第13話 お前、本当に権天使か?

 ☆

 悪魔の階級は、天使の階級と数え方が異なります。

 天使は九〜一階級の順番で位が高くなるのに引き換え、悪魔の場合は数字が大きいほど位が高くなります。

 つまり第壱階級が最も下っ端で第仇階級が一番階級が高くなるのです。

 

 今戦っている二人は第伍階級との事だったので、どちらにせよ真ん中です。 天使で例えても第五階級の力天使並み、つまり第五階級総代のリロスエル様と同格の階級という事です。

 私の上司であるテレシール様が第六階級なので、目の前にいる悪魔の二人は階級的にテレシール様以上ということになります。

 

 そんなめちゃめちゃ強そうなお二人、現在二人がかりで私に猛攻撃を仕掛けております。 怖いです。

 

「ほらほらぁ! 逃げてばっかいないでもっと根性見せたらどうだ!」

「ふふ、カスポルフ? 容赦がないのね? 権天使のくせによくもまあここまで生きていられたものです。 まったく、下級天使だというのに、意外としぶとい………」

 

 狂気の笑みを浮かべながら黒紫の炎を操っているのが、褐色肌の悪魔。 カスポルフ。

 さっきまではチョー・コレットという名前で玲照くんのヒロインになりきっていました。

 

 対して上品に微笑みながら氷柱を連射してきているのが、白肌の悪魔。 アディスペリウス。

 この子はヴァニーラ・アイシスに変装していたお淑やかな女の子です。

 

 さっきから数分間、二人の攻撃を避け続けているのですが、少し妙なのです。

 黒紫の炎は全く熱くない。 むしろこの辺り一帯が、さっきよりも気温が落ちています。

 もはや肌寒くなってきたほどで、初夏のパティシエルとは思えないほどの寒さです。

 

「にしても、まさかここまで粘られるとはな」

「手早く片付けて、王城の攻略に手を貸したいのですがね?」

「分かってるんだがな。 常識的に避けられない角度から攻撃してもひらりとかわしやがる。 どんな飛行能力してやがんだ?」

 

 カスポルフが眉間にシワを寄せながら飛び回る私を睨みつけてくる。

 それもそのはずだ、自分の能力を最大限駆使して、全力で攻撃を仕掛けているのに一向に当たらない。

 

 私に攻撃を当てるなんて、相当の実力者でもない限り不可能でしょう。

 なぜなら我々権天使がイージスの盾を持たされるのには理由があるのだから。

 

 下級天使の仕事は降臨者の監視だが、中級天使になると仕事内容が変わる。

 悪魔対策班として、それぞれ第五階級天使が率いる部隊に配属され、世界中に潜伏する悪魔を退治しなければならないのだ。

 

 だが、悪魔の能力は相手の力を無効化したり、奪ったりしてくるタイプが非常に多い。

 そうなると悪魔と戦う我々天使は、能力に頼りっぱなしでは手も足も出なくなる。

 

 故にこのイージスの盾を持って降臨者を取り締まるのは、能力が使えない状況でも立ち回るための予行練習のようなものなのだ。

 降臨者ははっきり言って悪魔より強い。 だが降臨者と戦うとしたら先日の粕山葛雄のように暴れ始めた時だけだ。

 

 能力なしでも知恵を駆使すれば容易に仕事をこなせる。

 私が担当している銀河では、問題発生する機会が多すぎて毎日のように世界と世界の間を飛び回っていた。

 二つの銀河を担当しているため、銀河を跨いでの高速飛行なんて日常茶飯事。

 

 そんなせわしない日々を繰り返していた時、私は自分の身体能力に異変を感じ始めた。

 飛行能力の急激な上昇。 それに気がついた時には、私の飛行速度は全天使の中でも三本の指に入るまでに成長していた。

 

 飛行性能だけなら上級天使にも引けを取らない。

 そんな私だからこそ、今こうして悪魔の猛攻撃をかわし続けていられるのだ。

 

 しかし気になるのはこの急激な気温の低下だ。

 氷柱を飛ばされているからなのか、その氷柱を操っているアディスペリウスの力なのか?

 だとしてもこの戦場には炎が踊るように舞い続けている、この気温は明らかにおかしい。 たぶんあの黒紫の炎は普通の炎ではない。

 

 試しに天使の弓で、黒紫の炎を撃ってみる。

 すると驚くことに、私が放った弓矢は燃えるのではなく、一瞬にして氷づいた。 その仕草を見て舌打ちをするカスポルフ。

 

「お前、本当に権天使か? アタイの紫炎龍の特性にもう気がつきやがったか」

 

 どうやらあの竜の形をした黒紫の炎は、紫炎龍と呼称するらしい。

 あの炎は恐らく、対象を燃やすのではなく、触れたものから熱を奪う。

 

 それもかなりの速度で熱を奪うようだ。 生身の体で触れたら即座に凍傷するだろう。

 天界に戻れば凍傷などすぐに治せるが、戦闘中に羽や腕が凍傷させられたら即敗北だ。

 

 だからと言って紫炎龍にだけ気を取られていたら、アディスペリウスの氷柱が防げなくなる。

 恐らくこちらの氷柱も何かしらの力を持っている。

 しかし私は凄腕スナイパーではない、飛んでくる氷柱にピンポイントで狙撃など不可能だ。

 

