気持ちのいい殴り方を教えて

花野 有里 (はなの あいり)

本編

 人生はあいまいに生きたほうが、うまくいくんだ。


「ねぇーこの髪型どう思う? 春奈」


 友人の美紀が私に雑誌を広げて問いかける。

 癖のあるボブカットがお笑い芸人っぽい。


「いいんじゃない? 似合うよ」


 私は教室の空気を読みながらそう言った。

 だって似合わないって言えば、嫌がられる。

 たとえ事実でも、言わないほうがいいことがある。

 そうしないと今の、人気者ってポジションはなくなるだろう。


「はぁ? 何言ってんだよ。こいつには絶対に似合わない」


 唐突に、頭上から声が聞こえた。


「神野コウキ……」


 私は思わずつぶやいた。空気クラッシャーで有名なクラスの男子だ。

 前髪が長く陰気な雰囲気の、ぼっち。


「ひどーい神野」


 美紀が叫ぶように言った。


「言いすぎじゃない? 神野」

「別に後で嘆いていいならいいけどなー。どうせ後でぎゃあぎゃあ言うんだろ。なら今言えばいいだろ。特に山本春奈。お前こいつと一番仲いいんじゃねーのかよ? それなのにお世辞しか言えないのかよ。あほらし」

「なっ」

「ま、俺には関係ねーけど」

 次の日、その髪型にした美紀は泣きはらした目で現れた。


*


 人気のフワフワなボブヘア。

 程よく染めた明るめの髪色。

 嫉妬されない程度の「ほどよい」ブランド品。

 悪目立ちしない華やかさ。

 私はそうやって生きてきた。

 自分の意見の見込み、イエスマンに徹して、相手を持ち上げる。

 そうすれば相手は気持ちよく私を受け入れてくれる。

 物心ついたころにはそんな現実が見えていた私には、人気者になるのはたやすいことで。いつだって、中心的グループに所属して、楽しく高校一年目も過ごしてきた。


 あれから美紀は不登校。

 私は、本当に正しかったのか。

 今はすごく悩んでいる。

 美紀が休んでからグループは若干お通夜。


「なんかのど乾いたし、買ってくる」

「いってらー」


 その空気に耐えきれなくなって、私は理由をつけて教室を出た。

 屋上にでも行こうか。それとも、大好きな踊ってみたの動画でも見ようか。

 私が好きな配信者の「MY」は、すごくきれいな顔で一人で踊る。

 好きな歌を好きなときに踊る。

 人気かどうかなんか気にしない。

 反響よりも自分が表現したいことをやる、と彼は言っていた。

 その生き方に憧れているのに。


(私は結局、いい人に思われたくてイエスマンしかできない)


