第12話 こりゃ触っちゃだめなやつだわ

「あわわわわ! あわわわわわわ! どっ、どどどどどどうしましょう!」

 

 天界、照覧の間。

 映像版の前ではボブヘアーの小柄な天使が縮こまっており、誰もいないはずの照覧の間でキョロキョロと視線を泳がせていた。

 ファジエル直属の部下であるベリシュロンは現在、ディアーナフォンに頼まれて照覧の間からサポートに徹している。

 

 とは言っても、ファジエルがいない時は寝っ転がりながらお気に入りの降臨者を監視していて、通信が入るまではあまり仕事という仕事をしていない。

 そんな彼女が、いつものだらしなさは全くなく、狼狽しながら膝を抱えて白金色の髪をくしゃくしゃに握りしめていた。

 

「誰に連絡すれば良いのでしょう! ああ、どうしよう! きゃあ! 危ないファジエル様!」

 

 映像版に、敵の悪魔が飛ばした氷柱をスレスレでかわすファジエルが写り、顔を青ざめさせながら頭を抱え込んでしまうベリシュロン。

 ファジエルの戦いが激化し始めたのを目視して、ベリシュロンは動揺しながら首飾りを祈るように握りしめた。

 

「あ、アストロン様ぁ! 助けてくださいアストロン様ぁ! あたしはファジエル様以外、先輩の天使はアストロン様としかお話ししたことがないのですぅ! お願いです、応答してくださいアストロン様ぁ!」

 

 両手でがっしりと握りしめた首飾りに、声を裏返しながら必死に呼びかけた。

 首飾りの能力を使い、遠くにいる天使と通信を試みているのだ。

 

(もしも〜し? ベリちゃん? どったの?)

「アストロン様あ! 助けてください! ファジエル様は大変危険なんです!」

 

 首飾りから気の抜けるような軽い声が響き、ベリシュロンは半分泣きながら大声で呼びかけた。

 

(ちょっ! いきなりなんだし! お願いだから落ち着いて話してよね? 今の言いぐさだと、ファジーが危険物みたいに聞こえるよ? まあ、いつもやらかすから危険物といえば危険物だけどさ?)

「悪魔が! 悪魔が現れて! ファジエル様が! 危険で大変なんです! 助けてくださいお願いします! テレシール様が天界にいなくて………うわぁぁぁぁぁぁん!」

 

 大泣きし始めるベリシュロンに、首飾りからは狼狽しながら必死に語りかけるアストロンの声が響き続けた。

 

 

 ☆

 数秒して、すぐに照覧の間に雛色の髪を頭頂部で括ったモデル体型の天使が駆けつけた。

 彼女はアストロン、ファジエルと同じ第七階級の権天使で、ファジエルとは仲がいい同期だ。

 

 付き合いが長く、厄介な仕事があったりするとお互い手を貸しあっていたりするため、ベリシュロンはアストロンとも親しい関係にある。

 急いで駆けつけてきたはいいが、まともに会話ができないベリシュロンは何がどうなっているのかを全く説明できずにギャン泣きし始めてしまう。

 

 困ったアストロンは、慌てふためくベリシュロンをさも当然のように手刀で眠らせ、パティシエルで任務についているディアーナフォンと通信しながら徐々に状況を掴み始めていた。

 

「ディアーナフォンちゃんでいいのかしら? こんばんわ、あたしはファジーのマブダチであるアストロンよ? 突然だけどベリシュロンが全く役に立たないから状況説明してくれない?」

(うちの名前長いんでディアでいいっすよ? あっとん先輩!)

