第12話 秘め事

 ヴァネッサにそう告げながら、僕は初めて二人の行為を見た日を思い出していた。


 まだアドリアンに片想いをしていた頃の事だ。


 王宮でアドリアンの部屋に行く前にこっそりと父上の仕事ぶりを覗く為に執務室に寄った時だった。


 護衛騎士がいる廊下側とは別にある扉をそっと開けて中を覗いた。


 その扉からは父上が座っている後ろ姿が見えた。


 背後から忍び寄って父上を驚かそうとした所で、国王が父上の横にやってきた。


 そのまま見ていると国王は父上に覆い被さってキスを交わした。


 思わず声を上げそうになって慌てて手で口を押さえた。


 そのまま二人はキスを交わしていたが、やがて国王は父上の足元に跪いた。


 …国王が父上に跪いた?


 驚いている僕の眼の前でそのまま国王は父上の腰の辺りに顔を埋めていった。


 耳に聞こえてきた淫らな音で二人が何をしているのかを悟った。


 そっと扉を閉めてその場を離れようと立ち上がったら、そこにアドリアンがいた。


 ーとうとう見ちゃったねー


 アドリアンはそう言って笑っていた。


 慌てて逃げようとした僕を後ろから抱きついてきて股間に手を伸ばしてきた。


 ー今ので興奮しちゃった?ー


 その途端、僕の理性は何処かへ飛んで行き、気がついたらアドリアンを押し倒してキスをしていた。


「好きだ」と囁く僕にアドリアンも「好きだ」と言ってくれたあの日を…。


 ヴァネッサを元の寝室に連れて行くと、僕は抱いていた息子をそっとベビーベッドへと寝かせた。


 生まれたばかりの息子は実の父親の死を知らずにすやすやと眠っている。


 愛おしそうに息子の頬をそっと撫でると僕はヴァネッサをベッドに寝かせた。


「本当ならばアドリアンに名前を付けて貰うんだったけどね。…この子の名前はアデラールだ。出産したばかりの君に無茶をさせちゃったかな。後はゆっくり休んでくれ」 


 ヴァネッサに布団をかけてやると、僕はそこに控えていたポーラに目配せした。


 ヴァネッサの事はポーラに任せておけば大丈夫だ。


 僕はまた先程の転移陣からアドリアンの棺の元に戻った。


 魔道具のバリアを解除して棺の中のアドリアンにそっとキスをした。


 あの日、初めて触れたアドリアンの唇は温かくて柔らかかったのに…。


 最後のキスを終えるとまた魔道具を発動させた。


 翌日の葬儀は滞りなく終わったが、アドリアンがアンジェリックに殺されたと聞いた国民は、アンジェリックを死刑にしろと騒ぎ出した。


 後日行われる裁判でアンジェリックを極刑に処すと告げるとようやく大人しくなった。


 アンジェリックは相変わらず自我を無くしているが、裁判に支障はない。


 一方的に判決を下すだけの裁判が行われ、アンジェリックには死刑が言い渡された。


 アンジェリックは貴族が入る独房に入れられていたが、半月後に生理が確認されると翌日には処刑が実行された。


 この死刑執行人には僕が立候補したが、国王も父上も僕の気持ちを汲んてくれて許可を出してくれた。


 大勢の民衆が見守る中、アンジェリックの処刑が行われる。


 マスクで顔を隠した僕は、何もわからずにぼうっと座っているアンジェリックの首をはねた。


 アドリアン、君の仇は取ったからね。


 アンジェリックの処刑後、ベルトランが王太子として正式に発表されたが、本来ならばアデラールが王太子となるはずだ。


 だが、僕はアデラールがアドリアンの子供だとは国王には告げなかった。


「たとえアドリアンが生きていて、アンジェリックとの間に男の子が生まれなくてもアデラールを息子だとは公表しなかったよ。僕とそう約束をしていたからね」


 僕は愛おしそうにアデラールを抱き上げると、こっそりとヴァネッサに告げた。


 ー誰にも言っちゃ駄目だよー


 そんな思いを込めてヴァネッサを見やると彼女はコクリと頷いた。


 だが、僕達四人の偽装結婚の代償はあまりにも大きなものとなった。


 日に日に大きくなっていく息子は誰もが僕に似ていると言うが、僕からみればアドリアンにそっくりだと思う。


 いつかアデラールをアドリアンと呼んでしまうかもしれない。


 そんな不安を抱えながら、僕は今日も庭でアデラールと駆け回るのだった。



      ー 完 ー

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偽装結婚の代償~リュシアン視点~ 伽羅 @kyaranoa

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