「はあ……」


 ため息をつきながら屋上を目指す。

 今の生き方正直、疲れた。

 しんどい。でも、居場所を失うのが怖い。

 私は小心者で性格が悪い。本音じゃなく相手の欲しい言葉だけを言う。

 どんなにそれで相手が図に乗って、あとで痛い目を見るとわかっていても。

 お世辞ばかり言って、相手の気分を良くして。

 だけどそんな私をみんなは「いい子」として望んでいる。

 ありのままの姿、が私はわからないから。


「ふう……」


 屋上を開ける。空気がおいしい……。


「やっと一人……って……え!?」


 そこにいたのは。


「MY……?」


 うちの高校の制服を着て、踊る「MY」がいた。

 長い髪を翻して見える顔は「MY」そのもので。


「誰だよ?」


 彼が足を止める。そして翻っていた髪の毛は元の位置に戻る。

 そこで、気が付いた。


「神野……?」


「俺じゃ悪いかよ。急に入ってくんなよ……驚かせてーのか」



 唖然とする私。

 それを無視してまた踊り続ける神野。

 まぎれもなく、MYの踊りだった。

 目の前で繰り広げられるその光景に私は言葉にならない興奮を覚えた。


「すごい。私MYのずっと前からファンで……憧れてたんだ。そのMYが神野なんて!」


 ビックリした。こんな近くに憧れの人がいるんだ。


「お前は二重人格かよ。あれだけ普段ぼろくそに言っといて、俺が配信者なら媚びるのか。自分なさすぎって言うかプライドなさすぎじゃね? 恥ずかしくねーの?」

「なっ、褒めてるじゃん」

「普段はいつも馬鹿にしてんだろーが。大勢のやつらと一緒にな」

「それは……」

「協調性のない陰キャ」

「えっと」

「って、言ってんの、前聞いたけど? 俺の事だろ? どーせ」



 私は神野を、どう思っていただろうか。

 皆が言うとおりに浮かないように皆と一緒な言葉を並べて。


「思ってるかどうかは別として口に出せば一緒だってーのわかんねーのかよ。聞いたやつには一緒の意味に聞こえるってーのがわかんねーあたり、俺を馬鹿馬鹿言う割にお前のほうが馬鹿だ」

「な、なんで聞いて……!?」

「てめーらの声が馬鹿デカすぎるんだよ。隣の部屋まで聞こえる声で人の悪口言うとか、本当何も考えてねーんだな。ただ同調してればいいと思てるんじゃねーぞ。自分ねぇのかよ。お前」

「ひどくない!?」

「思い当たるから傷つくんだってーの。自分に当てはまらない言葉だったら何にも傷つかねーよ。図星だったんだな」

「事実なら言っていいわけ?」

「相手が機嫌よくして自分が好かれんならいいのかよ。相手がそのせいで困ろうが、興味ないんだな。くそ性格悪いやつだな、お前」

「……なっ」


 私たちが、あの時言えば美紀は不登校にはならなかっただろう。

 だけど、言った誰かが悪役になったのは間違いない。

 それを、誰が望むのか。誰だって悪役は嫌だ。

 悪役になれば、浮いてぼっちになって……これからの学校生活で楽しめなくなるから。そんなこと誰もしたくない。


 神野以外は。


「美紀ってやつの事、大事じゃねーんだなー。出てるぞ、態度に」」

「ちがっ」

「親友、親友って言っといて、自分のアクセサリーにしてるだけかよ。結局自分がかわいいんだろ? お前」

「うるさいっ!」


 余計なお世話だ。何でこんなやつにこんな風になじられなきゃいけないんだ。


「そういう仲良しこよしごっこ俺は大嫌いだ。相手と向き合ってないのをごまかすために綺麗な言葉ならべて。本気で大事なら本当の意味で味方になれよ。口だけ大親友—って、アホみたいに言ってねぇでさー」

「あんたなんかに口出しされたくない。関係ないじゃん」

「同じクラスだろ? 目に入ってイラつくんだよ、めちゃ目障り。ウザイ」

「見なきゃいいじゃん!」

「でけぇ声で騒いどいて何言ってんだよ。お前らずっ友—って言ってんだから、お互いを幸せにしようとしろよ。何自分らで悪い方向に向かって笑顔で進んでんの? 本当は友達が嫌いで、ダメになってほしーんだろ」

