第15話 天才ではなく天災です!
さて、どうしたものだろうか。
悪魔二体を無事に倒すことはできました。
けれど聞いた話によると、悪魔は絶命すると灰になる、という噂を聞いたことがあります。
目の前の二人は灰になっておらず、未だ胸にぽっかり穴を開けたままピクリとも動きません。
悪魔と戦ったのは初めてだったため、勝手がわかりません。 なので、唇を尖らせながら照覧の間に通信を試みる。
「あー、てすてす! 聞こえますか照覧の間、聞こえたら応答を………」
(ちょっとファジー! 何よあんた! なんでそんなに強いのよ!)
………ん? おかしい。
私は照覧の間に連絡を試みたはずなのだが、なんで私の脳内にアストロンのやかましい声が響いたのだろうか?
「あ、すみません間違えました。 早く照覧の間に連絡しないと………」
(間違えてないわよ! ベリちゃんは今諸事情あって寝てるから、代わりにあたしが通信してるの! そんなことよりファジー! あなた今まで自分の力を隠してたわね!)
脳を揺らすような大音量の問いかけに、私はしかめ面をしてしまう。
首飾りの力で通信する場合、脳内からの会話に対し、直接ギャーギャー首飾りに喚かれると脳に響くのだ。
頼むから首飾りに怒鳴りかけずに、落ち着いて、ゆっくりと脳内会話をして欲しい。
「あの、アストロン? 脳が大ダメージを受けそうなので、そのやかましい声のボリュームはどうにかなりません?」
(ああごめん、手に汗握る戦いを見てたものだから、つい興奮しちゃったわ)
通信先で深呼吸する音が聞こえる。 だから首飾りに直接話しかけるなっちゅうねん。
(で、こっちに通信してくるってことは、何か気になることでもあったの?)
「アストロン、脳に響くから脳内会話に切り替えてください」
分かったわよ! いちいちうるさいわね! などと言いながら返事をしてくるアストロン。
しかし脳を揺さぶるような不快感は無くなった。
「悪魔二体は無事に倒したのですが。 悪魔との戦いは初めてだったので、どう対処すればいいかわかりません。 話によると絶命したら灰になるはずですよね?」
倒れている悪魔たちに視線を落としながら、眉間にシワを寄せる。
同じ下級天使であるアストロンも対応方法は詳しくわからないのだろう、少し困ったように唸り始めてしまった。
(ああ、そう言うことね? ごめんなさい、私もその辺はまだ詳しくわからないわ。 けど、もうすぐそっちに………)
通信の最中、耳をつんざく轟音が響き渡る。
超音波のような、ハウリングのような甲高い音。
驚いて音の方に視線を送ると、倒れていた悪魔二人に金色の光線が降り注いでいる。
見ているだけで浄化されそうな、神聖さを濃縮した神々しい輝き。
スポットライトで集中照射したような眩い光の帯を前に、私は驚いて尻餅をついた。
「え? 何?」
思わず素っ頓狂な声を漏らす。
「あらあら、やっぱり間に合わなかったわね? さすがは粕山葛雄を単騎撃破した天才」
聞いた事のある声に、思わず目を見開きながら振り返る。
「ふぇえぇえぇぇぇ! リッ、リリリリり! リロスエル様?」
「うふふ、天界序列第五回階級総代、リロスエルです。 あなたが倒した悪魔に今トドメを刺したわよ。 悪魔はね、心臓を貫いても数分後には再生してしまうの。 心臓を貫いただけだとただの失心状態に近いわね。 動けないうちにすぐ浄化しないと、あいつらは何度でも湧いてくるのよ? ゴキブリ並みの生命力なんだから!」
優しい声音に驚きながらも、先ほどまで悪魔が倒れていた大地に視線を向ける。
すると二人の悪魔は、リロスエル様が放ったであろう光をまともにくらい、灰になって風に消えていった。
その光景を見て呆然と唇を震わせていると、リロスエル様がゆっくりと歩み寄ってくる。
「素晴らしいわファジエルちゃん。 中級悪魔二人をたった一人で無力化するなんて!」
嬉しそうな顔で、私の頭を優しく撫でてくださるリロスエル様。
リロスエル様、第五階級の力天使総代。
総代とは、その階級を取り仕切るリーダーのような存在で、上級、中級天使合わせて総勢七名存在する。
一〜六階級までそれぞれ総代が存在し、その六人をまとめるのが七人目の総代。 実質上天使のトップがこの七人目に当たる。
その内の一人、目の前にいるリロスエル様は第五階級の総代なのだ。
つまり、ものすごく偉い人! 悪魔より怖いかもしれません!
