第17話 持病のしゃくで失神してしまったみたいよ?

 リロスエル様とディアが脳内で喧嘩している様子を、ヒヤヒヤしながら聴いている。

 無論、親衛隊隊長を助けに向かいながらだ。

 

 アストロンも口出ししずらいらしく、ディアとリロスエル様の喧嘩はおさまりそうもない。

 隣を走りながら、鼻息を荒げているリロスエル様。

 

「なんて無礼な子なのかしら! すっとこどっこいはひどいわよ! もっと可愛くお茶目な感じに言い直しなさい! ちょんぼちゃんって言いなさい!」

 

(ちょんぼってなんすか? 意味わからんし、第五階級の力天使総代のくせにおふざけがすぎるんすよ! もっと真面目に働かんかい!)

 

「キーーーッ! ちょんぼの意味すらわからないなんて! 無知なのね! きっと太もももむちむちなのね!」

 

 脳内会話で喧嘩しているため、その表情は千変万化している。 見てるだけなら面白い。

 それにしてもリロスエル様は滑舌がいい、太もももムチムチって早口言葉みたいだ。

 

 喧嘩の内容は意外にも幼稚だったがまあ気にしていてもしょうがない。

 けれどこのままヒートアップすれば『後輩の育成がなってないわファジエルちゃん! 反省室で三日間正座よ!』っとか言われそうで怖い。

 

 あれ? なぜだろう、今一瞬テレシール様の顔が浮かんでしまった。

 とまあ、それはさておき………

 

 玉座の間につながる大広間に到着した私はすぐさま物陰に隠れる。

 リロスエル様も私の隣にぴたりとくっつき、二人でコソコソ物陰から顔を出す。

 

「ずっと一途にベイク道 なめらかめらめらチーズの境地をねっとり照らし たどり着いたは至高の一品! 喰らえ! アルティメットチーズケーキ!」

 

 親衛隊隊長、レア・ベイクードはその名の通りチーズケーキ使い。

 狐色の短い髪を七三分けに整えており、スリムな顔つきで切長な焦茶の瞳。 見るからに頭が良さそうな印象を与える好青年。

 タキシードの上にクッキーの鎧を所々につけており、濃厚なチーズケーキを作り出して相手の脳みそをトロトロにする。

 

 彼が得意とするのはベイクドチーズケーキ。

 美しい焼き色がついたホールサイズのチーズケーキを、腰につけた細長いケーキナイフで八等分に切り分け、切り分けたチーズケーキをミサイルのように発射する。

 すると、発射されたチーズケーキに真っ白なスイーツを飛ばして対応しようとしていた幹部が青ざめた。

 

「私のマシュマロスモアが! その濃厚さに抗えずに消えていく! 待って、待ちなさい! そんな濃厚なチーズの味を覚えてしまったら………きゃあぁぁぁぁぁ!」

「マシューお嬢様ぁぁぁぁぁ!」

 

 ちょうど今、幹部が一人倒されたようだ。

 倒されたのはマシュー・ママーロン嬢。 マシュマロスモアの甘くてくせになる味わいで数々の兵士を圧倒してきたのだが、チーズケーキを極めたベイクードさんの前に手も足も出なかったようだ。

 

 玲照くんがこの王城を気軽に離れることができるのも、この親衛隊隊長の圧倒的な強さによるものが大きい。

 彼は王国最強と言っても過言ではないほどの超濃厚で舌触り………この世界では全身に味覚があるから肌触りと言い換えた方がいいだろう。 超濃厚で極上の肌触りをしたベイクドチーズケーキを作り出す。

 

 話によると、彼が作り出したベイクドチーズケーキは、一度触れてしまえば離れたくなくなってしまうほどの旨味が凝縮されていて、卵、バター、チーズの割合は完璧。 見た目はしっかりとしているのに、触れた瞬間濃厚でしっとりと滑らかな肌触りに支配され、手も足も出なくなってしまうとか。

 無敵の強さを誇る親衛隊隊長、それがベイクードさんなのだ。

 

(むにゃむにゃ、なんだか顔がびしょ濡れに………きゃーーー! アストロン先輩! よだれ! よだれが! ひどいですよ! 私の顔がアストロン先輩のよだれまみれに! うわぁぁぁぁぁん!)

 

 物陰に隠れて様子を見ていると、ベリシュロンの寝起きのようなぼんやりした声が頭に響いた。

 どうやら本来監視をしていたベリシュロンが目を覚ましたようだ。

 

(ボコスッ!)

(へゔぁぁぁぁ!)

 

 目を覚ましたようだったのだが、鈍い打撃音と共にベリシュロンの間抜けな声が響いた。

 

「もしもし、ベリシュロン? どうかしたのですか?」

 

(じゅるる、持病のしゃくで失神してしまったみたいよ? 気にしないであげて?)

 

 よだれをすする音と共に、即座に返答するアストロン。

 ベリシュロンが起きたならアストロンには自分の仕事に戻ってもらってよかったのだが………

 もしやこいつ、この世界の監視を続けたいだけだな? この食いしん坊め!