「皆から嫌われて、不愉快にして、何言ってるわけ」

「別に好かれたいわけじゃねーからな。お前らは好かれようとして、相手をダメにしてんじゃん。それよりマシ」


 そんなことしたら俺は、と神野は続ける。


「きっと俺は、俺を嫌いになるわ」

「……訳わかんない」

「そろそろ、チャイムがなるんじゃねーの?」


 神野はスマホを見た。

 抜け出してから大分時間がたってる。

 遅刻なんかすれば目立ってしまう。


「教室戻る」

「オレも戻っけど?」

「一緒に来ないでよ」

「同じクラスだから無理だし、何で俺が従うんだよ。お前が嫌なら早歩きすれば」

「……わかった」


 私は屋上から早歩きで教室へ帰った。

 遅刻ギリギリになって神野が戻ってきたけど私は目も合わせなかった。


*


 MYはあんなにもかっこいいのに。 

 そう神野は髪の毛をあげると美形だ。

 なのに、隠して生活しているのだ。

 もったいなすぎる。


「ねぇ、聞いてる? 春奈」

「え、あうん」

 お腹痛くて聞いてなかった。

 生理痛の薬が気が付けば切れていた。

 最初は鈍かった痛みも、どんどん増してくる。

 でもこんな場所で、クスリ飲んだら「生理宣言」になるし。

 男子もいるし盛り上がってる中、そんな話題とか空気読めなさすぎ。


「新作のコスメ、持ってきたんだよね。試す? 春奈」

「うん、試す」

「試してる場合じゃなくね」


 神野!


「そいつすげぇ顔色悪いけど、自分の話に夢中で気づいてねぇの? お前ら自分が気持ちよくとしゃべることしか考えてねーのな」

「はあ!? 何!? って、うわ、マジだ。春奈の顔色わるっ」

「え、嘘。私顔色悪い?」 


 とっさに自覚なかったふりをする私。

 何をしてくれるんだ、神野。


「うん。保健室行きなよ」

「俺もついてく」

「何で神野が?」

「保健委員だからに決まってるだろーが。誰がわざわざつきそうかよ」

「しかたない。春奈をよろしく」


 保健委員は別の男子だ。

 何で嘘を。

 神野の気持ちがまったくわからない。


「山本お前重いんだから気を付けて歩けよ」


 うるさい神野。


「わかった。ごめんね、皆」


 私は仕方がないので神野に支えられながら保健室へ向かった。

 そして人気がなくなったころ神野が言った。


「どんだけ、限界まで合わせる気だよ? 馬鹿らしーやつ」

「……何」

「クラスの真ん中で、倒れでもすればもっと悪目立ちするってわかんないわけ? あほらし」

「……それは」

「まあ、具合悪いだろうから何も言わなくていい。とにかく、保健室行ったら寝ろ? な? 無理してもっとめんどくせーことになるし、そうなるとクラスメイト全員迷惑だってーの」

「…………」



 さも当たり前の顔をして私を支える神野。

 あんなにもひどい言葉を、私は言ったのに。

 言ってる言葉はひどいけど、私を思いやってる内容なのはわかる。

 こいつ、口が悪いだけだ。


(理解できないレベルのお人よしなのかもしれない)


 そのまま保健室について私は気を失った。

 目を覚ましたら私はベッドに横たわっていて。

 保健室の先生が神野が私をベッドまで担いでくれたと言った。


*


 あれから私はもう治ったと言って教室に帰った。

 まるで何事もなかったかのように、教室は回った。

 保健室のベッドに置いてあったドリンク。

 そこに書き残された「飲んどけば?」というそっけない見慣れない文字。

 私はそのドリンクを飲み干し捨てた。


 お礼を言うべきなんだろうけれど、神野は私が声をかけようとすると教室から出ていく。きっとダンスの練習をしに行くのだ。

 彼にとってクラスは人生の一面でしかない。

 私はクラスがすべて。


 その差は大きい。

 趣味とか何にもないし。


 はやってるものをその時だけ、好きになる。

 好きだと思ってもはやりものじゃないなら嫌いという。

 だってそうしたほうがうまくみんなとやれるから。

 でも。


「私用事思い出した」


 私は走る。屋上へと、階段を駆け上がる。

 そして叫ぶ。


「ありがとう! 神野」


 目の前には神野が踊りを止めて私を見ている。


「何叫んでるわけ。目立つし俺まで恥かくんだけど?」

「言いたかったから! それじゃ!」


 すっきりした。

 言いたいことを言うって、こんなにもすがすがしい気持ちになるんだ。

 まるで、心の中の掃除みたい。 

 そこに、クラスの子が歩いてくるのが見えた。

 バレたら、やっぱ変な目で見られるかな。


 でも言わなかったら私は私を大嫌いになってたから。

 神野が言っているのはきっとそういう事で。

 私は神野みたいにはなれない。

 失うものが大きすぎるから。

 平穏なこの日々を作り上げるのが大変なことを、私は知っているから。

 それを一度の行為でぶち壊す。

 ……そんな勇気持てるほど私は強くない。

 

