後編

 天災は治まりをみせなかった。

 畑にはもう乾いた土しかない。飲み水も底をついた。

 街の人々は、日射しのある外には出ず、それぞれの家の中で死を待つしかなかった。


 わたしも人柱になればいいのかもしれない。

 ずっとそのことが頭にあった。

 死んでカモミールと一緒のところに行きたかった。


 カモミールが天に昇って、人々が飢え死にを始めた頃。

 わたしは朦朧とする意識にふらつきながらカモミールの家へと向かっていた。

 家には鍵がかかっていなかった。おばさんの姿はなかった。自室にいるのかもしれなかった。

 わたしはカモミールの部屋に入った。

 もちろん誰もいない。

 ベッドに腰かけるとほっとして体の力が抜けてしまい、そのまま仰向けに倒れた。

 薄手のタオルケットが顔の横にあり、そこからほのかにカモミールの優しいいいにおいがした。

 カモミールは今もここにいるのかもしれない。

 天にいると同時に。

 ……最後に、わたしももうすぐ死ぬのなら、カモミールのために死のうと思った。


 カモミールはどうしたらまた笑顔になれるのかな。

 そう思って、試しに便せんを取り出して想いを書いてみた。

 何も口にしていないせいで、指に力が入らない。

 わたしにできることは、ほとんど残されていないのだ。

 必死に手紙を書いていたら夜になっていた。一応それを封筒に突っ込むと掴んで、家のドアを開けた。

 おぼつかない足で展望台へと向かった。

 階段を手すり頼りにのそのそと這い上がり、夜空の下に出た。

 憎たらしい星空だった。

 わたしは天のカモミールに届けようと、手紙を燃やすつもりだった。

 ……でも、火を持ってこなかった。単純にそこまで頭がまわらなかったのだ。

「カモミール、どこにいるの……?」

 わたしはうつむいた。失態に泣きそうだった。ここまで飲まず食わずじゃなかったなら泣けたはずだ。実際は目が少しうるむくらいだった。

「カモミール。わたし、カモミールのことが大好きだよ……。また会いたいよ。そのためなら死んでもいいと思うよ」

 たぶんこれじゃ、カモミールを笑顔になんてできないと思った。

 わたしは、顔を上げた。雲のかけらもない夜空をにらんだ。

「わたしは、そのふざけた天気が大嫌いだよ。みんなすごく苦しんで、どんどん倒れて死んでいって、救いもなにもないよ。なんでこんな最低最悪な奴に、カモミールは願いを託したのかわからない」

 暗い空にはたくさんの星が散りばめられていた。

 街の灯の大半が消えうせたせいだ。

「わたしはどうすることもできないよ。なんとかなるなんて、信じられないよ」

 泣きそうな気持ちだけで涙は出ないけれど、目の奥が熱かった。

「……でも、わたしは、カモミールのことなら信じられる。カモミールが今、天にいるのなら、わたしも天を信じてもいいよ」

 湧き上がるこの熱さは、カモミールを想って生まれた熱なのだと、わたしは思った。

 そうしたら目は自然と緩んでいった。

「カモミール、最後の日のこと、ごめん……。何を言えばいいのか、なんて伝えたらカモミールが笑顔になってくれるのかわからなかったの。すごく心配だった。だって、あの日のカモミールはずっとうつむいていたから。悲しみに寄り添うことが、あの瞬間のわたしは混乱してて行動に移せなかった。そうしてたら、カモミールは笑顔になれたかもしれなかったのに」

 乾燥した風が吹いてきて瞳を撫でていく。

「わたし、ずっと後悔ばかりだよ。カモミールが大好きなら、もっと言葉にしたらよかった。抱きしめたら気持ちが全部伝わるなんて、甘えてた」

 空を見つめて、わたしは微笑んだ。

「わたしはカモミールのことが大好き。ミルクはカモミールのことが一生大好き。ぎゅっとしたい。一緒になりたい。カモミールのいいにおいにずっと包まれていたい……」

 意識がふっと消えかけた。

 長い時間、上を見ていたからだ。

「もう、わたしも、休むね……カモミール、大好きだよ……」

 そのままわたしは足から崩れるように倒れた。


 まぶたに何かが当たった。湿った何かだ。どこか懐かしいにおいがする。

 わたしは目を開いた。

 辺りが薄暗くて、家で寝てたのかと一瞬思ったけれど、違う。

 たしか展望台で夜空を見上げていたのだ。

 カモミールを想って。

 つまり、今わたしの体を濡らし始めているのは、天から降り注ぐ雨だ。

「笑顔にするっていったのにな……もう」

 わたしは目頭を熱くしながら、笑った。

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カモミールとミルク さなこばと @kobato37

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