はとりあえず革を敷いて寝かせておいた!次はどうすればいい!?」


「……」



 リーチェは回復術士だ。しかし回復魔法が使えない。そんな出来損ないだから当然、人の死には何度も立ち会ったことがある。

 お前のせいでは無いと微笑む者もいたし、お前のせいだと罵る者もいた。

 そしてそんな仲間の死は、回復術士の責任だ。



「……この子の容態を見てて。」


「え、あっ……うん。」



 リーチェは部屋から出ると、男が寝込んでいるアトリエの一隅へと向かった。

 男はリーチェを見ると、死体のように転がっていた体を勢いよく起こした。



「娘は……!?」



 リーチェは息を飲み、そして首を横に振った。

 男は目を見開き、脱力してまた横たわった。

 男は何も話さなかった。ただ顔を歪めて、よくなめされた革の上で、また死体のように身を転がした。



「……」



 リーチェはアトリエから出て扉を閉じる。そしてその扉にもたれかかると、向こうの方から微かに男の嗚咽が聞こえてきた。

 リーチェは鋼のようなメンタルを持つ回復術士だが、いつまで経ってもこの声に慣れることはなかった。

 

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