 *

 

 

「知ってる? 神野って昔はモテたって」

「嘘でしょ」 

「中学時代、相当モテたらしいよ」


 そんな噂が急に沸いた。


「顔実は美形らしい」

「ないない」

「でもさー同中の子らがさ、言うんだよね」

「なんて?」

「何でもよく聞いてくれて、優しい、人気者だったって」

「えー」

「でさ、神野のいたクラスってやばいらしい」

「何それ」

「いじめ? あったらしーなんか。自殺騒動あったって」

「えっやば」

「そういえば神野、その自殺しようとした子の親友だったんだって。なんで助けなかったんだろね?」


 気になる。神野の中学西中だっけ?

 神野の顔は確かに整っている。でも西中ってほぼ県境にある遠めの中学だ。

 本当は、輪に混ざれるんじゃん。

 それなら、どうして。

 好奇心が疼く。

 でも、触れてはいけないものだという空気を感じる。

 近寄らないほうがいい話題なのだろう。 

 だから私は空気を呼んで、その話題を忘れることにした。



*


 神野のポジションは相変わらず変わらない。


「鼻毛出てるよ」

「神野! 何でいうわけ!?」

「? すごい目立ってたけど」

「うざっ」


 また。

 これだけの扱いをされても変わろうとしない神野は、ある意味すごいと思う。

 正しく交わる方法を知ってるかもしれないのに。 

 それを捨ててでも今の神野でいるなんて全く理解できない。


「ねぇ神野の噂調べてみようよ」


 女子のひとりが言った。


「いいね! ムカつくし」


 ドクン、と心臓が動く。それはしてはいけない。

 ふみ入ってはいけない個人の世界だ。

 やめてと私は言いたかった。

 舌が回らなくて私は喉がカラカラになる。

 言わなくちゃ。やめてって言わなくちゃ。


「しかたがないよね、神野だし」

「自業自得だよねー?」


 だけどそれができないまま傍観者になった。

 そうして、神野は『いけにえ』になった。


*


「神野っていじめられた親友を見捨てて、自殺未遂させたんだってー」

「陰湿ぅ」


 あっという間に神野の過去は暴かれた。

 昔の人気者だったころの写真もあちらこちらに流れていった。

 笑顔の神野は普通の男の子で。

 その隣には爽やかな感じの男の子。

 二人が仲がいいのはすぐに分かった。


「ねぇ、やりすぎじゃない?」


 私は震える声で言った。

 自分たちだってクラスにいじめられっ子がいたら見捨てる癖に。

 どうせ、声をあげずに混ざるくせに。私もだけど……皆神野と同じことしてるくせに、何で神野だけそんなに悪いように言うの? それって、あんまりだと思う。

 黙ってられない。

 衝動的に、口が動いたんだ。


「神野やりすぎだよね」

「違う」

「え?」

「皆、やりすぎだって」

「何やってんだてめーら。うるせぇよ」


 私が震える小さな声でしゃべっていると。


「主役登場!」


 私の前に神野が立った。


「ねぇ、神野。いじめられてた親友を見捨てたって本当?」

「ああ」

「マジで!? 親友を見捨てたんだ!? うわー最悪」

「俺のせいで、あいつが傷ついたのは事実だ」

「ありないんだけど」

「全部、俺が悪いんだ」


 真剣な顔で神野は言った。


(違う。神野はただ何もできなかっただけだ。加害者は、いじめっ子じゃないの?)


 皆だって私だっていざ親友がいじめられたからって立ち向かえない。

 いたって普通の行動が何でここまで責められなきゃいけない?


