第16話 ちゃんと変装できてるか指差し確認を………

「え? あの………リロスエル様?」

「どうしたのかしら? 何か問題でも?」


 私の隣を全力で並走するリロスエル様に、困ったような顔で声をかける。


(いや、問題だらけっすよ。 なんでリロスエル様もついて行ってるんですか?)


 聞き辛かったけど聞きたかったことを、ディアがピシャリと質問する。


「なんでも何も、ファジエルちゃんが私の部隊に来るまで帰らないって決めてたからに決まっているでしょう? マーチンゲール法よ!」


 はて、ギャンブルとかでよく使われる倍かけ法の事だろうか? ってことは首を振るまでプレッシャーを倍にかけ続けるの? 何それこわい。


(なんでもいいですけど、ついてくるなら遠慮なくコキ使いますからね?)

(ちょっとディアちゃん? リロスエル様をコキ使うだなんて! あなた正気?)


 サバサバしているディアに対し、動揺しながら念話を飛ばすアストロン。

 それもそのはずだ、第五階級の力天使をコキ使うなど、怖すぎて背筋がゾッとする。

 しかもリロスエル様は総代だ、何を考えているディア!


「ディアちゃんと言ったかしら? ものすごく図太いわね。 その図太さは悪魔との戦いにすっごく有利になるわ! あなたもスカウトしようかしら!」


「(ええぇぇぇぇぇ?)」


 私とアストロンは同時に声を上げた。

 見事にハモった私たちに対し、可笑そうに鼻を鳴らすリロスエル様。


「確か、この世界の悪魔を発見したのはディアちゃんだったわね? これは有力な部下が増えてしまうわね!」


(私まだ行くだなんて言ってないですよ? ファー先輩が行くなら考えますが………。 っていうかテレシール様にそのこと話したんですか?)


「あ、えっと。 テレシールは今出張中だから、その………ね?」


 なるほど、どうやらリロスエル様はその場のノリで勝手に勧誘に来ているらしい。 相当な気分屋だということがわかった。


(つまりテレシール様にこの話はしてないってことっすね? 普通うちらの上司はテレシール様なんすから、そっちに声かけてからくるのが常識っすよ?)


「そんなこと言わないでよ! テレシールはね、すごく毒舌だしあの笑顔の裏で何考えてるかわからないからすっごく怖いのよ!」


(は? あなたテレシール様の上司ですよね? なんでテレシール様にビビってるんすか?)


 リロスエル様は走りながらもモジモジし始めた。 確かにテレシール様が怖いと言いたい理由はよくわかる。

 しかしこの人を見ていたらなぜだろう、テレシール様はすごく大変な思いをしているのだろうなと思った。


「テレシールは真面目すぎて頭が硬いのよ、ノリで勧誘したいとか言っても永遠と毒舌を聞かされるハメになるに決まってるわ。 だからあなたたちから言質をとってしまえば、あの石頭のテレシールも説得できるかもって思ったわけ!」


 ノリで勧誘しに来たという事が分かった。 この人はあれだ、自由奔放という言葉がしっくりくる。


(まあ、言われてみればそうっすね。 あの人クソ真面目で融通効かないし。 まあその、うちはファー先輩が行くって言わないと行かないっすけどね、だってファー先輩の補佐として仕事してるわけだし………)


 徐々に言葉尻を濁しながら呟くディアの声を聞き、目を輝かせてしまうリロスエル様。

 しかしタイミング悪く、アストロンの念話が脳内に響いた。


(あ! 話の途中にごめんなさい! 王城の正門に誰かいます! 魔王軍幹部ですかね?)


「もう色々とありすぎて脳みそがついていけない! とりあえず変装しないと!」


 アストロンの通信を聞き、私は慌てて物影に隠れた。 リロスエル様も私にピッタリとくっつきながらワクワクした目でこちらを見つめてくる。


「ねぇねぇファジエルちゃん! 今のディアちゃんの言葉聞いた? あなたが私の部隊に来るのなら、ディアちゃんもくるらしいわよ! ねぇねぇファジエルちゃん!」

「ちょっ! すみませんリロスエル様! 少しやかましいです!」


 変装して自分の姿を確認している私ににじり寄ってくるリロスエル様を押し返す。

 いやん! いけずな子ね! などと猫撫で声を上げながら、リロスエル様も変装を始めた。


 この王城の兵士に扮した変装で、装備はビスケットの鎧とかりん刀。

 流石に魔王軍幹部をかりん刀で倒せるとは思えない。


 この世界は武力では制圧できず、美味しさで勝負しなければならない。 私が最も苦手とするタイプだ。

 イージスの盾に触れたまま、封印を解いてもらえていない私はお菓子を作ることなど不可能。


 確かに羽衣の力で私の体内にある天使の力は糖力に変換されているが、それを操ることができない。

 どうしたものかと悩みながらも、物陰から顔をゆっくりとだし、王城の正門を守護している魔王軍幹部を視認する。


「ここは絶対に通さないんだぞ! 兵士たちよ、正々堂々かかってくるがいい! ふっはははは!」

「カロン男爵! くそ、なんて厄介な!」


 取り囲んでる兵士たちが渋面を浮かべながら距離をとっている。


 カロン男爵、魔王軍幹部で最年少。

 少年のような背丈で緑色のマッシュボブヘアー。 丸顔だが体の線は細い。 身体中にカラフルで円形のアクセサリーをつけていて、貴族のような洋服にも水玉模様が施されている。 洋服や髪型のせいで、スリムなのに全体的に丸い印象だ。