「どうしたのファジエルちゃん。 ものすごい汗ね。 大丈夫かしら?」
(ファジー? 今そっちにリロスエル様が到着したのね?)
アストロンの問いかけに勢いよく頷きながら、震える足を抑える。
「リ! リロスエル様! わざわざこんな辺境の土地までご足労いただき、誠に感謝のしようもございませぬ! 私の名前はファジエル・プリンシパリ『チィー』と申します! 以後お見知り置きを………」
悲しいかな、緊張しすぎて自分の名前で噛んでしまった。 プリンシパリティーって言いづらいのです。
「うふふ、そんなに畏まらないで? あなたのことは噂で聞いてるわ? あの粕山葛雄を単騎撃破した戦闘特化の天才天使でしょう?」
小首を傾げながら凝視してくるリロスエル様。 なんてお美しい容姿なのでしょう!
しかし、彼女の言っていることは全く理解できなかった。
私が天才天使?
そんなわけ———あるか?
あるのかも?
いや………ないない!
危うく調子に乗りかけるところでした。
「ななななな! なんのことですか?」
(リロスエル様! その子は天才なんかじゃありません! ただのポンコツです! 天才ではなく天災です!)
「アストロン、シャラップだ」
帰ったらアストロンにヘッドロックしてやろう。
どうやら首飾りによる通信はリロスエル様にも聞こえていたらしい。
リロスエル様は微笑みながら、二人は仲良しなのね? と言って笑いかけてきました。 少し小っ恥ずかしい。
「アストロンちゃんと言ったかしら? この子は間違いなく天才よ? 戦闘面においてはね。 テレシールの話だと、ポンコツじゃなければ今頃第四階級になっててもおかしくないほどの実力だと聞いたわよ?」
ぷふっ、っと吹き出すアストロンの声が聞こえ、私は即座に、おい! っと叱咤する。
「ポンコツすぎて未だに昇進できてないだけで、彼女の実力は私以上よ? 実力だけなら役満並みと言ってもいいくらいね!
なぜ、麻雀で例えたのだろうか? アストロンには多分意味が通じていない、(ん? リューイーソー?)と片言で復唱しているのだから。
そんなことより、ナチュラルなポンコツ発言に結構傷ついています。
(私は映像版で悪魔との戦いを見ていたので、言いたいことはわかりますが………)
「見ていたにも関わらずわからなかったのかしら? そもそも粕山葛雄を単騎で倒したって事実を聞いてピンと来ないのだもの。 わかるはずなかったかしらね?」
さっきから、先日アカンペニメント王国で逮捕した粕山葛雄の名前が連呼されている。
私の話と何か関係あるのだろうか?
「どうして本人がポカンとしているの? 粕山葛雄は降臨者の中でもトップクラスの強さだったのよ? 正確に言うと、彼が持っていたスキルニールの方ね。 あの剣は上級天使でも勝てるかわからないと言われているほど強力な剣なのよ?」
(っはぁあぁぁぁぁぁ?)