「それがお前らに関係あるのか」

「えー? だって同じクラスじゃん」

「関わりたくないよなぁ」


 ニヤニヤするクラスメイトが気持ち悪い。

 自分を正義だと思って笑う醜悪な姿。

 棚上げにされた自分の行動は、どうなわけ?


「別に俺は、あんたらにかかわる気はねーから」


 バッサリと神野は言い捨てた。


「これは俺の問題だ。他に関係あるのは親友ぐらいだ」

「なっ……」

「生意気なんだけど!」

「お前らのほうが、生意気だろ。俺のことは俺に責任がある。それで嫌われようが仕方がないが、人様の写真ばらまいて英雄気取りかよ」

「はあ!? あんたがおかしいんじゃん」

「おかしければ、悪いのか?」

「……何で、そんなに強気なわけ」

「これが、俺の正解だと信じれるからか」

「意味わかんね」

「分かられようとしてないから、別にいーわ。お前らに何言われようが俺はすでに俺が悪いと思ってる。しりぬぐいもやってるつもりだ。親友は納得してる。それでいいだろ」


 私は、何も言えないまま去っていく神野を見た。

 追いかけよう。そう思ったのに、足がすくんで。

 情けない。みっともない。


 私は神野に助けてもらっておいて。

 いざとなれば、私は見捨てるんだ。


 そう思ったら気が付いたころには私は立ち上がっていて。


「春奈?」


 名前を呼ばれても返事もせず神野を追いかけていた。

 

*


 神野は屋上にいた。


「か……神野」

「何できたんだよ山本」

「だって、私心配で……でも本当は怖くて……けどこうしなきゃ自分を嫌いになるって思ったから……私、神野に助けてもらったから、さ」

「恩を売ったわけじゃねーよ。授業をさぼる理由を探してたんだよ、あの時は」

「そういうつもりじゃないって知ってるけど!」


 それでも。


「私は神野の傍にいたい」

「気分のいい学校生活はもう送れなくなるぜ? お前の大好き仲良しこよし、俺がいるとできねえだろ」

「それでも私は私の意志で動きたい」

「あ、そ」


(美紀にも、堂々と謝りに行きたい)


