第4話 晩餐会

 結婚式の後は数日の休みをもらっていた。


 夫婦水入らずで過ごすようにとの配慮らしいが、そんなものはまったく嬉しくない。


 ヴァネッサと顔を合わせるのは食事の時くらいで後はお互いの自室で過ごしていた。


 そんな僕達の様子をペラペラと他人に触れ回るような使用人などこの別邸にはいない。


 もっとも喋られたところで貴族の結婚が政略結婚なのがほとんどだから、誰も気に留めたりはしないだろう。


 僕がヴァネッサを抱かない事で、ヴァネッサが他の男と寝たりしないようにポーラに監視を頼んでいる。


 流石に新婚早々に男を連れ込んだりはしないと思うが、万が一を考えての事だ。


 アドリアンに差し出すのだから純潔なままでいてもらわないとね。


 休みが明けて僕は久しぶりに王宮へと向かった。


 王宮に着くと誰も彼もが僕に結婚の祝いを述べてくる。


 それを笑顔で捌きながらアドリアンが待つ執務室に向かった。


「おはようございます、王太子殿下。お休みをいただきありがとうございました」


 既に机に向かっているアドリアンに声をかけると、目を通していた書類から顔を上げるとニコリと微笑まれた。


「おはよう、リュシアン。もう少し休んでいても良かったんだけどね」


 そんな憎まれ口をきくアドリアンに僕は机の上の書類を指差した。


「そんなに書類を溜め込んでいて、よくもそんな事が言えますね。素直に僕が居なくて大変だったと言ったらどうですか?」


「それじゃ、リュシアンにはこれを全部あげるよ」 


 そう言ってアドリアンは机の上の書類を僕の方にズイと押しやる。


 昨日の夜、僕に組み敷かれて喘いでいた時とは大違いだ。


 …まったく可愛くない。


 僕は書類を受け取る為にアドリアンの机に近付くと、こっそりとアドリアンの耳に囁いた。


「全部片付けるから今夜は覚悟しておけよ」


 少し目を見開いたアドリアンは片方の口角を上げて軽く頷いた。


 その表情に満足して僕は書類を抱えて自分の席に着いた。


 僕の寝室とアドリアンの寝室は魔法陣で転移出来るようになっている。


 そのため、ほぼ毎日のようにアドリアンは僕の寝室を訪れていた。


 ただ、朝まで一緒にいられないのが悩ましいところだ。


 ヴァネッサにアドリアンを我が家に招待すると約束はしたが、なかなかそんな機会が訪れず伸ばし伸ばしになっていた。


 だが、アドリアンの結婚式を控えた数日前にようやく正式に招待する事が出来た。


「今日の晩餐にアドリアンを招待している。そのつもりで準備をしてくれ」


 朝食の席でヴァネッサにそう告げるとヴァネッサはあからさまに嬉しそうな顔をした。


「わかりました。お任せください」


 そう返事が返ってきたが、ヴァネッサがする事などほとんどない。


 すべての手筈はポーラに一任してあった。


 僕が赤ん坊の頃から面倒を見てくれて、僕の事を誰よりも知っている乳母だ。


 当然、僕とアドリアンの関係も承知している。


 夕方、僕はアドリアンと共に馬車に乗り込んで別邸へと帰った。


 僕達を出迎えたヴァネッサは輝くような笑顔でアドリアンを迎えている。


「こんばんは、公爵夫人。今日はお招きありがとう」


「ようこそいらっしゃいました。こちらへどうぞ」 


 優雅なカーテシーで出迎えたヴァネッサを後ろに、僕はアドリアンと連れ立って歩き出した。


 アドリアンを真ん中に僕とヴァネッサは向かい合って席に着いた。


「今日は堅苦しい事は抜きにして楽にしていいよ。リュシアン、ヴァネッサ。先ずは乾杯しようか」


 いきなりアドリアンに名前で呼ばれてヴァネッサは戸惑ったような視線を僕に向ける。


「アドリアンがああ言っているんだからヴァネッサも今日は敬称を付けなくて大丈夫だよ。なぁ、アドリアン」


 それでもヴァネッサはアドリアンの名前を呼ぶ事はなく、食事の時間は過ぎていった。


 滞りなく食事も終わり、食後のお茶を飲む頃になって、アドリアンが思い出したように声をあげた。


「ああ、そうだ。お土産にお酒を持ってきていたんだった。ポーラ、用意してくれるかい?」


 打ち合わせていた通りにアドリアンがポーラに声をかけると、ポーラは準備していたお酒の瓶をアドリアンの前に置いた。


 アドリアンはお酒の栓を開けると先ずはヴァネッサのグラスに注いだ。


 そして僕と自分のグラスにも注いで瓶をテーブルの上に戻す。


 薄いピンク色のお酒がグラスの中でキラキラと輝いている。


「さあ、ヴァネッサ。君にも飲み易いお酒だよ。飲んでご覧」


 アドリアンが勧めるとヴァネッサはグラスを手に取り一口だけ、お酒を口にした。


「美味しいだろう。さあ、一気に飲んでご覧よ」


 アドリアンに更に勧められ、ヴァネッサが一気にお酒を飲み干すのを僕とアドリアンは固唾を呑んで見つめていた。


 …さて、どのくらいで効き目が現れるのかな?

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