カモミールとミルク
さなこばと
前編
笑顔が似合うカモミールは天に昇っていった。
街で一番高い展望台の、星の散らばる夜空の下、横たわる彼女が目を閉じたまま胸の前で両手をやわく組み合わせている姿が、わたしの目にずっと焼き付いていた。
カモミールはわたしの一番の友だちだから。
ついついべたべたしてしまうわたしに、カモミールは手でぐいぐい押し返すのだけど、いつも最後にはにこっとして一転ぎゅっと抱きしめてくれた。
「ミルクは甘えんぼなんだからー」
「いいでしょ……?」
「うん。いいよー。ミルクやわらかくてふんわりしてるし」
「も、もう!」
カモミールの腕の中でいいにおいに包まれてひとときを過ごすことはこの世の幸せだった。
何だか無駄にいい天気の日が続くとうんざりしていたある夜、食事が用意できなくなったとお母さんに打ち明けられたとき、わたしは街の食料事情を初めて知った。
深刻な水不足から、郊外の畑はもう限界らしかった。
住民たちを心配させまいと問題を秘密にさせていた街の長は、待っていれば雨が降って自然に解決に向かうと信じていたようだった。
そんなことはなかったのだ。
カモミールがわたしにしだれかかる。
「のど乾いたよー、ミルクー……」
「わたしもだよ……」
「私たち、もう死ぬしかないのかな」
「カ、カモミールが死ぬならわたしも一緒に死ぬ!」
「冗談だって」
とカモミールはにっこりして、わたしをぎゅっとしてくれた。
「ミルクは絶対に死んじゃダメだよ」
「……うん」
カモミールの体と合わさる部分には二人だけの熱さが生まれた。辺りを取り囲む、枯れたような暑さとは全然違うのだ。
その次の日、カモミールは、自分が天災をとめる人柱になると手を挙げた。
即座に認められ、決行は急を要する翌日の夜だ。
この街の場所は辺境で、要請した支援が届くまでには相当な時間が必要なようだった。
街の長は、溺れる者は藁をもすがる思いだったのだ。
朝寝坊して遅れて知ったわたしは、パジャマのままでお昼前の街を駆けてカモミールの家へと行った。
どうして、と思っていた。
そんな訳の分からない決断をした理由を聞きださないといけないと思った。
玄関から出てきたおばさんの目を見ることもできず、急いでカモミールの部屋に向かった。
壁際のベッドに腰かけるカモミールは、顔をうかがえないくらいうつむいていた。
「カモミール、来たよ!」
「そんなに息を切らしてたらのど乾いちゃうよ、ミルク?」
「そんなのどうでもいいよ。ね、どうしてイケニエになるの? 自暴自棄になってるの?」
「そうじゃないよ。ミルクは、これ、どうにかしたいと思わないの?」
これ、とは干上がるようなこの暑さのことだ。
「ねえ、ミルク。街のこんなひどい状況、間違っていると思うの」
「わ、わかるけど」
「誰かがなんとかしないといけないの。だって、このままじゃみんな飢えて干からびて死んじゃうよ」
「そうだけど……」
「私のね、」
と、カモミールは顔に影をつくったまま一度黙ったあと、
「私の親戚の子がね、暑さで亡くなったの。まだ小さくて幼い子だったから、栄養失調に体が耐えられなかったの」
ぽたり、と音がした。
カモミールは泣いているようだった。
わたしにはかける言葉がなかった。
「……」
「ミルク、ごめんね……」
「……」
「私、つらいんだ。こんなの絶対に間違っているの。だから人柱になるって決めたの」
わたしは呆然としていた。何を言えばいいのかわからなかった。
「ミルクのこと、好きだったよ。でも今は嫌い。ひと言も慰めてくれないんだから。……もう帰って」
わたしは無言であとずさりする。
「なんで何も言わないの⁉ もう帰ってよ!」
わたしは逃げた。炎天下の街を一目散に駆けて、自宅に舞い戻った。
そして夜。
街で最も空に近い展望台で、わずかに野草を散らした簡易ベッドの上にカモミールは座り、毒を飲んだ。ゆっくり横になると、目を閉じて、ふわっと手を組み合わせた。そして死んだ。
わたしは、口を閉じて、傍でじっと見下ろすことしかできなかった。
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