生産職です!なんでも作ります!

ななぽぽな人

第1話

「必要とされる物であればなんでも作る。それが生産職という仕事ですから。」

 

 立ち並ぶ家々を背に、少女は堂々と胸を張ってそう言い返した。

 対する髭面の貴族は忌々しげに、青筋をたてて力いっぱいに拳を握るほか出来なかったのだった。


 ◇◇◇


 

「お前、追放な。」


「……へ?」


 

 宿の部屋で甘いお菓子を頬張っていたリーチェは、一瞬何を言われたのか理解できなかった。


 

「いやだから、追放。」


「えええ!?なんで!?私今まですっっっっごく頑張ってたのに!?」


 

 これまでリーチェはパーティーのために、回復術士として限りなく貢献しようと努力を怠らなかった。だというのにこの仕打ち。追放だなんてあんまりではないか。


 

「お前なんかしてたっけ?」


「してたよ!荷物運びでしょ?パシリでしょ?あと運搬系の仕事!」


「全部同じじゃん。回復術士関係ないし。」


「でも仕事はしてるもん!」


 

 むしろ物運びならば他の回復術士に追随を許さないほどの腕前だと自負している。体力と腕力には小さい頃から自信があるのだ。


 

「欠点らしい欠点っていえば、回復魔法が使えないことくらいじゃないの?」


「それが一番問題なんじゃねぇかよ。」


 

 鋭いツッコミにリーチェはぐさりと心を刺された。

 そう、リーチェは回復術士なのに回復魔法が使えないのだ。正確には発動はするけれど、何故か相手の傷は治らないし解毒や解呪もすることができない。

 しかし魔法自体は発動しているので魔力は減るし、お腹がすいて甘いものが食べたくなってしまうという体たらくである。


 

「と、に、か、く!今日限りでお前はクビ!脱退届はもう出したから早く出てけ!」


「そ、そんなぁー!」


 

 リーチェは否応なしに部屋から外へつまみ出されると、その目の前で扉が固く閉ざされてしまった。

 晴れてリーチェはソロ冒険者の回復術士となったのだ。


 

「……ホントにどうしよ。」


 

 人はどうしようもなくなってしまって初めて冷静に考えられることもある。リーチェは今まさにそれだった。

 回復術士という職業上、攻撃的な魔法は魔術士免許がないので使えない。唯一の装備である聖典も物理攻撃には適さないだろう。

 つまり自分一人で冒険者をしようとすると、ほぼ百パーセントの確率で魔物には勝てないのだ。


 

「うぅ、仕方ない。民間依頼で乗り切るしかないかぁ……」


 

 民間依頼というのはその名の通り、市井の人々からの依頼を指す言葉のことだ。対して国や貴族から出された依頼は公式依頼と呼ばれ、この二つでは難易度と報酬の差が大きく異なる。

 公式依頼は報酬が多く、一つ依頼を解決すればしばらくは生活に困らない程度のお金が手に入る。しかし民間依頼の報酬はたかが知れていて、これだけで暮らそうとするのはかなり無謀だ。

 そのため民間依頼をこなす冒険者はあくまで副業としてそれらの活動を行っており、そのほとんどが別の仕事と兼業をしているのだ。


 

「やっぱり、どこかのお店で働くしかないかなぁ……」


 

 幸いこの街には色んなお店があり、武器屋、防具屋、革細工屋、道具屋、家具屋、錬金術アトリエなど、挙げていけばキリがないほどだ。

 苦労することにはなるが、これだけあればどこか一つは雇ってくれるところもあるだろう。であればリーチェの取るべき行動はただ一つだ。

 


「よし!総当りしよう!」

 


 リーチェの誇るべき美点。それは苦労を厭わないこの行動力である。……少なくとも、自分ではそう思っている。


 リーチェは手始めに付近の店から当たっていき、どうにか雇ってもらえるように交渉することにしたのだった。


 ◇◇◇


 リーチェは街の広場の噴水に顔を突っ込んでいた。


 

「あぼぼぼぼ……」


 

 なぜこんなことをしているのか。理由は単純、どこも雇ってくれなかったからだ。


 

『テメェ!この前お客さんが発注した商品粉々に砕いて届けやがったガキだろ!誰が雇うかボケ!』


『君に配達を頼んだ品物が、お客さんに届いたときには全部ボロボロになっているらしいんだが?』


『……二度とその面見せんじゃねぇ。』


 

 どうやら今までリーチェが積み重ねてきたキャリアを僻んでいるらしい。ありもしないクレームをつけて不当な不採用を突きつけてきたのだ。

 まさか転んで岩に打ち付けたり、川に流され滝から落ちたり、うっかり配達物を肥溜めの中に落としたりした程度で、お客さんから苦情が来ることなんてありえないだろう。


「っぷはぁ!」


 とはいえそんな不正のせいで困っているのは事実であり、実際既に日が暮れ始めていて焦っているのも本当だった。

 昼間に食べたお菓子もすっかり消化されきって、お腹の中から悲しい虫の声がぐぅぅと聴こえてくる。


 

「うぅ、お腹すいたぁ……」


 

