第3話 結婚式の夜

 僕とヴァネッサの結婚式は僕が19歳の誕生日を迎えた後で執り行われた。


 教会で挙式を終えた僕達は披露宴を行う為に公爵邸に戻ってきた。


 …疲れた…。


 個別に用意された控え室に入ると僕はドサリとソファーに腰を下ろした。


 …気分が悪い…。


 いくら形だけの挙式とはいえ、誓いのキスを交わさないわけにはいかない。


 怖気付きそうになる心に鞭打って僕はヴァネッサの唇に軽くキスをした。


 引きつりそうになる顔に笑顔を貼り付けて、挙式の参列者に幸福をアピールしてきたのだ。


 ソファーの背もたれに体を預けてぐったりしていると、扉がノックされてアドリアンが顔を出した。


「おやおや。披露宴もまだなのにそんな疲れた顔をしてどうしたんだ?」


 笑いながら僕の隣に腰掛けるアドリアンに抱きつくと、優しく髪を撫でられた。


「…もうこのまま閉じこもっていたい気分だよ。披露宴はヴァネッサ一人で対応してくれないかな」


 アドリアンの胸に顔を埋めて愚痴るとポンポンと背中を叩かれた。


「流石にそれは許されないだろう。今日の主役なんだから頑張って乗り切ってくれよ」


「結婚式の主役なんて女だけだろ。あんなに着飾っているんだからさ。僕はただの添え物だよ」 


 実際、ヴァネッサのドレスは彼女と彼女の母親と僕の母親の三人だけで決められたものだ。


「リュシアンはどう思う?」なんて聞かれたけれど、ドレスの事なんて僕に分かるわけがない。


 準備のほとんどは女性陣に丸投げだ。


 いつまでもアドリアンから離れない僕にアドリアンは軽くため息をつくと、クイと僕の顎を持ち上げた。


「仕方がないな。これをあげるから頑張ってくれよ」


 軽く僕の唇に触れたアドリアンの唇が離れるよりも先に僕はアドリアンの首に両腕を絡めて引き寄せた。


 むさぼりあうようなキスを交わした後でアドリアンの体が僕から離れる。


「これ以上は駄目だよ。後でね」


 軽くウインクを寄越すとアドリアンは控え室を出て行った。

 

 入れ替わるように入ってきたポーラが披露宴の開始が迫ってきた事を告げる。


 披露宴パーティーには僕達の友人が多く集まってくれた。


 この先国王になるアドリアンとそれを支える者達が中心だ。


 そんな和やかなパーティーの中、僕の母親だけはアドリアンを睨みつけるような視線を向けている。


 僕の母親と王妃の仲が悪いのは周知されている為誰も気には留めないが、流石に今日だけは勘弁して欲しかった。


 披露宴パーティーでアドリアンと挨拶を交わす際に僕は見せつけるようにヴァネッサの肩を抱いてみせる。


 アドリアンもアンジェリックと腕を組んでこれみよがしに仲の良さをアピールしている。


 拷問のような披露宴の時間も終わり、僕達は公爵家の別邸へと下がった。


 お風呂の後で寛いでいるとヴァネッサの支度が終わったとポーラが伝えに来た。


 この後、別邸は僕達二人だけになる予定だ。


 僕は夫婦の寝室へと向かうとベッドに腰掛けているヴァネッサに告げた。


「済まないが、君とベッドを共にする気はない。サイドテーブルの引き出しに小瓶がある。その中に入っている血をシーツに付けておいてくれ」


 ヴァネッサは少し驚いたような表情をしている。


 どうやら普通に初夜を過ごせると思っていたようだ。


「リュシアン?」


 戸惑ったような呼びかけに僕は少し困ったような顔をしてみせた。


「ごめん。僕は君を抱く気はないんだ。だけど、破瓜の印は必要だからね。頼んだよ」


 それだけ言い残すと僕はそそくさと夫婦の寝室を後にした。


 これからの時間の為に今日の結婚式を乗り切ったのだ。


 僕は軽やかな足取りで自室に設えてある自分の寝室に入った。


 そこには既にアドリアンがいて、僕が来るのを待っていた。


「アドリアン」


 駆け寄って抱き締めるとどちらからともなく唇が重ねられる。


 使用人が誰もいないこの別邸で気兼ねなくアドリアンを抱く事が出来る。


「今日は初夜だよ、アドリアン」


「僕達に今さら初夜も何もないと思うんだけどね」


 クスクスと笑うアドリアンをベッドに押し倒した頃には、夫婦の寝室に一人でいる女の事など頭の中にはなかった。

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