「カラフルミラクルくーるくる ちょこまかぽぽろん マカロン砲!」


 いつも通り、謎の文言と共に必殺技を放つカロン男爵。 語呂がいいね。 魔法少女みたいだ。

 彼の背中からポップな装飾が施された砲身が大量に現れ、それぞれの砲身から色とりどりのマカロンが発射される。


 鮮やかな彩りの赤、青、黄色、緑のマカロンが兵士たちを襲い、兵士たちは悲鳴を上げながら目をとろとろにして倒れていく。

 このままでは王城の兵士たちが角砂糖になってしまう。


 おそらくあの正門の先で魔王軍幹部たちと、親衛隊隊長のレア・ベイクードさんが戦っている。

 カロン男爵はその戦いに邪魔をさせないように正門を守っているのだろう。


 私が思考している間に、カロン男爵の前に兵士たちが倒れ伏していく。

 天使の弓矢で兵士の内誰か一人を強化するか?


 いや、兵士を強化したところでカロン男爵には勝てないだろうし、天使の弓矢を打った兵士に愛する者がいるかも分からない。

 だからと言って変装した私が直接立ち向かったところで、かりん刀一本でカロン男爵の味覚を満足させられる訳もない。

 どうしたものかと考えながら下唇を噛む。


「なんだか変わった世界なのね? あの幹部を力ずくでぶっ飛ばしてはいけないの?」

「この世界で武力はあまり意味をなしません。 殴ったり蹴ったりしても痛くないようです。 美味しさの暴力で全身の味覚を刺激しない限り、動きを封じることはできません!」


 リロスエル様の問いかけに、真面目な顔で返す私。

 するとリロスエル様は、雪のように白い髪を手櫛で整えながら唇を尖らせた。


「なんだったかしら、糖力をお菓子に変えて戦うって話だったわね?」


(そうです、使い方はそこらへんの世界で一般的な魔法と大差ないですよ? 美味しいお菓子を想像して、その味を思い出しながら脳内に形造ったら、糖力を固めて作り出す感じです。 うちの場合はドーナツでしたね)


 すでにドーナツを作ることに成功しているディアが、リロスエル様にアドバイスを送った。

 するとそのアドバイスを聞き、ふむふむと頷き出すリロスエル様。


「なるほどね? ねぇファジエルちゃん。 この世界を助けるのを手伝ってあげるわ、だから是非とも私の部隊に来てもらいたいの!」


 こんな状況でも勧誘の手を緩めないリロスエル様。 なんという執着力!


「しかし、リロスエル様の手をわずらわせるわけには………」


 やや遠慮気味に断ろうとする私の言葉を聞き、リロスエル様は含み笑いを漏らした。


「ふふ、あなたが私の部下になるなら手間でもなんでもないわよ? むしろ、俄然やる気が湧いてくるわ! さぁ、立直リーチ一発ドラドラ平和ピンフ。 満貫並みの力をお見舞いするわ!」


 満面の笑みで駆け出していくリロスエル様。 私まだあなたの部隊に行くとは言ってませんけど?

 あっ! ていうかリロスエル様! ちゃんと変装はしてるけど、リロスエル様はまだ指差し確認をしていない!


「り! リロスエル様! ちゃんと変装できてるか指差し確認を………」


(いちいち指差し確認しないと変装できないポンコツはあなただけよ?)


 一言やかましいアストロンの声が脳内に響く。 アストロン、あいつ後で泣かせてやる!

