第2話 婚約の余波
ヴァネッサからプロポーズの返事をもらうとすぐに、僕は執事達に婚約手続きの手配を告げた。
ヴァネッサにプロポーズをすると決めた時から既に準備は進めていた。
あとはヴァネッサの返事待ちだけだったから展開は早い。
翌日にはヴァネッサの家に使いをやり、婚約式の段取りなどを進めて行った。
あまりの展開の速さにヴァネッサは驚きを隠せず、僕に何か言いたそうにしていたが、結局何も言わずに流されるままだった。
だが、突然の婚約でクラスメイトからヴァネッサが質問攻めにあうのはわかりきっているので、その事についての返事は打ち合わせておいた。
我が家の方からヴァネッサの家に婚約の打診があり、ヴァネッサの意向も聞かずに父親が受けてしまったというものだ。
実際にヴァネッサが僕のプロポーズを受けなかった場合は強引な手を使うつもりだったから、あながち嘘でもない。
案の定、婚約式の翌日、ヴァネッサが友人達から質問攻めに合っているのを目撃した。
「ちょっと、ヴァネッサ! 一体どういう事? リュシアン様と婚約だなんて寝耳に水だわ!」
「あなた達、いつの間にそんな仲になっていたの? 白状しなさい!」
すかさずヴァネッサは用意していた答えを彼女達に告げるのだ。
「公爵家の方から打診があったの。断る理由がないからという事で父が承諾の返事をしてしまったのよ」
そんな言い訳にもヴァネッサの友人達は納得をしたようで、キャアキャアと盛り上がっている。
そんな彼女達を微笑ましく見ていると、少し離れた場所から鋭い視線を向けているアリーヌに気が付いた。
…まだ、面倒な奴が残ってたな…。
子爵家のアリーヌは入学当初から、僕とアドリアンに纏わりついていた。
アドリアンは王太子という立場もあり、無下な対応はしていなかったが、かなり迷惑していたのは確かだ。
僕はあからさまに嫌そうに接していたのだが、どこからそんな根性が湧いてくるのか、一向にへこたれる気配はなかった。
大体、子爵令嬢という立場で僕やアドリアンと付き合えると思っている事自体があり得ない。
その辺りも恋仲になってしまえばどうにでもなると思っていたのだろうが、図太いにも程がある。
アドリアンの婚約が決まった途端、矛先を僕だけに向けて来たが、全く持って迷惑な話だった。
僕とヴァネッサが婚約した事で少しは落ち着くかと思ったが、相変わらずの図々しさで僕に接してくる。
どうしたらこの女を大人しくさせる事が出来るかと思い悩んでいたが、ひょんなことからその解決策が得られた。
昼休みに皆が食堂に移動している時、アリーヌがヴァネッサの後をつけるように歩き出した。
…もしかしたら…。
僕は記録用の魔導具を友人に操作させながら、共にアリーヌの後を追った。
案の定、階段に差し掛かったヴァネッサの背中をアリーヌが突き飛ばした。
「あっ!」と声をあげてヴァネッサの体が宙に浮いた。
咄嗟に魔法でヴァネッサの転倒を避けながら、彼女の体を抱き留める。
「ヴァネッサ、大丈夫か?」
後ろから抱き締められたヴァネッサは、頬を赤く染めて僕から逃れようと身をよじる。
「ありがとう、リュシアン。大丈夫だからその手を離してくださる?」
それでも僕はすぐにはその手を離さなかった。
大事なヴァネッサの体に傷がついていないことを確認するまではこの手を離せない。
「そんなふうに暴れたらまた落ちそうになるよ。手を繋いてあげるから、ね?」
彼女の手を引いてエスコートをしながら食堂に向かうと、目の端にアリーヌの姿が見えた。
ギリ、と唇を噛み締め、物凄い視線をヴァネッサに向けている。
友人に撮らせた映像にははっきりと階段の上からヴァネッサを突き落とそうとしているアリーヌの姿が映っていた。
その後も何かと僕に付き纏ってくるが、僕はその一部始終を友人に頼んで映像に収めていた。
いい加減、ウンザリしてきたところで僕はこれらの映像を学校の上層部に提出して、アリーヌを退学処分へと追いやった。
…だが、これくらいで済ませては、今後の社交にも問題が発生しそうだな。
僕がいつも側に付いていられればいいが、女性だけの集まりには対処出来ない場合もあるだろう。
そこで彼女の行動の一部始終を収めた映像を証拠として公爵家から正式に抗議を送った。
それによりアリーヌは一度入ったら死ぬまで出られないと言われている修道院へと送られた。
子爵家としては今後の後継者の為にもこれ以上、我が家の反感を買いたくはなかったのだろう。
これでヴァネッサを傷付ける者は誰もいないはずだ。
こうして僕達の計画は着実に一歩ずつ進んで行くのだった。
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