 能力がわからない以上、絶対に触れてはいけない。

 どうしたものかと悩みながら、少し距離を離れて戦場全体を見渡す。

 

 無論、距離を取ったところで攻撃の手は休まらない。

 アクロバットな滑空で空を縦横無尽に駆けながら、打開策を練らなければならないのだ。

 

「距離を取られたぞ! 逃すんじゃねえ!」

「分かってます。 氷華乱散!」

 

 アディスペリウスの真上に巨大な氷のバラが出現する。

 美しい氷の彫刻のようで、一瞬目を奪われかけたが、紫炎龍が飛んできたせいで慌てて旋回しながら回避に専念させられる。

 

 すると、氷のバラはガラスが割れるような乾いた音を響かせながら粉々に砕けた。

 意図が読めず、眉間にシワを寄せながら周囲を警戒すると、陽の光に反射した氷の破片が見えた。

 おかしい、周囲の気温が低くなっているとはいえ、あの氷は一切溶けていない。

 

 思い返せば、氷柱の時も全く溶けている様子がなかった。 となるとこのわずかな氷の破片も触れるわけにはいかない。

 紫炎龍の動きに注意を払いつつ、背中の羽を大げさに羽ばたかせて突風を発生させる。

 氷の破片は明後日の方向に飛んでいき、その様子を見たアディスペリウスは初めて表情を崩した。

 

「かなり警戒されていますね。 私の氷にも絶対に触れたくないみたいです 足止めでいいと思ってましたが只者ではないかもしれません。 ここで仕留めた方がいいでしょう」

「確かにな、勘がいいだけかも知れねえが。 ここまでアタイらの攻撃を避け続けてんだ、かなり強いのは確実だな。 けどまあ、あいつはアタイらに一切攻撃できてねえのも事実。 なんでイージスの盾を持ってねえのかは知らねえが、権天使と甘く見てたら痛い目に遭うかもしれねえ。 気を引き締めるぞ」

 

 注意深く私の動きに目を配りながら、構えを取り直すカスポルフ。

 私的には油断してくれていた状態の方が嬉しかったが、私の飛行テクニックを見てすぐに強敵と判断されてしまったようだ。

 

「では、私が人肌脱ぎましょう!」

 

 アディスペリウスが氷柱ではなく、花びらのように形を変えた氷を突風と共に飛ばしてくる。

 氷なら普通、風も冷たくなるはずだが、風自体にそんな冷たい感じは見受けられない。

 

 桜の花びらのように、視界を覆い尽くすような量の氷の破片が、私に向かって不規則に飛んでくる。

 私の羽で風を起こせば吹き飛ばせるが、それを察知してカスポルフが紫炎龍で邪魔をしてくる。

 

 さっきよりもかわす難易度が高くなってしまったが、氷の方をどうしても当てようとしている以上、カスポルフの紫炎龍以上に危険なのは見ただけでわかる。

 試しに弓矢を手に持って振り回す。 すると鏃に氷が触れた。

 

 弓矢を見てみるが何も起きている様子はない。

 必死に攻撃を避けようとしている私に対してのブラフなのか? でも、本当にただの撹乱だろうか?

 考えても埒が開かない、そう思って気を取り直そうとした瞬間………

 

「———しまっ!」

「カスポルフ! 今よ!」

 

 注意が散漫になった瞬間、私の左足に氷の破片が触れた。

 その瞬間を見逃さず、カスポルフの紫炎龍が真っ直ぐに突進してくる。 慌てて回避しようと身構えた瞬間、左足に違和感を感じた。

 

(足の感覚がない? 壊死したのか?)

 

 左足から発生した不快感に苛まれながらも、間一髪で紫炎龍をかわす。

 舌打ちしながらカスポルフは紫炎龍の動き方を変えた。

 私はいまだにフラフラと骨がなくなったような感覚の左足に注意しながら回避を再開する。

 

 見た感じ、左足は壊死したわけではない、一時的に感覚を失った。 そう例えるのが正しいだろう。

 痛みもなければ痺れもない、ただただ骨が抜かれたような違和感しかないのだ。

 

 恐らくこれがアディスペリウスが操る氷の能力。

 先ほど氷に触れた弓矢に再度視線を送る、するとようやく弓矢の違和感に気がついた。

 内包していた力が封印………いや、弓矢の機能が停止している。

 

 このことで分かるのはあの氷に触れたものは、機能を停止させられると言うことだ。

 あえて、機能が凍結した、と表現した方がいいだろうか? どちらにせよかなり厄介。

 

 戦いの最中は一瞬の油断が命取りになる。 ほんの少し油断しただけで左足を使えなくされた。

 私はテレシール様から、相手の意図がわかるまでは無理をするなと耳が痛くなるほど言われている。 ポカをやらかしてからだと遅いから、じっくりと出方を伺いなさいと習ってきた。

 

 ぶっちゃけ、あの二人の攻撃は的確に痛いところばかり突いてくる。 相当強いということが最初の一手でわかるほど的確だった。

 そんな二人が全力で攻撃してきているのだ、私から攻勢に転じることなどできるわけがない。

 

 文字通り、避けるので手一杯だ。

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