 私は私だけがかわいくて他人なんか気にしないで生きてきたのだと思う。

 だけど今の私には神野の存在が心の中にしっかりあって。


「嫌じゃなかったら、私に話して。神野のこと、教えて」

「……噂通りの話だ。いじめにあった親友を、ほかのやつらと同じ立場に紛れて見捨てた。それだけの話」

「でも、きっと理由はあったんでしょう? それに誰だってそうする」

「理由があれば、誰もがそうするならば、見捨てていいわけではないだろ」

「そうかもだけど」

「俺は、孤立するのが怖かった。だけど本当は助けたかった。そんな事実で親友は救われれるのか?」

「……そうだけど」


 その気持ちはわかってしまう。

 弾かれる怖さに感情を抑え込んで。

 まるでそれが本意であるかのようにふるまって。

「親友は俺を責めなかった」

「なら」

「でも今でもあいつの体にはマヒが残った」

「え」

「俺があの時本当に思った通りに動いてたらあいつは!」


 泣き出しそうな叫び声だった。

 こんなにも感情をむき出しにした人間を見たのは小学生以来かもしれない。

 子供のころと違って成長すれば、皆は表層を取り繕うようになるから。

 むき出しに、さらけ出すことが怖くなっていくのだから。


「もう……今更どうしようもないんだ」


 ああ、だから神野はいつだって感情をむき出しにして。


「でもあいつは、俺のダンスを見たいって。俺の笑顔が見たいって。自分のことで暗い顔をしないでほしいって言うんだ!」

「いい人だね」

「そうなんだ。いい人すぎるんだ。そんな奴を! 俺は! 見捨てた最低のやつなんだよ! クソ野郎なんだよ!」


 神野は涙目になっていた。


「だから……せめてこれから同じようなことしないように嘘は言いたくねぇんだよ」


 ずっとずっと疑問だった謎が解けていく。

 過去の過ちを後悔してるから、神野は今の神野になったんだ。

 なら。


「私も、美紀に同じことしちゃったから。そりゃ、レベルは違うけど……わかる」


 罪悪感がどんどんわいてきて。

 あの時ああしていれば彼女の人生を狂わせることもなかった。 

 すでに終わったことなのに。

 夢の中で笑う美紀を見るたびに後悔した。

 あの笑顔を守れなかったのは私だ。


「あいつに許してもらっても、俺は俺を許せないから……前のまんまのんきに笑えねぇんだよ」

「うん……」

「精一杯後悔しないようにあいつと一緒に生きるしかねぇんだよ」

「親友さんは、今は?」

「リハビリで高校に行けてねぇ。俺のせいだ」

「神野のせいじゃないよ」

「俺は、俺のせいだと思ってんだ」


(きっと、神野の傷は私よりも深いんだろうな)


