第14話 悪魔相手に慈悲なんてないですよ?
そうして悪魔たちの猛攻撃を避け続けること数時間、日が落ち周囲が暗くなり始めた頃、悪魔たち二人は肩で息をしていた。
「嘘だろ? クソうぜえ! このアタイが、全く攻撃を当てられない!」
「予想以上の飛行技術。 それに、集中力と持久力も底知れないです!」
私はあれから一方的に攻撃され続け、ひたすら回避を繰り返していた。 多少疲れはしたが、後二日は持つだろう。
それもそのはずだ、毎日のように宇宙を飛び回り、天界に戻るたびに反省室で長時間正座もさせられていたのだ。
毎日の右往左往で飛行技術が、お約束のような正座で集中力が鍛えられた。
確かにこの戦い、ずっと攻撃をかわし続けるのにかなりの集中力が必要だったが、体を動かせるだけマシだ。 正座してる間なんて暇すぎでどうしようもないのだから。
しかし時間をかけすぎてしまえば王城が陥落してしまう、この二体をどうにか無力化しなければ助けに向かうこともできない。
けれどここで焦って判断を誤れば、それこそ向こうの思惑通りになってしまう。 今はただ、機会を伺いながら攻撃を避け続けるしかない。
長時間の戦いに疲弊し、肩で息をしながらも攻撃の手を緩めない悪魔たち。
「なんなんだよテメェ! たかが権天使が、アタイたちの邪魔すんじゃねえよ!」
苛立ち混じりに怒鳴り声をあげるカスポルフ。 機嫌が悪い獅子のように顔が怖い。
「邪魔をするなと言われてもどうしようもありません。 殺されるのは嫌ですし、あなた方の攻撃は隙がなさすぎて反撃できませんから」
私は回避し続けながらも何食わぬ顔で返事をする。
「この長時間、ずっと攻撃をかわし続けていたというのに………どうしてあんなにも余裕の表情を?」
「化け物かよ、どんな体力してやがる!」
瞳孔を開きながら歯を軋らせる悪魔たち。
「えーっとですね。 飛ぶのは私の得意分野なんです。 毎日のように、あっちこっち全力で飛び回ってましたからね。 この銀河、降臨者が問題起こす頻度多いんですよ」
大きなため息と共に一呼吸置き、言葉を続ける。
「この世界の降臨者はすっごく真面目な方だったので、今まで放置していたのですが………降臨者が真面目でも、悪魔に騙されてたら無自覚で世界の危機を呼び起こしてしまうのですね? 人が良すぎるのも考えものですよ、まったく」
平然と会話を続ける私を見て、悪魔の二人はみるみる顔を真っ赤にしていき、般若面で肩をわなわなと震わせた。
「なぜ変装がバレたのかとか、もはやどうでもいい。 てめえのその余裕そうな面見てっと腹が立ってくる!」
「下級天使風情が! 調子に乗るのもここまでですよ!」
急に威勢が良くなったみたいだが、この二人はさっきから攻撃パターンを五三回変えていた。
にも関わらず、無効化できているのは左足一本。 ほとんど私に通用しなかったというのに、あんなことを言う元気があったとは。
恐らくパターンを変えた五三回の中に奥の手もいくつか混ざっていたはずだ。 特にあの氷のバラや、今なお舞っている花びらなんかは間違えなく奥の手だろう。
恐らくもうあの二人に奥の手は残っていない………と信じたい。
つまり、もうすぐ絶好の好奇が訪れる。
怒号を上げながら、最後の猛攻撃を仕掛けてくる二人。
打つ手がなくなり、ただがむしゃらに私をめがけて攻撃しているのだろう。
………………能力の無駄遣い。
無我夢中で、後先考えず力任せに攻撃しているのだろう。
………………思考能力の低下。
この最後の攻勢を見て確信したこと。
………………もはや八方塞がり。
どうやら私の得意とする能力は、飛行能力以外もう一つあったのだろう。
日々のポンコツ伝説のおかげでこの能力は身についたのだろうか?
圧倒的な肯定的思考。
私は悪魔にみつかり戦闘になってしまった事を、面倒だとは思ったが不幸だとは思わなかった。
こちらから手が出せない状況で、向こうから仕掛けてくれたのだ。 わざわざあれこれ考えず、わかりやすい方法で対処できる。
ただ勝てばいいのだから。
二人がかりで猛攻撃をされ、ここまで一切反撃ができていなかった。 ジリ貧だとは思ったが、あの悪魔たちは顔以外まったく怖くなかった。
なんせ普通に避けられるし、こっちは能力を使ってないから体力勝負だったが、向こうは特殊能力を使っていた。 天使や悪魔が使う特殊能力は無尽蔵ではない、使い過ぎれば能力が使えなくなり素手での戦いになる。
私が素手の勝負で負けるわけがない。
左足の機能を失った時は、攻撃を受けないように気を引き締めようと思っただけだ。 むしろ、飛行に影響が出ない足が犠牲になるだけでラッキーだったとさえ思った。
機能停止したのが翼じゃなくてよかった。
数時間にわたる戦闘の末、悪魔二人は最後の足掻きに出た。
特殊能力を行使できる時間も残りがわずかなのだろう。
攻撃が雑になった。 連携に工夫がなくなった。
単調な攻撃だ。 注意して避けるまでもない。
——————この瞬間を、ただただ待っていた。
雑になった連携の隙をつき、弓矢を放つ。
今日初めての攻撃。
だがその初めての攻撃で、カスポルフの胸部に大穴が空いた。 隣で瞳孔を開くアディスペリウス。
大量の血痕が、彼岸花のように咲き乱れる。
ドサリと乾いた音を立てながら仰向けに倒れるカスポルフ。
目をかっぴろげたまま、ピクリとも動かない。
廃棄された人形のようになってしまったカスポルフを横目に見て、へっ? っと喉の奥から声を漏らすアディスペリウス。
「悪魔相手に慈悲なんてないですよ? 神様に叛いた者には、正当な罰を与えなければなりません」
「嘘? 私たちは第伍階級の悪魔なのよ! こんな、下級天使なんかにぃぃぃぃぃ!」
哀れに悲鳴を上げながら、胸にポッカリと穴を開けるアディスペリウス。
二輪目の彼岸花が咲き乱れ、日が暮れ始めた夕日の影で、その姿は美しくも残酷に映る。
「ああ、言い忘れてましたが。 私、権天使なんですけど、戦闘センスは主天使様並みだ、とテレシール様からお褒めいただいたことがあります。 つまり戦闘センスだけは第四階級並みなので、第七階級という言葉に騙されると痛い目にあいますよ? って、今言っても遅いか」
弓を放った格好で淡々と事実を告げ、白鷺のような翼を大きく羽ばたかせながらゆっくりと高度を落としていく。
動かなくなった左足に力が戻るのを確認した私は、血に染まった大地にゆっくりと着地した。
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