 

「彼、かなり強いのね? 助ける必要あるかしら?」

「念の為監視しておきたいです、やられそうになったら天使の弓矢を撃とうと思ってます」

 

 感心したような顔で戦いを見守っていたリロスエル様がぼやいたので、私はもしもの時に備えて念の為監視していたのだと説明しておく。

 なんせ、あの悪魔二人はかなり狡猾だった。

 

 おそらくベイクードさんを倒す算段があるのだろう。 だからディアもこっちの監視を私に一任したのだ。

 ………ん? 私の方が先輩なのに、一任されたというのはどうも引っかかる。

 一人で自問自答していると、ベイクードさんの正面に二人の幹部が現れた。

 

「マシューお嬢様をよくもやってくれたな! ベイクード!」

 

 威勢のいい声を上げたのは以前目撃していたカラメール。

 隣にはプリディン令嬢もいる。 おそらくあの悪魔二人の狙いは、魔王軍幹部総出でベイクードさんを倒すことだったのだろう。

 

 ベイクードさんさえ倒せば王城は陥落したも同然。 玲照くんに倒させた幹部を全て王城の牢獄に集めさせて、最後に捕まえたプリディン令嬢とカラメールを合流させて王城に向かわせれば勝てると踏んだのだ。

 しかし、ベイクードさんの足元には既に二人の幹部が幸せそうな顔で突っ伏している。

 

 先ほど倒されたマシュー・ママーロン嬢と、シュウ・クリム子爵。

 プリディン令嬢とカラメールは渋い顔で立ち尽くしていた。

 

「カラメール、このままでは私たちもあのベイクドチーズケーキの餌食になってしまうわ!」

「ええお嬢様、仲間が到着するまでの時間稼ぎすらさせてもらえないでしょう。 ですが、こちらも無策だったというわけではありません!」

 

 額から一筋の汗を垂らしながら、油断なくベイクードさんを睨みつけるカラメール。

 

「来ないのか? 来ないのならこちらからいくぞ?」

 

 ベイクードさんがケーキナイフをカッコよく構える。

 レイピアを構えるように、自分の正中線に合わせて剣を立て、背筋を伸ばして顎をひき、鋭い目つきで二人を睨む。

 底知れぬ気迫に尻込みしてしまったプリディン令嬢とカラメールは半歩後ずさった。

 

「パーッハッハッハッハッハ! 恐れることはないぞお二人共!」

 

 緊迫した睨み合いの中、高笑いと共にもう一人の幹部が到着してしまった。

 

「フルッツ伯爵!」

「あなたが来たのなら、私たちは完全体と言えるわ!」

 

 フルッツ伯爵はフルーツポンチを操る幹部だ。

 赤や黄色、緑など様々な色合いで飾られたピエロのような衣装。 髪の色も同じくカラフルで、見ているだけで目がチカチカしそうだ。

 渋い顔をしていたプリディン令嬢とカラメールが、フルッツ伯爵を見て希望に満ちた笑みを作る。

 それを一瞥したベイクードさんは下らないとばかりに鼻を鳴らした。

 

「何人相手だろうと、私の敵ではない。 ずっと一途にベイク道 なめらかめらめらチーズの境地をねっとり照らし たどり着いたは至高の一品! 喰らえ! アルティメットチーズケーキ!」

 

 先ほど同様、ホールサイズのチーズケーキがベイクードさんの頭上に現れる。

 それを見て幹部たちもそれぞれ呪文を唱え始めた。

 

「私のお尻はプリンプリン。 あなたの希望はここでプッチン! 落ちよ! プッチンプリンメテオ!」

「ほろ苦い気持ちをトッピング。 甘い夢と共に、からから絡めてカラメール。 カラメルソースビーム!」

「ポンポンポンチのフルーツパンチ トロピカーナなピカピカパイン フルーツポンチレイン!」

 

 ベイクードさんの頭上には巨大なプッチンプリンが現れ、カラメールがそのプリンにカラメルソースを絡めていく。

 さらにはそのプリンの上から、ポンチを絡めた爽やかな甘みのフルーツが降り注ぐ。

 

(あれはまさか!) その光景を見ていたアストロンが、ハイテンションで声を上げた。

「あの組み合わせ、まずいわね」 同時にリロスエル様も神妙な面持ちで呟く。

 

 降り注ぐデザートたちを自信満々な笑みを浮かべながら見上げる幹部三人は、息を合わせてその必殺技の名を口にした。

 

「「「合技! プリンアラモード!」」」

 

 頭上から降り注ぐプリンとフルーツを見て、ベイクードさんは初めて動揺を顔に出した。

 慌てて自分の体をねっとりした濃厚なチーズで覆う。

 しかしプリンの濃厚な味わいとフルーツポンチの爽やかな甘味、甘くなりすぎた味覚を引き締めるカラメルソースの苦味。

 絶妙な配合で襲い掛かる旨味の暴力、いつまでも触れていたくなるほど心躍る触感。

 

「ぐわぁぁぁぁぁぁ! 全身に溢れるこの高揚感! さまざまな触感! 甘味、苦味、酸味! まさに遊園地! デザートの遊園地だぁぁぁぁぁ!」

 

 ベイクードさんの悲痛に満ちた叫びが響き渡り、幹部三人は愉快そうに高笑いを上げる。

 その光景を見ていたリロスエル様は即座に駆け出した。

 

「渦巻き巻き巻きルーレット みるみる上がるはマキシマム! 最高ベットの極上スイーツ カジノ・ド・パリをご賞味あれ!」

 

 リロスエル様(謎の美少女兵士R)が放ったカジノ・ド・パリが幹部たちを襲う。

 突然の奇襲にも慌てることなく、カラメールは冷静な顔で振り返りざまに手をかざした。

 

「たかが兵士が奇妙な菓子を作り出すな! ほろ苦い気持ちをトッピング。 甘い夢と共に、からから絡めてカラメール。 カラメルソースビーム!」

 

 お決まりの呪文と共に、焦げた砂糖の香りを漂わせたカラメルソースを噴射する。

 それに呼応して他の二人も呪文を唱え、再度プリンアラモードをリロスエル様の頭上から突き落とした。

 

 謎の美少女兵士Rが飛ばしたカジノは、プリンのプルンプルンな触感に吸い込まれて消えてしまう。

 吸い込まれたカジノを目の当たりにし、無防備な謎の美少女兵士Rは観念の臍を浮かべた。

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