 一度実感してしまうともうダメだった。リーチェはその場にへたり込むと、そこから微塵も動くことができない。

 嗚呼、人はこのようにして餓死して逝くのか。来世は回復魔法が使えたら良いな。アーメン。


 リーチェは来世への祈りと共に、夕陽に輝く一筋の涙を流してその目を閉じた。

 こうして、リーチェの儚き生涯は幕を閉じ――



「……あの、大丈夫ですか?」


「ふにゃぁ……」



 ――幕はまだ、閉じられなかった。


 

 ◇◇◇


 リーチェが目を覚ますと板張りの天井が目に入った。ふかふかのベッドに寝かされており、随分と寝心地が良い。



「あら、起きたのね。」



 ふと聴こえた声の方を振り向くと、そこにはリーチェと同い歳程度の少女がこちらを見つめていた。



「ここは……?」


「私の居住区、及びアトリエです。」


「アトリエ……?」



 確かに見渡してみると、何か作り掛けで放置されているらしいものがそこかしこに置かれていた。

 モクモクと煙を吐き出し続ける錬金釜……右側にだけ鋭い刃がついた小盾……歪み切ったダイニングテーブル…………

 


「……前衛芸術家さん?」


「どういう意味か詳しく聞かせてもらっても?」



 メガネをクイッとして怒りのオーラを発する相手に苦笑してお茶を濁すと、少女は嘆息して肩をすくめた。



「街の広場で死にかけてるあなたを見つけたので、私が連れ帰って看病してたんですよ。具合が良くなるまで安静にしておいてください。」


「死にかけてるって……あ。」



 気がつくと同時にリーチェの腹の虫は「飯をよこせ!」と低く唸る。人前ではしたないことだ。リーチェは赤面した。



「お腹すいてるんですか?」


「あ、あはは……」


「少し待っててください。」



 少女はベッドの脇の椅子から立ち上がると、黒髪のポニーテールを翻して部屋から出て行ってしまった。

 ……まさか、料理を用意してくれるのか!?


 

「えへへ、楽しみだ――」



 部屋の外から凄まじい轟音が鳴り響き、その音圧にリーチェは布団の中で小さく飛び上がった。おおよそ料理をするときに出る類いの音ではない。

 あれ?これもしやメシマズ系なのでは?



「お待たせしまし……なにしてるんですか?」



 少女が戻ってきたとき、リーチェは布団の中に包まってプルプルと震えていたのだった。



「まぁいいか……とりあえず食事、用意出来ましたよ。」


「む、虫とか混入してませんよね……?」


「さっきから色々失礼ですねあなた。ただのパンとシチューですよ。」



 少女の手元には確かによく見る黒いパンとシチューが皿に乗っており、想像していたゲテモノとは似ても似つかないまともな見栄えだった。



「昨日の残りを温め直しだだけですけど、食べられますか?」


「ほへほひひひ!」



 食べられるかどうか以前に、もう既に食べている。黒いパンをシチューに漬けてふやかし、むしゃぶりつく。なかなかに美味だ。

 はふはふと頬張ったまま「これ美味しい!」と少女に伝えた。



「なんて言っているのかは分かりませんけど……美味しそうで何よりです。」


「はふっはふっ……」


「それですか?マンドラゴラです。」


「ふごっ!?」



 否、やはりゲテモノだった。マンドラゴラといえばあの甲高い声を聞くと死に至るという、なんともまぁ恐ろしい魔物のような植物である。どこかの地域では薬の材料として使われているらしいが、リーチェのような都会育ちにはかなり抵抗がある。



「マンドラゴラには滋養強壮、魔力回復、精力増進などの薬効がありまして。薬の材料としてはかなり手広く使える貴重な材料なんですけど、普通に調理して食べても美味しいんですよ。これ、生活の豆知識です。」


「き、きき、き……」


「あれ、どうかしましたか?」



 悪意なき顔できょとんとする少女に、リーチェは何を言い返すことも出来ない。口の中に転がるマンドラゴラであろう物体を吐き出したい衝動を必死に抑えて、それを噛まずに飲み込んだ。



「き、き、ききき……」



 リーチェのメンタルは鋼のように強靭だ。しかし、虫とゲテモノだけはこの鋼のメンタルを打ち破る恐ろしい存在なのである。



「――キィィィィェェェェェァァァァァァァ!!!」



 リーチェはマンドラゴラのような叫び声をあげて、そのまま気絶してしまった。



 ◇◇◇


「……ごふぇぷ!?」


「あ、目覚めた。」



 えげつない臭いを嗅いで、リーチェの意識は覚醒した。液体の入った瓶を開けてその臭いを嗅がせていた少女を見るに、どうやら気付け薬を使われたらしい。



「すみません。マンドラゴラ苦手でしたか。」


「あはは……こっちこそごめんなさい。せっかく出してもらったのに。」


「いえいえ。正直作りすぎて困っていたところだったので。」



 気を使わせないようにそう言っているのだろうと思うと更に申し訳なくなる。リーチェは頬を掻きながら布団から立ち上がった。



「さすがにこれだけ眠ればもう大丈夫です!食事も摂りましたし、これで三日は持ちそうです!ありがとうございます!」


「それは良かった。ところで、今からご出立なされるおつもりですか?」


「あんまり迷惑もかけてらんないですからね!」



 リーチェは意気揚々と部屋を出て廊下を歩き、外への扉を開けた。

 外はもう星が瞬いていて、人っ子一人いないような深夜になっていた。



「……今晩、泊まっていかれますか。」


「オネガイシマス……」



 あともう少し、リーチェは少女に世話になることになった。

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