「俺があいつの青春を奪った」

「……私の青春は、神野がくれたよ」

「? どういう事だ?」

「ずっと周りに合わせてばかり生きてきたの、私」


 だけど。

 神野の行動が私の心を動かしたから。


「でも……もうやめる。私らしく生きる。美紀の家、今日訪ねて謝ってくる。それでどうなるかは知らないけど私はもう、気持ちを隠して笑うのは嫌なんだ」


 だからと私は続ける。


「神野、私の友達になってよ」

「俺なんかと仲良くして、どうするんだ」

「笑うの。いっぱい、笑って言葉で殴り合うの。気持ちいい殴り方を、教えてよ」


 私は笑顔でそう言った。

 神野は目を丸くして私を見た。


 しばらくして、無言になった後。


「お前馬鹿だな」

「馬鹿だから、間違えてきたんだよ」

「俺も……馬鹿だから、仲良くやれる気がする」


 長い髪を風邪で揺らして。

 神野は泣きながら笑って。


 それはとても綺麗に見えた。


*


 美紀の家には入れてもらえなくて。

 私はひとりで行くと言ったのだけどなぜか神野が付いてきた。

 後ろに立ってるだけで、何も言わないけれど。

 それだけでも勇気をもらえる気はした。

 独りじゃないんだと思えた。

 スマホやインターフォンを鳴らしても応答はない。

 だから私は叫んだ。


「美紀! ごめんなさいっ、私が止めなかったからっ! 本当にごめんなさいっ」


 近所迷惑かもしれない。

 それでもこのまま美紀の人生が戻らなくなるよりはましだ。

 私は美紀が好きだ。

 本音で語り合ったことはないかもしれない。

 だけど、つらいとき傍にいてくれて。

 何も言えない私に付き添ってくれたのを思い出す。


「本当に反省してるから!」


 声が枯れそうだった。

 何度も何度も叫んだ。


「美紀、一緒に学校にまた通いたいよ……!」


 返事がなくても叫び続けた。

 気が付けば、パーカーをかぶった美紀が私の前に立っていた。


「……美紀」

「春奈」

「本当にごめん! 似合わないって言えばよかった。神野みたいに」

「……私に気を使ってくれたんだよね、皆は」

「そのせいで美紀の髪の毛が……」

「うん、変になって。歩くだけで笑われて」

「ごめんね」

「髪の毛は戻らない」

「うん。わかってる」

「でも、私のために春奈は戻ってきてくれた」

「だって、友達じゃん」

「皆は笑うだけだったけど……だからさ」


 目を細めて、美紀は笑う。


「もっと短く似合うように切ってもらってまた、学校に行こうと思うんだ」

「! 美紀」

「まだ長いからやり直しは聞くかなって……」

「うん……」

 私は泣いた。

 よかった。


「一緒に学校も美容院も行こう」


 私は美紀の手を握りしめながら泣きじゃくる。


「泣かないでよ」

「だって美紀の事大好きだから」

「私も大好きだよ春奈」

 美紀の言葉に、さらに涙が止まらなくなる私。

 ハンカチをもらって涙をぬぐう。

 しばらくして振り返ると。

 神野はいなくなっていた。


*


「おはよう、皆」

「美紀じゃん! ショートにしたんだ、似合う」


 皆は何もなかったかのように美紀を囲んで笑った。


「春奈と一緒に美容院行ってきたの」

「……春奈?」


 皆の視線が一斉に私に集まる。


「美紀とまた、学校に行きたかったし……」

「ふぅん。優しいね」

「別に、私が美紀が好きだから」

「まあ。よかった。ずっと寂しかったから、うちら」


 そう思ってても何もしなかったけど。

 だけどそれが普通の生き方なんだろう。

 多数決のな生き方。

 それはそれで正しいのかもしれない。

 浮かないための正解なんだろう。

 でも私はもうやめる。


「前の髪型も可愛かったけど」

 お世辞を美紀に言う皆。


「今のほうが俄然かわいいよ、美紀」


 私は本当のことを言った。

 美紀は嬉しそうに笑う。


「そうだよね。私にあの髪型は変だった」

「た、たしかに変だったかもね!」


 皆は美紀の言葉に合わせて意見を変えた。


「もうさ、取り繕った会話やめよう。私皆と本気で仲良くしたい」


 私はそう言って皆を見た。


「そうだね」


 一番初めに肯定したのは美紀だった。


「余計に気を使って笑ってそういうのもそれなりに楽しいかもしれない。だけど私はみんなと本気で向き合いたいから」

「春奈……」

「嫌だったら私とかかわらなくてもいいし。だけど、私はこう思うの」


 心からの言葉で殴り合うように会話したいと。

 それがたとえ痛すぎる言葉でも相手のための言葉であればきっとその痛みは成長痛でしかないのだ。気持ちのいいものだけで腐っていく皆は見たくない。

 大好きだからこそ。


「変わったね……春奈」

「うん、変えてもらったの。あの人に」

「あの人?」

「誰?」

「……神野コウキ」


 その名前を告げた時、露骨に皆が嫌な顔をした。


「あいつ親友を裏切ったんでしょ?」

「関わらないほうがいいよ。春奈を裏切るかもだし」

「それでもいいの。私は神野が好きだから」


 ざわつく教室。振り返る神野。



「ありえねーだろ」

「山本ってもっと協調性あるやつだと思ってた」


 ひそひそと男子が私のことを言う。

 

「協調性より大事なもの見つけたの。私」

 

そう。見つけたんだ。

 大事なものと人と生き方を。

 私は無言で神野の方へ歩み寄る。

 神野は固まったまま私を見る。


「いいのかよ山本。人前でこんなあほな宣言して」

「神野のおかげで決めたんだ。ありがとう」

「別に、俺は俺を嫌いにならないように生きてるだけだ」

「私も、私を嫌いになりたくないから」

 私は、自分の生きたいように生きる。

 付き合いたい人と仲良くし、笑って生きていく。


「好きです。神野コウキさん」


 クラス中が大騒ぎになる。

 神野自身ポカンとして私を見てる。


「配信者としてか?」


 困惑した神野は言った。ほんのり顔が赤い気がする。

 私はまっすぐ神野を見ながら首を振る。


「人間として」

「異性としてじゃないんだよな?」


 声が裏返ってる神野。


「尊敬するひとりの人として、好きだよ」

「……そんなすげぇ人間じゃないけどな。むしろクソ野郎だ」

「私にとってはすごいから。私がそう思うんだからそう」

「まあ、そうだな。自分の意見は自分の意見だからな」。

「私、神野と一緒に高校生活を過ごしたいの」

「……好きにしろ」


 風が吹く。神野の長い前髪がそよいだ。

 神野の笑顔がむき出しになる。

 だから私も、一緒に笑った。

 そして大声で叫んだ。人目なんかもう気にしない。


「好きにする!」


 私はそう言って、神野に抱き着いた。

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