アストロンが大袈裟にリアクションしたせいで脳が振動し、軽い耳鳴りが鳴る。
思わず片目を閉じながら頭を抱えてしまった。
「何を驚くのかしら? あの剣には歴戦の戦士たちの魂が宿っているのよ? 持っている者にその魂は憑依し、誰が持っても最強クラスに強くなる。 実際あの子、国一つ包囲するほどの軍勢を前にたった一人で立ち向かったらしいじゃない。 しかも勝っちゃったのよ? 相手の兵士が何万人いたと思っているのよ」
リロスエル様に改めて言及されてふと気がつく。
資料を見ていたから知っているはずだった。
粕山葛雄はたった一人で十三万の軍勢を相手にし、軽々しく退けた。
ヒロインたちもついていたが、恐るべき点はそのヒロインたちを守りながら十三万の兵を相手していたのだ。
さすがに全滅させる前に軍は撤退していたが、それでも軽く見積もって六万は倒していただろう。
最終的に破壊王カリマベーラも一瞬で倒していた。
私はとんでもない化け物を、一瞬で倒していたらしい。
思わぬ事実を知り、背筋が凍る。
………あの時、勝ててよかった〜。
「今、我々力天使の間ではあなたの話題でもちきりなのよ? さっき照覧の間に行ったのも、あなたを私の直属部隊に勧誘するためだったの。 照覧の間に向かう途中で『悪魔』ってワードが聞こえたから趣旨は変わってしまったけどね?」
(なるほど、だからあの時突然いらっしゃって………え? 勧誘? リロスエル様、今ファジーを勧誘しに来たとおっしゃったのですか?)
アストロンの間抜けな声が脳内に響いてくる。
私も耳を疑いかけた。 こんなポンコツ天使を勧誘しに来たですと?
「あらあら、アストロンちゃんは耳の穴に垢がたくさん詰まってるのかしら? 中級悪魔二人がかりでも勝てない上に、スキルニールを持った降臨者を無能力で撃破してしまうような怪物級の天才を勧誘して、何かいけないことでもあるのかしら? そんなもの、手札にロイヤルストレートフラッシュがあるにも関わらず、勝負から降りるようなものよ?」
今度はポーカーか、例えがさっきから意味不明なのだが………
あの第五回級総代であるリロスエル様からの勧誘だ。
………………はっきり言って、全くもって現実味がない。
顎が外れたかのように、口をあんぐり開く私。
そもそもこの話はテレシール様に伝わっているのだろうか?
テレシール様からは何も言われていない。 実際問題リロスエル様はテレシール様の上司でもあり、我々はリロスエル様が指揮する大部隊で仕事をしている。
リロスエル様を中心に三人の第六階級天使がいて、テレシール様はその三人のうち一人だ。
私やアストロンはそのテレシール様直属の部隊に所属しているから、リロスエル様からの勧誘は断れないといえば断れないのだが、普通なら私でなくテレシール様に相談するべきだ。
なぜ私のところに来てしまったのだろうか?
突然の出来事に狼狽し、夕暮れの荒野の中で沈黙する中、突然脳内に他の天使の通信が入った。
(あの、うちもそろそろ喋っていいっすかね? とりあえずリロスエル様、勧誘の話は後にしてもらえません? 王城、牢屋から解放された魔王軍幹部に襲われて大パニックですよね? 陥落してたらファー先輩のこと一生恨みますよ?)
突然響いたのはディアの呆れたような声。
その呆れ声を聞いた私たち全員、はっ! とした顔で王城に視線を向けた。
「大変です! 王城が魔王軍の幹部に襲われてるのでした!」
「あらあらどうしましょう! 私ったら、ファジエルちゃんの勧誘に夢中で失念していたわ!」
(危ない危ない! たった今、映像版確認しました! まだ大丈夫っぽいけど、王座の間を四人の幹部が包囲してます! 親衛隊隊長のレア・ベイクードが一人で応戦中です! まだもう少し時間稼げそうですけど急いでください!)
私はアストロンの声に頷き、慌てて地面を蹴った。
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