 パッと見てそこら辺にいる兵士の格好に変装したリロスエル様。 だけどなぜだろう、有り余る神々しさはほんのりと漏れている気がする。


「うふふふふ! 通りすがりの謎の美少女! 兵士Rがあなたの相手をするわ!」


 リロスエル様………男の兵士に変装しているのに、美少女とか言っちゃってます。 しかも、男に変装してるのに『うふふ』はあかんやつです。

 私と同じことを思ってるのだろうか、ディアのため息やアストロンのあたふたした声が脳内に響いた。

 しかしそんなことお構いなしで、カロン男爵は突然現れた兵士Rに自信満々な笑みを向ける。


「ふっははははは! 兵士R! この僕に喧嘩を売るとは! なかなかに根性があるではないか!」


 カロン男爵も大概馬鹿なのであろう、口調とか美少女というワードなど全く気にしていない。

 っと言うか聞いてない? 仕草や言葉遣いがナルシストっぽいから他人の見た目や話したことなど大して聞いていないのだろう。


「カロン男爵! 私は謎の美少女兵士Rよ! 謎の美少女というワードを付け足して! さぁもう一回! テイクツー、アクションよ!」


 悪ノリが過ぎるリロスエル様に、ディアが呆れたような声で、茶番はいいからとっととぶっ飛ばしてください! と念話を飛ばす。

 すると一瞬だけしかめ面をした謎の美少女兵士Rは、両手を大きく広げながら糖力を練り始めた。


「渦巻き巻き巻きルーレット みるみる上がるはマキシマム! 最高ベットの極上スイーツ カジノ・ド・パリをご賞味あれ!」


 ノリノリで即興の呪文まで作り出してしまったリロスエル様の周囲に、赤スグリ色のコンフィールが出現し、それが渦巻状に巻かれていく。

 複数のコンフィールで作られたロールケーキをババロアが包み込み、ルーレットの盤面のような美しい見た目のスイーツが現れる。


(あれは! マイナーで知られていないと言われるフランスの菓子、カジノ・ド・パリ! コンフィールで作られたロールケーキをババロアで包み、ロールケーキをルーレット盤のように見立てたその見た目からカジノと称されている! その口溶けは柔らかく、不思議な食感と甘酸っぱい酸味が口の中に溢れ、まるでフランスに語り継がれた御伽話おとぎばなしの中に入り込んでしまったようなファンシーな………)

(あっとん先輩、長い)


 アストロンは食いしん坊なため、いらない豆知識を早口で語り出してしまった。

 ディアの煩わしそうな念話が、程よいところでさえぎってくれて助かった。 っていうかアストロン、あっとん先輩って略されてたんだ。 なんか可愛い。


 リロスエル様(謎の美少女兵士R)が作り出したカジノと言う珍しいお菓子がカロン男爵に向かって飛んでいく。

 くるくると螺旋状の軌道を描きながら飛んでいくカジノに、カロン男爵は砲身を向けた。


「カラフルミラクルくーるくる ちょこまかぽぽろん マカロン砲!」


 大砲のように発射されたマカロンの弾が、カジノを撃ち落とそうとするが、ロールケーキを包み込んだババロアが、飛び交うマカロンの砲弾を包み込む。

 ムース状になっているババロアがマカロンの威力を分散したことで、カジノが飛んでいく勢いが衰えない。


「なんだとぉぉぉ! なんだそのお菓子は!」


 明らかな動揺を見せるカロン男爵。

 驚愕の表情を作るカロン男爵にカジノは無慈悲に襲いかかった。


「ぬわぁ! なんだこの肌触りの滑らかさ! 絶妙な酸味と甘さのデュエット! ぐあぁぁぁ! 脳が、脳がムースとコンフィールのダブルパンチに襲われる! なんだ、この景色は! ファンシーで、甘酸っぱいあの日の鮮明な記憶が! ………かぁあぁぁぁあさぁぁぁぁぁん!」


 涙を浮かべながら膝をつき、幸せそうな顔で天を仰ぐカロン男爵。

 私の脳内に、アストロンがよだれすするような音と共に腹の虫が鳴いた音が聞こえてくる。

 確かにすごく美味しそうだった。 けれどこの世界でそんな美味しそうなお菓子を食べたら、私は角砂糖になってしまう。


「うふふふふ! 謎の美少女兵士Rの初陣、どうだったかしらぁ?」


 ドヤ顔で腕を組んでいるリロスエル様が、勢いよく私に視線を向けてきた。


「ものすごく美味しそうでした。 あっ、違う間違えた! すごくかっこよかったです!」

「あなたも一口いかがかしら?」


 リロスエル様の手元に、小さなカジノが現れた。

 それを見て、ごくりと唾液を飲み込む私。 だが私よりも先に反応してしまう食いしん坊!


(あたし! いまからその世界行ってもいいかしら!)


「あなたが来たら速攻で角砂糖になる未来しか見えないわよ! って言うか、あなた自分が管理してる銀河は平気なの?」


(部下に任せてきたわ!)


 自信満々に答えるアストロン。 いいから仕事しろよ、とか思ったが………無粋なので特に言及げんきゅうはしなかった。


(なんでもいいっすけど早く親衛隊隊長を助けに行ってくださいよ。 あのハーレム野郎、もうすぐ魔王城入りそうっすよ?)


 茶番が続いたせいで、ディアの声音に苛立いらだちがちらついている。


「そ、そうですね! リロスエル様、そのお菓子は後でいただきます! すぐに親衛隊隊長を助けに行きましょう!」


 慌てて駆け寄っていく私を見て、リロスエル様はぷっくりと頬を膨らませた。


「今の私はリロスエルではないわ! 謎の美少女兵士Rよ! はい、テイクツーしてあげるからもう一回言い直し! ワン、ツー、アクショ………」


(いいから! とっとと行かんかいこのすっとこどっこい!)


 ディアの無礼な叱咤しったが脳内に響き渡り、私は青ざめながらリロスエル様の顔を見た。

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