第11話 対面
床に座り込んだまま冷たくなったアドリアンの体を抱きかかえていると、ようやく国王達がやってきた。
「アドリアン!」
国王が名前を呼ぶが、既にアドリアンは物言わぬ姿に成り果てている。
僕はそっとアドリアンの体を横たえると、国王にその場を譲って立ち上がり一歩後ろに控えた。
国王の後ろには宰相である父上も苦い顔をしてアドリアンを見下ろしている。
国王は床に跪くとアドリアンの頬をそっと撫でた。
「…不器用な奴め…」
国王と父上も僕とアドリアンの関係については薄々感じ取っていたのだろう。
アドリアンがもう少しアンジェリックに対して上手く立ち回っていればこんな事にはならなかっただろう。
アドリアンとアンジェリックの間にどんなやり取りがあったのかはわからないが、おそらく秘薬が関係しているに違いない。
だとすれば、秘薬をヴァネッサに使う事を同意した僕もアドリアンを殺した人間の一人に違いない。
バタバタと足音がして王妃とアドリアンの弟であるベルトランが姿を現した。
だが、王妃は床に広がる血の海を見て卒倒し、侍女や騎士達によって別室に運ばれて行った。
ベルトランはアドリアンに駆け寄り「兄上、兄上」と呼びかけていたが、返事が叶わないと知りアドリアンの体に取りすがって泣き出した。
九歳年下のベルトランをアドリアンは非常に可愛がっていた。
歳が離れすぎているため、ベルトランを次の王太子にと推すような貴族もいなかったのが幸いしたのだろう。
しばらくアドリアンの側に跪いていた国王はやおら立ち上がると父上に葬儀の手配を頼んでいた。
国王とベルトランがアドリアンの私室を後にすると父上はテキパキと指示を出していった。
アドリアンの遺体は葬儀が行われる会場に運ばれて行く。
僕はそれに付き添い、血塗れになったアドリアンの服を脱がせて、王太子のお披露目の時に着ていた礼服に着替えさせた。
胸に残された刺し傷は魔術師によって塞がれたが、大量出血により失われた命は戻る事はない。
葬儀の準備をしていると、公爵家からの使いが父上と僕に書簡を差し出した。
父上が開封した書簡を一緒に覗くとそこにはヴァネッサが男の子を出産したと書いてある。
「…失われる命もあれば、与えられる命もあるが…」
父上がポツリと呟いて書簡を僕に手渡してきた。
待ちに待った子供の誕生が、アドリアンの死と引き換えにやってくるとは思いもよらなかった。
アドリアンの体は棺に収められ、時間を止める魔道具のバリアで覆う。
夜、アドリアンの寝室にある転移陣を使って、公爵家の自分の寝室へと戻った。
「リュシアン様、大丈夫ですか?」
僕が転移してきた事を察知したポーラが僕に駆け寄ってきた。
「ポーラ… アドリアンが…」
それ以上は言葉にはならず、ポーラの肩に顔を埋めて泣いた。
僕の母上は僕を出産すると、すべての世話をポーラに丸投げした。
僕にとってポーラは単なる乳母ではなく母親も同然の存在だ。
そんなポーラが僕とアドリアンの事に何も言わないのは、僕の母上に対する意趣返しなんだろう。
「人払いをしておきました。ヴァネッサ様とお子様に会いに行かれるんでしょう?」
ようやくポーラの肩から顔を上げると待ちかまえたように言われた。
ポーラの後に付いてヴァネッサと赤ん坊が寝ている部屋に行くと、ヴァネッサは起き上がってベビーベッドの中を覗き込んでいた。
「ヴァネッサ。出産に立ち会えなくてすまない。よく頑張ってくれたね」
近付いた僕の顔を見てヴァネッサが何かを確信したような顔をした。
ベビーベッドに眠る赤ん坊の顔を見た途端、枯れたと思っていた涙がまた溢れてくる。
「…リュシアン?」
僕は袖口で涙をグィと拭うと、壊れ物を扱うように息子をそっと抱き上げた。
「…本当ならアドリアンに名前を付けて貰うつもりだったんだ…」
「リュシアン、アドリアンはどうして…?」
アドリアンが死んだ事しか知らないヴァネッサに問われて、またもやアンジェリックに対する怒りが湧いてくる。
「アンジェリックがアドリアンを刺し殺した。彼女は未だに理由を語らずに自我を無くしている。僕はこの手で彼女を八つ裂きにしてやりたい」
抱いている息子を片手に抱え直すと僕はもう一方の手をヴァネッサに差し出した。
「アドリアンに会いたいだろう?」
出産したばかりのヴァネッサが葬儀に出席するのは難しいだろうから、会わせるなら今しかない。
ヴァネッサを立ち入らせた事のない僕の寝室からアドリアンの寝室へと転移する。
人気のない廊下を歩いてアドリアンが安置されている葬儀の間の隠し扉から中へ入った。
魔道具のバリアを消して棺の中に眠るアドリアンに息子を見せる。
腕の中に眠る息子はアドリアンにそっくりだった。
葬儀の間から戻る時、誰もいないのを不思議に思ったヴァネッサが首を傾げた。
「…ねえ。どうして誰もいないの?」
「陛下と父上が人払いをしてくれたのさ」
ヴァネッサが怪訝な顔をしているのをみて思わず笑いが漏れた。
「知らなかったのかい? あの二人も僕達と同じだよ」
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