 

 いきなり馴れ馴れしく名前を呼ばれ、頬を引き攣らせながら、まあいいか、と呟くアストロン。

 顔をびしょ濡れにしたまま伸びているベリシュロンの頭を膝に乗せ、優しく撫でながらディアーナフォンとファジエルが映っていた映像版を交互に観察する。

 

「これ、ファジーが戦ってるのは中級悪魔かな? しかもかなり強いね。 能力は不明だけど………こりゃ触っちゃだめなやつだわ」

(すみませんあっとん先輩! うちも直接見たわけじゃないし、ファー先輩は勝手に通信切っちゃったから詳しい情報はこちらでは分かりません! ただ、確実なのは中級悪魔二体出現したので、テレシール様に連絡を取りたかったんですが今出張中で連絡がつかないのと、ファー先輩が私の指示を無視して単騎で悪魔二体と戦い始めちゃったことです!)

 

 映像版を真剣な表情で睨みながら、首飾りをつまむアストロン。

 

「とりあえず大体わかったわ。 それにしてもあなた、見習い権天使なのに随分と………まぁいいわ。 色々言いたいこともあるけど今は後ね、まずは中級天使に連絡しないといけないね。 すぐに連絡がつく天使は………」

 

 言葉の途中で背後から物音が聞こえ、慌てて振り向くアストロン。

 振り向いたと同時に、彼女は驚愕の表情を浮かべた。

 

「あらあら。 ディアーナフォンは初仕事で悪魔と遭遇してしまったのね? 強運かもしれないわ! まさにロイヤルストレートフラッシュよ!」

 

 先ほどまでの余裕の表情から一変し、即座に頭を下げるアストロン。

 

「リロスエル様! どうしてこちらにいらっしゃるのですか!」

(え? リロスエル様いるんすか?)

 

 首飾りからディアーナフォンの素っ頓狂な声が響く。 映像版に映る彼女の様子からは、目が飛び出んばかりに驚いていることも確認できていた。

 

「うふふふふ。 そうかしこまらないでアストロン。 お散歩してたら『悪魔』ってワードが聞こえたからふらっと立ち寄っただけよ? こんなところに隠れていたのを見逃していたなんて、悪魔対策班は全員あとで呼び出ししなきゃね?」

 

 物騒なことを呟きながら、軽い足取りで映像版の前に歩み寄ってくるリロスエル。

 ふんわりとゆるく括った髪束を肩にかけ、包容力のある笑顔でファジエルが戦闘中の映像版に視線を向けた。

 雪のような白銀の髪を手櫛でとかしながら、お茶目に唇を窄めたリロスエルは、鶴のような二対四枚の羽を大きく広げて踵を返した。

 

「リロスエル様? もしやあなたが直々に行かれるのですか?」

「当たり前じゃない? 下級天使が悪魔と遭遇してしまうなんて、私たち中級天使の失態よ? 総代である私みずから責任を取らないとダメでしょう?」

 

 総代、それぞれの階級には責任者となる天使がいる。 中級天使である第四、五、六階級に一人一人総代が存在しており、リロスエルもその三人の中の一人である。

 小首を傾げながら振り向いてくるリロスエルと目があったアストロンは、額に汗を浮かべながら渋い表情をする。

 

「しかし………」

「もう、あなたはちゃらんぽらんに見えて意外と心配性なんだから! ファジエルが戦っているのは、見たところ第伍階級程度の悪魔です。 となると私と同等の力を持っています。 さてさて、今から行って間に合うかしら?」

 

 リロスエルの意味深な発言を聞き、アストロンは唸りながら映像版を横目に確認する。

 眉尻を下げていたアストロンの様子を見て、リロスエルはおかしそうに鼻を鳴らした。

 

「難しい顔しているわね? もしかしてファジエルの心配をしているの?」

 

 不安そうな顔のアストロンがリロスエルをじっと見つめていたが、気にもとめずに照覧の間から出ていくリロスエル。

 最後にリロスエルは、出口の石扉に手をかけながら、振り返らずに一言だけ告げていった。

 

「勘違いしないでねアストロン。 さっき心配していたのは、私が到着するまでの間に

 ………悪魔たちが始末されないかの心配よ?」

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